エピローグ
エル王女がエル女王となってから、一ヶ月ほどが経過していた。
城に戻ったエルはてきぱきと戴冠式や祭の準備、手はずを整え、混乱した国内を瞬く間
に鎮めた。
そうして賑やかな祭が執り行われ、国内の騒ぎも静まり。
各国の重鎮との挨拶だなんだも全て終わり、ようやく国内が祭より大分前の静けさまで
戻った頃に。
レグナは一人、王城を訪れていた。
当人が望んだわけではないが、エルの巧みな仕立て上げとでっち上げにより、レグナは
救国の英雄の一人として扱われた。
街でも城でもどこでも顔パス、困った?ことに仕事の依頼はひっきりなしだ。
まぁ、どうせ二ヶ月もすれば収まるさと諦めて仕事に精を出すうち、気がつけばもうあ
れから一ヶ月。
あの直後には幾度かエルと会ったが、祭が終わってからは一度もエルと会ってはいなか
った。
特に手みやげも思いつかず、花を買うような―――もなく。
結局レグナは、手ぶらで、いつも通りの服装でゼルデア城を訪れていた。
「おい、見ろよ、機工技師のレグナ様だぜ!」
「あのゴーグルから光のビームが出るんだってよ、すっげぇなぁ……」
(……聞こえてるよ)
一瞬声に出して突っ込んでやろうかとも思ったがそんな気力もなく、結局レグナは聞こえ
ないふりを通した。
元が穏健でわりと開かれたゼルデア城である。レグナなら、大抵の場所に行くには片手
だけで十分だった。
目的―――と言うほどでもないが。扉をノック。
「開いてますわ。」
中から聞こえた声に苦笑しつつ、レグナは扉を開いた。
「エル女王様にはご機嫌麗しく―――」
「れっ、レグナっ!
ちょ、きゃ、出てけ、来てるなら言えばかーっ!」
頭を下げるレグナを出迎える、本、ぬいぐるみ、枕、かご、果物―――
「し、しつれいしましたっ!」
慌てて扉を出て、誤魔化すように衛兵に手にしたぬいぐるみを―――
(ぬいぐるみ?)
手を振り。
まぁ挨拶はこんなもんでいいかと割り切ると工房へと向かった。
あの時の褒美として、レグナには金銭の他に王宮機工技師の肩書きと名誉と資格、それ
にゼルデア城内の工房が与えられた。
肩書きや資格には興味ないし、王宮勤めをする気はもうなかったが、城内の工房だけは
レグナ自身がエルに頼んだものだった。
六年前まで、レグナが暮らしていたそこは。
綺麗に清掃こそされているが、六年前にレグナが追い出された時と全く同じ姿をしてい
た。
「……まさか、またここに足を踏み入れる日があろうとはなぁ……」
ずっと狭く感じられる室内を眺めて、レグナは小さく苦笑した。
もっとも、レグナにはここに通うつもりやここで暮らすつもりはなかった。
あの街の、ここよりも広い、レグナの工房が良かった。
あの、ファリナと二人で時を過ごした工房が―――
「……」
目元をこすり。
レグナは立ち上がると、一度身体を伸ばしてから、工房内を歩いてみた。
機具の大半は、カバーが掛けられるか箱にいれてあり、今すぐにでも問題なく使えそう
なものばかりであった。
懐かしさと、自分の成長に―――あるいは当時はこんなこともわからなかったのかとい
う苦笑を浮かべ、一つ一つを手に取り時には作動させてみた。
今のレグナには作れないような物もいくつもあったが、逆に今のレグナならもっといい
物を作れる、という機具もいくつかあった。仕掛けがわからない、全く手が出ないという
機具は一つもない。
「どこで何してんのかな、師匠は。」
(ぼくは一人で、何ができたんだろうな―――)
心にもすぐ側にも、いつでも一人の少女がいてくれた。
彼女を失い、本当の意味で一人になった自分に、果たして何ができるのだろうか―――
「いかんな……」
くせのように浮かびそうになる涙に笑って、目元をこすると。
レグナはふと、一つだけ上に置いてある箱に気がついた。
それは壁際に設置されており、視点の低い子供にはけして見つけられないであろう場所
にあった。
「……」
手を伸ばし、箱を手に取る。箱には封と、それをはがした後があった。
「これは―――」
それは、レグナの師匠からレグナ自身に宛てた―――
「おもしろい。やってくれるじゃないか、師匠も。
まさか、六年越しの挑戦状を叩きつけられるとはな……」
箱の中には、挑戦状と、謎の鍵、それと正体不明の手の平大の機具が二つ入っていた。
