第十二話
そして、東亜工業高校と交流試合を行う日が訪れた…
「今日は、私たちの初陣だ。先輩たちが見ている中で、戦うことになる。志高の名に恥じない試合をするぞ。いいな!」
「おおっ!」
試合前に円陣を組んだ大志高校1年生たちは、チームリーダーの玄奘の言葉に、大きな声を張り上げた。すると、円陣の横で控えていた鍋島は、
「練習試合とは言え、舐めてかかるなよ。自分たちにとって、糧となる有意義な試合をしろ…いいな!」
と、彼らを激励した。
「はい!」
それを聞いた彼らは、割れんばかりの大きな声で、そう答えたのだった。
「ずいぶん、気合いが入っているな。奴らは…」
谷口は、不敵な笑みを漏らすと、
「ふっ…すぐに、ぐうの音も出ないようにしてやるぜ」
別駕は、そう言って、仲間たちに目を合わせた。
「まあ…お前の一存で試合をするハメになったが、感謝しているぜ。腕を振るう場所がないと、鈍ってしまうからな」
東亜工業高校1年生のピッチャーの城山勇治が、ニヤリと笑うと、
「こちらも先輩らに睨まれた中での試合だから、負けるわけにはいかないぜ」
キャッチャーの川崎保は、バスンとキャッチャーミットを鳴らしたのだった。
ちなみに、両校の1年生同士が試合をするとのことで、この機会にレギュラーメンバー同士で交流試合をしようと言う運びとなり、彼らの試合の後で、両校が激突する予定となっていた。
「公式戦を前に、今年のダークフォースと呼ばれている東亜工業と練習試合ができるとは、願ったり叶ったりだぜ…虎頭たちには、逆に感謝しないといけないかもしれんな」
彼らを見ながら、鍋島は、そう苦笑いしたのであった…
そして、1回表、東亜工業高校1年生チームの攻撃が始まった。
「今こそ、お前のピッチングを披露する時だ…気合い入れていこうぜ」
「おう…任せておけ!」
藤次の力強い声を聞いた玄奘は、笑顔で自分のポジションに戻っていった。
「しかし、大丈夫かな…先輩たちとの試合じゃあ、めった打ちにされたし、暴投も多かったしな」
と、晴翔の心配を余所に、藤次は第一球目を勢いよく、キャッチャーミットに捻じ込ませたのだった。
…ズッバーン!!!
「ストライーク!」
「おお…なんかすごかったぞ、今の…」
晴翔は、藤次の速球に、はっと目が覚めた。
「いいぞ、藤次…その調子だ!」
玄奘が、そう大きな声を出しながら返球すると、
「なかなかやるじゃねえか…志高もよ」
東亜工業高校1年生チームの1番バッター・服部は、ニヤリと笑った。
「ふっ…そう簡単には、打たせはしないぜ」
藤次は、大きく振りかぶって、第二球目を投げた。それに対して、
「おらあ!」
服部は、大声をあげてバットを振ったが、それはむなしく空を切った。そして、
「ストライクツー!」
「おっかしいな…」
そう漏らすと、彼は打席を外して、数回ほど素振りをしたのだった。
「へへっ…完全に振り遅れてやがるぜ、あいつ…」
と、晴翔が、小さく呟いた瞬間、藤次の放ったボールは、見事に服部を空振りさせたのであった。
「ストライーク、バッターアウト!」
「いいぞ…先頭バッターを三振とは、また憎いね!」
そう景気よく、晴翔が藤次に声掛けすると、
「ナイス、ピッチング!」
他のナインたちもこぞって、声を掛け始めたのだった。
「けっ…一人三振とったぐらいで、ガタガタうるせえんだよ。ヘボ集団がよ…」
その声援を聞いて別駕が愚痴ると、
「まあ、見ておけ…俺が、奴らを黙らしてやるかよ」
2番バッターの四葉は、不敵な笑みを浮かべながら、バッターボックスへ向かっていった。
「さあ、この調子で三振の山を築いてやれ」
「ああ…」
玄奘の言葉に、藤次は表情を引き締め、四葉に対して第一球目を投げた。
「なめるなよ!」
彼は、フルスイングで臨んだが、ボールに当てることができず、大きく空振りし、
