表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
河東の乱  作者: 麻呂
河東
39/52

密謀

灯虫ひむしか」

 どこから入ったか、1匹の蛾が蝋燭の火に焼かれた。

 部屋にいた二人は音に気付いて一瞥したが、すぐに視線を戻す。

 そこには多くの朱で筆を入れた、河東の地図が広がっていた。

「求め過ぎれば失う物が大きい、ということでございましょう」

「耳が痛いな」

 ふふっと笑いながら重ねて言う。

「俗世にあって求めることは悪ではございませぬ」

 ただ、何事も行き過ぎは身を滅ぼしましょう、と。

「御師よ、我は求め過ぎておろうか」

 雪斎はゆっくりと首を振ると

「駿河守護たる御館様が駿河を求めるに、何の問題がありましょう」

 むしろ河東は取り戻さねばなりませぬ、とまで言う。

「武田が北条と結ぶとは思わなんだが」

 義元としては、甲相同盟の存在が腹立たしい。武田からは関東の足利を見据えてのことと聞いているが、どこまで信用できるか分からない。

「御館様、亡き相模殿のお気持ちが見えましたかな」

 冷やかすような笑みを浮かべ、雪斎は言う。

 同盟国が敵国と結ぶ。僅か7年前の義元が行ったことである。いや、義元は婚姻までしており、更に性質が悪いかもしれない。

「そうだな」

 苦虫を噛み潰したような声を出すと、自嘲気味に笑った。

「だが、甲斐を攻めようとは思わぬ」

「それは良きこと」

 本より二人の間に甲斐を攻めるという選択肢は無い。彼らにとって甲斐は明治期における朝鮮半島のような認識で、維持発展させるために膨大な費用を必要とするお荷物でしかない。


「シテ、河東はどのように」

 師の問いに義元は言う。

「武田は我らの同盟に変わりは無いという。が、我らに力無しと見ればすぐ北条に付くやもしれぬ」

 故に、武田の心変わりを防ぐと言う。

 河東の地図を横にずらし、甲斐、相模の東にもう一枚の紙を置く。

「上杉を武田の抑えとし、相模の裏口を叩かせる」

 この今川上杉同盟が、駿甲同盟の重石となり、河東における武田の裏切りを防ぐ手となる、と。

「首根っこを掴むのよ」

「それはまた」

 武田からすれば同盟国が敵国と結ぶという、どこかで聞いた話になるのではと問う。

「なろうな」

 何の迷うも無く義元は返す。

「御師よ、気付いておられよう」

 武田は我らを裏切れぬ、と続けた。

 この頃の武田は信濃侵攻を続けており、高遠、大井、藤沢と言った小豪族との戦いに明け暮れている。そこに今川上杉同盟が成立したとして、異を唱えることは得策でない。

 むしろこの同盟を利用し、上杉との戦を控え、信濃に注力する口実に利用する方が賢い選択である。

 義元の見るところ、晴信はこの程度の判断は容易に付く。

「拙僧には」

「分かりかねます、と申すか」

 鼻で笑うと義元は言う。

「そのような嘘ばかり吐いておると、閻魔大王に舌を抜かれると申して居ったのは御師であろう」

「はてさて、昔のことは忘れ申した」

 目を併せて互いに口元を綻ばせると、義元は言った。

「晴信からは高遠攻めに合力して欲しいと来ておる。急ぎ兵を出し、今川の強さを知らしめてやらねばならぬ」

 ニヤリと笑いながら

「憲政殿は北条に手を焼いておられる故、話も早く纏まろう。そして氏康には、チト油断してもらわねばな」

「御意に」

 雪斎はいつものように静かに頭を垂れ、ふと顔を上げる。

「御館様、大きくなられましたな」

 義元は驚いた表情で師の顔を見るが、直ぐに

「ハテサテ、分カリカネマスナ」

 と、返した。


 天文14年、俗に第二次河東一乱と呼ばれる戦の幕が開く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