「もしかしたら、王様がこれを見つけてぼくを呼んだのかもなぁ。」
王が中を見たかどうかはわからぬが、まぁそれはどうでもいいことだ。
ともあれ、挑戦状と道具がぼくの手に渡った。レグナはそれでいいと思った。
挑戦状には、とある場所に館を建てておいたから来い、そう書いてあった。
何を持ってこいとも、何を挑戦するともなく。
ただ、詳細な地図と行き方、それに路銀とおぼしき金銭だけが入っていた。
レグナはそれらを見つめて少し考えると―――
「すまない、師匠。
もう数年待っていてください。」
短く言い頭を下げ、全てを箱の中に戻した。
今すぐにも行きたい気持ちはあったが―――
サバルとの約束があるから。最低限エルが結婚するまでは、この国にずっと居ようと思
っていた。
地図によれば、片道で一週間ではきかないほど遠くにあるらしい。
王の最期の願いを好奇心が上回るまでは、ひとまず忘れることにしようと思った。
「さて、と。」
気づけばかなりの時間を工房でつぶしたレグナは、呟きながら立ち上がった。
そうして部屋を出ようと、箱を棚に戻そうとしたところで―――
「レグナっ!」
「お、エル―――女王様。ご機嫌麗しゅう。」
「麗しゅうじゃないわよ、城中探しちゃ―――て、しまったではないですか。」
慌てて口調を戻すエル。
「とりあえず外へ参りましょう。」
頷くレグナを、なぜか追いやるように工房内に押し込み、廊下に誰もいないのを確認して。
「よーし、レグナの家へしゅっぱーつ!」
「へ?」
有無を言わさずレグナを抱きかかえると、エルは胸元の詠晶石に手をかざして魔術を発動
させた。
そうして―――次の瞬間には、レグナの工房内である。
「ふっふー、転移成功!」
「て、転移成功って……」
「ま、私天才だし、このくらいはちょちょいのちょいよ!
なんせ、自分が飛ばずにお父様だけを飛ばしたり、城から一気に祠まで飛んだりしてる
んだから。安心なさいって!」
「う、うーん……」
いわく、幻覚を見せて城の者を欺き、王をさらって雪姫に会いに行く時に転移魔法を何度
か使っていたらしい。
軽々とこなすエルの技量に感嘆しつつも、その行動はどうなんだろうと小さく呻いて首
をひねり。とりあえずレグナは持ってきてしまった箱を置いて電気をつけた。
それから本日休業のまま、玄関の鍵だけを開ける。知り合いにのみ営業中、という意味
だ。
「ともあれ、久しぶりねレグナ。
全然遊びに来てくれないんだもん、すっごい退屈だったわ。」
「おかげさまで、こっちも最近忙しくてね。
この一月で、半年分は稼いだかな……」
「ほほー、そりゃまた景気のいいことで。さっすが王宮機工技師ね。」
少しだけからかうように笑うと、エルは立ち上がって台所に向かい、お茶の準備をした。
「……って、へ?
エル、なんで知って……?」
「ふふふー、大抵のことは知ってるわよ。なんたってあの雪姫様の後継者だもの!」
雪姫の力によるものか、あるいはファリナが消えたからなのか。
あの件以来、エルの魔術は格段に進歩していた。
が、人前で女王がほいほい魔術を使うわけにもいかず、見えないところでこつこつと修
練を重ねている、とのことだった。
「それでね、レグナ。あたし最近新しい術を憶えたから、見てもらおうと思って。」
脳裏によぎる―――六年前のあの光景。
一瞬それを口に出しそうになる自分をとどめ、レグナはごく簡潔に見せてとだけ言った。
「さて問題です。どんな魔術だと思いますか?」
「……?」
「一番。星落とし。」
「ぶっ……」
星落とし。
全ての魔術は使用者によって術名が付けられる。たとえ効果が同じでも、術名は自由に
つけられるため名前だけで術の内容が分かることはない。
しかしただ一つ、星落としという術名が指し示す魔術だけは世界共通である。
全ての破壊魔術師の最終目標とも言える、至上最強の大規模殺戮型攻撃魔術。
効果の程は、まさしく名の示す通り。並みの城なら一撃で破壊できると言われていた。
「それは、使えないといいなと言うか、頼むから披露しないでね……」
なぜか慣れた手つきでお茶を注ぐエルに、レグナが疲れた声を出した。
「うふふ、どうでしょーね。
続いて二番。性魔術」
「ぶふーっ、っほ、げほっげほっ!
