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10 憎まれっ子世にはばかる?

 当然の事だがクラウディアが持っている知識――と言ってもゲーム時代のものであり参考程度にしかしていないのだが――一番詳しい人物と言えば当然五人の王子達である。だが、そこから続きそうな主人公を差し置いて、その次に詳しいのはイザベラや王子達のライバルだったりする、それはある意味仕方がない事だろう。

 主人公は選択肢を与えられる存在であり、自分の分身に過ぎなかったし、現時点では主人公であった伯爵令嬢エリーゼは乏しい彼女の知識通りに国外に大使として赴いた両親と一緒に遠い地で勉学に励んでいるのだ。その辺りにこの物語のヒロインたる素養を培う部分があったりするのだが、居ない人間の情報は一先ず脇において置こう、いずれ否が応にも関わってくるだろうから其の時にでも紹介すればよいと思う。


 さて、何故こうしたゲーム知識の話になったかと言えば、眼前に現れた見知らぬ人物について――恐らく初対面であろうと思われる――関わらざるを得ない状況になってしまったからだった。


「オーッホッホッホッホ!」


 ゲームや物語でこんな高笑いをする登場は別に珍しい事ではない、いや寧ろゲームなら居て当然であったりするのだけれど、実際に手の甲を口の前に斜めに添えて『オーッホッホッホッホ』と背中を少し反らせながら高笑いをする“現物”に遭遇するのは珍しいと言うよりもクラウディアにとって初体験だった。如何に()()|がゲームの原作世界とは言えど現実である、そんな現実にも関わらずこんな人物がいれば誰でも驚くに違いない。

 クラウディアは『気品や風格を備えていない高笑いがこうも下品だとは』とある意味関心してしまった程だが、小さな声でイザベラに『真似しちゃだめだね、下品すぎると思う』と伝えるのは忘れなかった。イザベラもそれに対して『なんだか安物っぽい』と返した事からも順調に気品ある令嬢へ成長していると見て間違いは無いだろう。非常に安心できる情報だと思う。


「何の御用ですか? 上級生と言えど――」

「何ですの? 貴方たち、高々下級生の分際で邪魔ですわぁ」


 一言で言えば礼儀を知らない態度であった、クラウディアとイザベラの事を守ろうと間に入った級友達に対しての態度も頂けない。


「貴女が、あの有名な神童なのですってね、宜しければ姉妹の契りを結んで差し上げても宜しくってよ!」


 幼稚舎に通い始めて数日、概ね平穏な日々を送ってきたのだが、突然現れてこのように宣った人物によって特殊な静寂が教室を包んだ事で終わりを告げた。姉妹の契りとは所謂、お姉様と妹という導く者と導かれる者という貴族令嬢が結ぶ仮初の契約である。当然の事だけれど、そうした姉妹を結ぶ間柄になるにはお互いの了承が必要なのは勿論だが、それ以上に親しい関係である事が重要である。

 先程述べたようにこの台詞を見知らぬ女性が吐いた事に『理解できません』とクラウディアが首を傾げ、イザベラや周囲の級友達がその様子を見て『知り合いじゃなさそうよね?』といった表情を見せたのは仕方ない。それだけこの高笑いをした女生徒が非常識なのだ。

 周囲の級友達からすればイザベラとクラウディアの仲は有名である。その本人たちが不思議そうにしていれば当然何事かと思うだろう。

 二人は――五分の杯などと言う物騒なものでは無いが――親友の誓いを交わしていて、姉妹の契りよりも絆は深く結ばれている、故に、そういう制度があるのは知っていても必要も無いと思っていた。そんな折に一方的に宣言する無礼な令嬢が現れれば『どこの誰だろうか』と――もしかしたらゲームの中で――と思い返してみたものの、そもそもゲーム開始は十三年後であり、容姿は当てにならず見当が付かなかった。

 そもそも悪役令嬢としての役割を担っていたのは何の都合か判らないがどのルートを選んでも大なり小なりの違いはあるがイザベラがその役を負っていたのである。所詮ゲームはゲームということだろう――他の恋愛系のようなハーレムルートが存在しない純愛系であったりもしたが――現実的な所で言えば、予算の都合だろう……

