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「何よ!! このっ裏切り者! お前なんかクビよ! この汚い手を離しなさい! ゴミ!」
「パーシヴァル様! どうされましたか、なにを怒って……」
ぐわり。蒼の瞳にみるみるうちに水の膜が張る。私は驚きすぎて続きの言葉を飲み込んだ。端正な顔立ちが怒りに歪み、眉がつり上がっている。
今にも泣きそうに潤んだ瞳は、かつて私の借家で吐き散らかした以来のものだ。
「……パーシヴァル様」
「おま、お前と、ゲイル様がッ! そんな、お前は、お前だけは、わたくしはお前のことをッ」
「まっ、待ってください、パーシヴァル様、なにか勘違いを」
……待ってくれ。ちょっと、待って。もしかしてパーシヴァル様は私と旦那様の仲を勘違いされているのだろうか? 先程の会話をどこから聴いていたのか知らないけれど、確かに親密に見えたのかもしれない。
そういえば昔、オルガさんに気をつけろと言われたことがあったな。あの時は男としてだったけれど、誤解されるような距離に気をつけろと。
旦那様も私が一番パーシヴァル様の近くにいる侍女だからと相談してこられたのだろうけれど。
……というか、というか、まさか。これって。
……このパーシヴァル様の反応って、まさか…。
「……パーシヴァル様、もしかして、旦那様のこと」
「う、っ、煩いわね!! わ、わたくしが! このわたくしが、そんな、あんな、あ、あんな老人に片足突っ込んだような軟弱な男!」
「いや、まだなんにも言ってないんですけど」
「い、言うって……言うって、なにをよ!? なにが、なんのこと」
真っ赤に顔を染めたパーシヴァル様が涙をぼろぼろと零して私の腕を振り払う。
よろついた私の肩を押しやって地面に倒れ込んだところでパーシヴァル様の瞳が揺らいだ。
「パーシヴァル様……旦那様のことが」
パーシヴァル様は旦那様のことが好きなのだ。何となくなんとなーくそんな気がしていないこともなかったけれど、やたらと老人だの軟弱だの、わたくしに相応しくないだの言っていたが、そうかそうか……。パーシヴァル様が、旦那様を……。
ははは、思わず笑いが漏れた。
地面に転がりながら笑みを浮かべる私にパーシヴァル様の顔がもうなんというか、鬼のようになっていた。だから美人はそういう顔したらダメなんだってば迫力が凄すぎるから。
怒りすぎて涙が止まったらしい。それはそれでいいことだけれど、今度は目に殺されそうである。
「あ、あんたっ!」
「なにを誤解されてるのか分かりませんが、先程旦那様と話してたのはあなたの事ですよ。パーシヴァル様。旦那様がパーシヴァル様と仲良くなるためにはどうしたらいいか、相談を受けてまして」
「そ、そんな、嘘よッ」
パーシヴァル様のせっかく止まった涙が再発する。不安そうにゆらゆら揺れる蒼の瞳があまりにも愛おしくて、立ち上がり彼女の両手をそっと掴んだ。
「心配せずとも、旦那様はあなた様の旦那様です。それに、そもそも、私の男性のタイプは旦那様とは全っっ然違いますし。……例えば、そうですね、髪は……黒髪がいいですね。さらっとした手触りの良さそうな。それから目は琥珀のように澄んだ黄褐色で、身長は私の頭1つ半くらい高くて。筋肉質だけどすらっとした感じで」
「……ライリー?」
「性格は……優しいんですけど、厳しさもあって。たまに見せるはにかんだ笑顔とか、照れた顔とかが可愛くて。何事にも真剣で、やり遂げる強さを持っている努力家で、自分に厳しくて、他人にも厳しい。
気を許した時に少し緩む目元とか、集中している時に唇を触る癖とか、」
「ライリー……貴方、もしかして」
いつの間にかパーシヴァル様の涙は止まっていた。代わりに見開かれた大きな瞳から眼球が転がり落ちそうでなんか怖い。
はい? と首を傾けたところで、パーシヴァル様が口元を抑える。
涙のやんだ、しかしわずかに濡れた見開かれた蒼の瞳がきらりと光った。
「あ、あなたって、アルフレド様が好、」
「何言ってるんですか、勘弁してください」
「え、だってサラサラの黒髪で、黄褐色の瞳で優しくてはにかんだ笑顔が可愛いって……」
「アルフレド様が可愛い? 大丈夫ですか、熱あります? パーシヴァル様」
多分私は死んだような目をしているに違いない。
なにがどうしたらあの全世界の子女の敵みたいな男を好きだとか言う話になるのか。失礼な。
今の話のどの辺がアルフレド様に該当するというのだ。髪と目だけじゃないか。まったく。
髪はエドアルド様の方が品がある感じだし、瞳だってエドアルド様の方が濃い深い色である。
というか、うっかり、本当にうっかりエドアルド様が好きなことをばらしてしまった。
あんな言い方じゃバレバレではないか。……まあ、いいか思っているだけなのだし。そのくらいは許されないだろうか。
「え、……? でも、それ以外に、黒髪で黄褐色の瞳でライリーが知ってる男性? ……えっと、え、いや、でも、…………まさか、いやいや、優し……優しい? え、、笑顔? はにかんだ? いや、あの人笑うの? やさ、優しいってどの辺が、え、……いや、まさか、え、いや、まさか……ええ、や、やさし?? どこが、冗談でしょう?」
なんだか青い顔でブツブツ唱えだしたパーシヴァル様はもしかして具合でもお悪いのだろうか。
それは大変だ。さっさと休んでもらわねば。なんだか妙な勘違いをさせてしまっておつかれなのかも。
「……誤解は解けましたか? ああ、はい、それなら良かったです。ご心配をおかけして申し訳ありません。では、戻りましょうか」
「あ、え、ええ。そうね」
笑顔でパーシヴァル様をエスコートする。……おおっと、今はもう執事でないのだった。
未だ何やら混乱しているらしい主は青い顔でちらちらとこちらを見ていた。
一体どうしたというのだろうか、アルフレド様のことを好きだと誤解されているのだとしたら何がなんでも撤回してもらわねば、さすがに私の沽券に関わる。
「も、もしかしてエドアルド様の方? まさかね……。ど、どこが、優しい……? あの冷徹人間ブリザードのどこが? ライリーったら頭にウジでも湧いてるんじゃなくて? 顔だけはいいけれど、怖さの方が勝るわよあの人は。目だけで人を殺せるもの多分。
あの鉄仮面笑うの? 笑えたの? 表情筋が死滅してるのでないの? はにかむ? 嘲笑でなくって? ライリーったら頭大丈夫かしら……」
その夜パーシヴァル様がベッドで悪夢を見る程に悩んだ理由を、私が知ることは多分永遠に無い。
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