却下だ却下、つぎっ!」
「すごい便利なのに……
んじゃ、ラスト、三番。」
「はい、三番ね。あークイズ正解。お疲れさま。」
「……」
テーブルを拭きつつ、顔も上げずに投げやりな返事を返すレグナ。じと目のエルはあえて
気にせずか、顔を上げず―――
「性魔術ホントに仕掛けるぞこのやろう……」
ぼそりと呟いたエルの言葉に、ぴたりと動きが止まった。
「……拭き終わりました。
それでエル、クイズの答えの新しい魔術ってなんなの?」
結局レグナは、何もなかったことにして続きを促した。それが一番、我が身の平和である
と信じて。
「……ま、いいか。
新魔術、実は使用中だったりするのよね。お城の工房でレグナに会うよりも前から。」
「工房より―――前から?」
「そうよ、わかるかしら?
ヒントは、明日辺り時間見つけて、この術でレグナに会いに行こうかなとか思ってたの
よね。だって暇なんだもん。」
「暇だから……て、まさか!」
レグナの脳裏に浮かんだのは、事実を知る前の―――まだ明確な想いに気づいていなかっ
た頃の、ファリナ。
「分身?」
「ぴーんぽーん、だいせいかーい!」
以前レグナは、ずっとエルの分身がファリナであると思っていた。
実際には違ったのだが、分身なら同時に擬似的な自分が存在し、また姿形もある程度は
変えられる。
もっとも、複雑なものを動かしたり大きなものを動かすには、それ相応の晶力と魔術の
技量を求められる。
レグナが扱った『リック』―――使用者の意識を移し替えて戦う機工鎧とは違い、本体
と分身の両者が同時に意識を持ち行動することも可能となるはずだ。
「ってことで、明日から魔術修行のためにここでアルバイトするね。
あ、もう全部決めてあるから。よろしく~。」
「え、ええー?」
突き出されたのは、勝手に作られた契約書だった。
性格……もとい本性の割には綺麗な字で。
性格……もとい本性の通り、ところどころに突拍子もないことが書かれている。
まぁでも、エルの性格を考えれば随分と我慢と譲歩をした方……と言っていいんだろう。
多分きっと。好意的に解釈すれば。
「レグナは忙しい自分の身の回りをしてくれて、最高級美少女の看板娘を得られる。
あたしは魔術の修行と気が重くなるような毎日の政務を楽しくこなせるようになる。
―――うーん、一石四鳥くらいよねー。異議なしっ!」
「異議なしじゃなくて!
晶力と賃金もあるし、エルが過ごす場所もあるし、えっと……」
「晶力、あたしが詠晶石持ち込みまーす。賃金もお昼ご飯だけでおっけーでーす。
過ごす場所も、愛しいレグナ様のお膝の上で丸くなってるからだいじょぶでーす!」
「……」
(やばい、完璧だ……)
嬉しそうに微笑むエル。その愛らしい顔の裏側に潜む邪悪な笑みに戦慄するレグナ。
歴代随一の頭脳と魔術と称される『雪姫の後継』エリュセア。計画は完璧だった……
「あ、そうだ。
でもエル、ぼくの仕事や道具の配置知らないでしょ?」
「知ってまーす。
……それとも、ファリナちゃんとの愛の巣に他の女の子を置きたくないの……?」
うるうるとか呟きながら、逃げようとするレグナの動きを戒め両手を握るエル。
うるうると言うよりらんらんと目を輝かせながら、エルがレグナに迫る。
「え、えぇっと……」
(参ったな。そういうつもりじゃ……いや、そういうつもりなのかな?)
正直、今は一人でいたかった。
だが同時に、その『今』がどれだけの期間かもわからなかったし、無理矢理押し掛けて
でも誰かに側にいて欲しいとも思った。
「あー……これはまぁ、完敗というしかないか。
しょうがない、暇な時くらいは遊びにおいで。アルバイトじゃなく、ね。」
「やったー、レグナさいこー!
大丈夫よ、変装が手間だから本体じゃなく分身の方置くけど、やることはきっちりやる
し王女とはばれないようにするから!」
「そんなの、当然でしょ……」
「ふっふーん。
さーこれで、レグナに寄りつく悪い虫を片っ端から排除するぞー!」
「……は?」
嬉しそうに叫ぶエルの言葉の内容に、レグナの口が開いた。
「あの辺のクッキーがマリンちゃんの手作りでしょー。
それから同じ場所のチョコレートがミオンちゃん、お部屋のお花がウィラちゃん。で、
いいのよね? 全部燃やすけど。」
「あ……」
ふと、唐突に気づいた。
「そうか、ファリナの記憶を……」
「そそ、ぴんぽん!