 まあ、クラウディアどれだけ思い返してもこうした人物に思い辺りが無い訳で、名乗られてもそれは変わりなかったのだ。


「この私、公爵家令嬢であるマルグレーテ・ザフィーア・クルーゲが契りを交わして差し上げると言っているのですよ、光栄に思いなさーい」


 クルーゲ家……イザベラ襲撃の容疑が掛かっている家であるのは偶然だろうかとクラウディアは思ったが、先程からの馬鹿っぽい居居丈高な様子だけで彼女に対する返答は決まっていた。


「マルグレーテ様、お声を掛けて頂いて恐縮ですが――お断り致します」

「そうでしょう、当……へ!? ぬぁんですってぇ!?」

「ですから、お断り致します」


 中々に令嬢が『へ!?』とか『ぬぁんですって』などというはしたない声を上げる場面に遭遇できるものではない。年齢までは判らないけれど三つは上である事がローブを結わく紐の色からも、ちらっと見えた校章からも察せられたのだが、クラウディアには関係が無かった。キッパリと二度繰り返して『お断り』と伝えた。突然現れて公爵家という立場で迫ってきたのだから当然だろう。

 

「わ、わたく、私をクルーゲ公爵令嬢と知った上でのその態度許しませんわよっ」


 決まり文句まで悪役令嬢と言われそうなものだが、そも悪役令嬢とは悪役を演じるような令嬢の事だとクラウディアは思っている。つまりこの目の前の令嬢は悪役では無く三下令嬢とでも言う存在であった。余裕の無い態度、実力の無さ、髪型のセットが甘い、扇子の使い方が今一、どれを取っても三下という評価で十二分だった。


「はて、“公爵()()様”が“名誉伯爵”に対し何を許さないのでしょうか?」


 相手がそういう態度で挑むのであれば受けて立つわよとばかりに、クラウディアは首を傾げた可愛らしい表情で辛らつな言葉を投げつけた。これではクラウディアが悪役令嬢と言われた方が納得できそうな程だったが、正にそのイメージで彼女はやり込めようとしたのだ。


「お父様に私が言えば!」


 家を持ち出す事等最初からお見通しであるが、そんなものが怖ければ最初からこうした遣り取りなどしないにきまっているだろうにとクラウディアは嘲笑した。


 ――三下如きが吼える吼えるわね。少なくともまだまだ高笑いをするには気品も何もかもが足りてないわ。まったく、見本をみせて上げるわよ。

「フフフ、どうぞご自由に、お好きに為さって下さい、ですが――家の名を出す意味お解り?」

「私の親友に対して失礼ですわ!」

――うん、この人はクレアちゃんに近づく悪い虫だもの、私が退治しなきゃ!


 高笑いとクラウディアの大したことじゃないといった雰囲気で今まで口を出さなかったイザベラだが、完全にマルグレーテを敵認定した為に、本人も気が付いたら自然と会話に割り込んでしまっていた。

 同じ公爵家とは言っても宰相を務めるフューゲル公爵家とクルーゲ公爵家では格の違いは明らかである。更には外野もクラウディアとイザベラの援護とばかりに次々に「親の名前を出すなんて――」「姉妹の意味を理解されてないわ」等々非難の声を上げ始めてしまえば三下令嬢にそれに抗じる手段は見出せなかった――いや、一つだけ最後のセリフを吐き出していた。


「クッ、覚えてらっしゃい!」


 顔を真っ赤にしたマルグレーテは盛大に定番の捨て台詞を残して教室を去っていったのだが、貴族教育のレベルの低さが垣間見えてしまったクラウディアは溜息をついた。


「はぁ……」

「クレアちゃん、大丈夫? お父様にご相談する?」

「ううん、大丈夫よベルちゃん、面倒だったから溜息を吐いただけだもの」


 イザベラは心配してくれたが、余程の親馬鹿でもない限りこの件で怒鳴り込んでは来ないだろうとクラウディアは考えた。幼稚舎の中の出来事であり、双方の了承がいる慣習について口を出せば恥ともなるし、何よりもクラウディアが言ったように相手は単なる令嬢に過ぎないのである。たとえ名誉と付こうがクラウディアは伯爵位を持つのだから非礼を働いたのは寧ろ公爵令嬢のマルグレーテなのだから分が悪すぎるのだ。

 だがこの三下令嬢襲来事件はこれからの騒動の切っ掛けに過ぎなかったのである。

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