「ストライーク!」
「くっ…際どい球を投げやがるぜ」
目をひん剥いて、歯ぎしりしたのだった。
そうこうしている内に、四葉が、あっと言う間に三振で倒れてしまうと、
「いいぞ、烏丸…連続三振だぜ」
晴翔たちの声援は、さらにグランド内をこだました。
「ちっ…ならば、俺が口火を切ってやるまでだ」
別駕が、ぺっと唾を吐いてから打席に入ると、
「3番は、あのクソ野郎か」
晴翔は、途端に表情を険しくさせ、
「そいつには、遠慮することはないぜ…ボコボコにいわせてやれ、烏丸!」
拳をあげながら、そう叫んだ。
「やれやれ…騒がしいことだな」
藤次は、小さく笑ったが、
「来い…この3流ピッチャーが!」
別駕の挑発に、眉を細めると、
「笑止…」
そう短く言葉を切って捨てた。そして、大きく振りかぶり、容赦なく第一球目を放った。すると、そのボールは、まるで獲物に襲いかかるかのように、迷うことなく突っ込んできたのであった。
「うおりゃあ!」
別駕は、そのボールに対して怯むことなく、バットを振り抜いた。しかし、そのバットは、容易くボールを捉えることができなかった。
「ストライーク!」
「おのれ…」
彼が、肉食獣のような目になって、マウンド上の男を睨みつけると、
「ふっ…熱くなってやがるな」
藤次は、それを受け流すかのように第二球目を投げた。
「もらったぜ!」
別駕は、執念でそのボールを捉えた。だが、打球は大きく外れて1塁ベンチの奥へと飛び込んでしまった。
「ファール…」
「今のは、良いスイングだったな。さすがに、3番バッターだけのことはある。気を付けていかないと」
玄奘は、そう言って、アイコンタクトをすると、
「むう…」
藤次は静かに頷いた。
「さあ、次はホームランにしてやるぜ」
別駕は、そう叫んで目を光らせると、
「減らず口が、多い奴だぜ」
彼は、涼しげに発しながらも、情熱を込めた第三球目を投げたのだった。
「今度こそ、もらった!」
別駕は、フルスイングでボールを捉えようとした。だが、そのボールは、急に失速して挙動を乱すと、ストンと落ちてきたのだった。そして、
「な、何っ!」
…ブーン!!!
…ズバーン!!!
別駕は、驚きの表情を浮かべながら、大きく空振りしたのであった。
「ストライーク、バッターアウト。スリーアウト、チェンジ!」
「やったぜ!」
晴翔たちが、大喜びで藤次のもとへ駆け寄っていくさまを見ながら、
「別駕の奴、熱くなりすぎだぜ…俺まで、ちゃんと打順を回せっつうの…」
4番バッターの谷口は、深くため息をつき、
「フォークとは、味な真似を…次の打席は、みてろよ」
別駕は、そう言って、バットを大地に叩きつけたのだった…
そして、1回裏となり、大志高校1年生たちの攻撃となった…
「向こうは三者凡退で、こっちにとっちゃ、良い流れだ。烏丸のピッチングに応えるためにも、先制点を取らなくちゃな」
小平太が、数回素振りをしてから、バッターボックスに入ると、
「向こうに三者凡退を決められたんだったら、こっちも三者凡退でお返しをしてやらないとな」
城山は、ニヤリと笑って、第一球目を投げた。
「なっ…」
その尋常でない球威に、彼はいとも簡単に見逃してしまい、
「ストライーク!」
「速い…」
思わず生唾をのみ込んだ。
「へい、へい…どうした、バッター。見ているだけじゃなくて、お手々を使いな」
別駕のヤジに、
「あの野郎!」
「やめとけよ…奴の十八番の遠吠えだ。聞き流しとけ」
優希は、ふいにベンチを立ったが、晴翔によって制された。
「次は、これだぜ…」
城山が、間髪を入れずに第二球目を放つと、
「くそ!」
小平太は、懸命にバットを振ったが、ボールに追いつくことはできなかった。その投球に、
「ストライク、ツー!」
「あれが、1年の球かよ」
彼は思わず、そうぼやいたのであった。