あなたを護りたいってファリナ自身の願いが、あたしに託されたってわけよ。
ファリナを形作る力のうち、あたしの願いが作った分があたしに戻って融合した感じね。」
(―――やってくれるな)
小さく微笑むと、レグナは立ち上がって身体を伸ばした。
どうやら―――まだしばらくは、暇が戻って来そうにはなかった。
と―――軽やかなベルの音を立て、扉が開かれる。
「こんにちはー、レグナいるかな?」
「うお、悪い虫筆頭発見!
ごしゅじんさま、実力で排除しますねー!」
「ごしゅ―――?」
スーツに義手の美少女の眉がわずかに持ち上がる。
その背後では、デブでデカの、怪しい男が来るなり帰ろうとしていた……
「どうやら―――
間違いなく、暇は戻って来ないらしいね。」
レグナは、繰り広げられる騒動を見ながら、どこか満足そうに苦笑した。
「愛してるよ。あなたの幸せだけ願ってるの、ずっと。」
ファリナは、最期にレグナにこう言った。
「だから―――
だから、私のことを忘れずに、新しい時を生きて。
私が意味を持てるように、私の分まで幸せになってね―――」
それは、少年を愛する一人の少女の願いと。
その少女を幸福にしたい、一人の守護神の祝福と。
そして、願いと祝福より生み出された純粋なる想いの抱いた―――
「レグナ、愛してるよ―――」
何よりも尊い、たった一つの願いだった。
そうして―――これより、遙かな後に。
雪姫と、雪姫が引き合わせた少年少女らの物語が、新たな伝承としてこの国の歴史に刻
まれることとなる。
伝承の名は『雪ノ姫』
この雪の国ゼルデアを舞台にした、愛と希望と―――
一握りの、悲しみの物語であった。
雪ノ姫 了
あとがきにかえて。
小説を書き終えたのが今ではなく、ずっと昔のため。
今更あとがきというのも違和感はございますが、それはそれと割り切ることとします。
全40話、約文庫本一冊分。ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました。
『雪ノ姫』いかがでしたでしょうか。
ほんの一欠片、一雫でも何かを残せたなら、これほど嬉しいことはございません。
願わくばその欠片が、人の優しさのように温かく、空舞う雪のように美しいものでありますように。
今回の作品は、ずいぶん昔に長編小説へ応募したものとなります。
もちろん結果は落選。
落ちたものを、ほとんど手直しせずに投稿させていただきました。
今回は、作者にとってのリハビリということで御容赦いただければと思います。
ずいぶん長いこと、文章を離れていたのですが。
古い作品を読み返し、色々なことを考え。あるいは他の方々の作品に触れることで。
なんとなく、自分の中で燻っていた翼の残骸と、向き合う心が出来た気がします。
そういう意味でも、読んで下さった方も、未だ袖すり合わぬ方も。
全ての方々と、この場を提供下さった方々に深い感謝を捧げ。
ぐだぐだとした戯言を結びたいと思います。
叶うなら次は、今の自分が書いた文章でお会いしたく。
最後までお付き合い下さって、本当にありがとうございました。
ご意見ご感想・あるいは『読んだよ』だけでもなんでも。大歓迎でございます。
それらを次への励みに、今後も頑張りたいと想っております。
それではこの辺で失礼致します。
長いエピローグの上に余計な自己満足まで、あるいは長編小説に長々とお付き合い下さり。
本当にありがとうございました。
皆様の旅路に、雪姫の加護と作者の祝福がありますように―――
岸野 遙
□ □ □ □
最後に、この場を借りてCMでございます。
あとがき執筆からしばらく。ようやく、完全な新作にてお目見えすることができました。
精(霊)力をぶちかませ! ~妹幼女と精兄と~
http://ncode.syosetu.com/n8842bu/
シリアスだった雪ノ姫と一転、今回は明るく楽しめるもの、R15でちょっとエロめに進めております。
まだまだ不完全で不十分な筆力のため、予定に反して明るいエロにならずシリアスしちゃってございますが。
そこもそれ、気楽に楽しんでいただければとか勝手に思ってございます。
作品の方向性はかなり違いますし、苦手な方も多分におられるかとは思いますが。
抵抗のない方は、こちらについてもお読みいただけますと幸いに存じます。
でも感想やもろもろ次第では、いつか新作よりも雪ノ姫の続編を書くかもしれません、とだけ最後に付け加え。
それではこれにて、続きは別の作品にて。