第十話
「入学したと思ったら、もう公式戦だな…時が経つのは、早いものだぜ」
部活の帰り道で、晴翔が、そうぼやくと、
「まあ、俺たちは、どうせレギュラーとしては出られないがな」
優希が、皮肉を言い、
「そりゃあ、仕方がないだろ。鍋島さんらに比べたら、俺たちの実力なんて毛が生えたようなものだからな」
同じ野球部一年生である八百屋小平太も、そう続けた。ちなみに、彼は、野球部後援会の会長の息子だ。
「まあ、それはともかく…あの鍋島さんがエースをやっている以上、今年の公式戦は、かなり良い線までいけそうな感じがするぜ。他の先輩たちも、良いバッティングしているからな」
これまた同じく野球部の部員で、社会人野球の選手を父に持つ浜村通が、腕組みをすると、
「面白くなりそうだぜ。今年の夏は…」
晴翔はニヤリと笑った。と、その時、前方から見知らぬ二人組が、笑いながら、こちらに向かってきたのだった。そして、
「わははは…今回の公式戦は、俺たち東亜工業高校の優勝で決まりだな」
「レギュラーじゃない1年のお前が、自信満々な顔をして言うなよ。まあ、俺も1年だけどな」
東亜工業高校の野球部員の別駕大海と谷口隼人は、これ見よがしに母校の自慢をしていたのであった。
「おい…あいつらは、東亜工業の連中だぜ」
「あの今年のダークフォースと言われている学校か」
晴翔たちは、そう噂をしながら、彼らの横を通り過ぎようとすると、その二人組から、思いもよらぬ言葉を聞かされたのであった。
「そう言えば、この辺だったな。志高は…」
谷口が、そう言うと、
「ああ…確か、鍋島がいる高校だったな」
別駕は急に大きく笑った。すると、
「結構、速い球投げるって話だが、俺たちの先輩には到底かなわんだろうな」
「そりゃ、そうだろ…志高ごとき弱小校に、負けるわけがないぜ」
彼らの話を耳にした優希は、途端にプチンとキレた。
「ああ、てめえら…何、ナメたことぬかしてんだ」
「よせ…竜岡!」
晴翔は、食ってかかろうとする彼を、すぐに制した。だが、因縁をつけられた二人組は、表情を険しくし、応戦するかのようにメンチを切ってきたのだった。
「なんだ、お前ら…よく見りゃ、志高じゃんかよ。アウト・オブ・眼中のな!」
「てめえ、言わせておけば!」
「だから、やめろって!」
別駕の挑発にキレる彼を、晴翔は再び制したが、
「ふっ…俺たちは、本当のことを言ったまでだぜ。俺たちの野球は、お前らのようなお遊びとは違うのさ」
谷口に、そう言い返されると、
「お遊びだと…てめえらに何がわかるっつうんだよ、このザコキャラが…レギュラーでも何でも無いカスが、ぎゃあぎゃあ言ってんじゃねえよ」
優希の怒りは最高潮に達し、とうとう暴言を吐いた。それを聞いて、
「な、何だと…てめえ!」
別駕は、青筋を立てながら、眉間にしわを寄せた。そして、
「ざけんな…東京湾に捨てられて、魚の餌にでもされてえのか!」
「なんだと、わりゃあ…富士山の樹海に捨てられて、一生行方不明者にされてえのか!」
「おい、落ち着けって」
二人の罵り合いが、どんどんエスカレートしたのだった。
「だったら、俺たちと勝負しろ…どっちが上か、白黒つけてやるぜ」
別駕が、首をかき切るポーズを見せると、
「上等だ…受けて立つぜ」
優希は、中指を立ててガンを飛ばした。
「おい、別駕…何、勝手なことを言っているんだ」
「いい加減にしろ…竜岡!」
晴翔と谷口は、お互いのチームメイトを止めようとしたが、
「うるせえぞ、谷口…ここまで言われて、後に引けるかよ」
「そうだぜ、虎頭…もはや、あの天狗っぱなをへし折ってやらにゃ、俺の気は収まらないぜ」
二人に、そう言い返されたのだった。こうして、大志高校1年生らと東亜工業高校1年生らの試合が、強引に決まったのだった…
「なんで、そうなるの!?」
晴翔は、たまらず萩本欽一のギャグをやってしまったのであった…
そして、次の日のこと…
「とにかく、事の顛末は、先輩らの耳に入れとかないとまずいぜ」
晴翔は、横を歩く優希にそう言いながら、歩く速度を速めると、
「なあに…先輩方なら、わかってくれるさ」
彼は、そう言って、余裕をかました…が、部室にて、事の顛末を聞かされた鍋島は、赤鬼のように顔面を紅潮させて激怒した。
「お前ら、勝手なことをしてんじゃねえぞ」
彼は、そう言うと、そばにあった椅子をドカッと蹴飛ばしてから立ち上がり、部にある唯一の大きなテーブルをひっくり返して、部室内に轟音を響かせたのだった。その迫力のある衝撃映像を目の当たりにして、
「す、すいません…」
晴翔たちは怯みながら、ワビを入れたが、
「お前ら、1年…全員、表へ出ろ!」
許してもらえず、
「は、はい…」
「とっとと出ろと言っているのが、聞こえねえのか!」
主将と同様に怒り狂う先輩らに、何度も尻を蹴られながら、彼らはグランドに放り出されたのだった。
「何やってんだよ、お前ら…俺たちまで、とばっちり食ったじゃないか」
「わりいな…」
将人は、小声で晴翔たちを非難すると、
「お前ら、入部してから日も浅いのに、よくもそんな大きな口を叩いてくれたもんだな…今から、高校野球の厳しさをとことん教えてやる」
鍋島は、ギロッと1年生たちを睨みつけ、
「これから、俺たちレギュラー組と試合だ…オーダーは、お前らで勝手に組め…いいな!」
「へっ?」
彼の意外な命令に、晴翔は目が点になった。
「おい、レギュラー組と試合だってよ…面白そうだな」
「こら…不謹慎なことを言うな」
優希の発言に、玄奘がジロッと睨むと、
「こりゃ、こてんぱんにやられそうな雰囲気だぜ…しゃあないか、災いの種を撒いたのは俺たちだからな」
晴翔は、そう言って、コリコリと頭をかいたのだった…
そして、数分後…
1年生たちは、以下のオーダーで試合へ臨むことになった。
1番・センター、八百屋小平太。
2番・サード、浜村通。
3番・レフト、虎頭晴翔。
4番・ライト、竜岡優希。
5番・キャッチャー、宝生院玄奘。
6番・ショート、佐戸一郎。
7番・セカンド、井出将人。
8番・ファースト、二ノ宮勉。
9番・ピッチャー、烏丸藤次。
「お前たちが、先行でいいぞ。さあ、早くバッターボックスに入れ…」
鍋島は、そう言ってピッチャーマウンドへと向かうと、
「うわあ…緊張するな」
小平太は、緊張感たっぷりで、バッターボックスへと向かったのだった。
そして、1年生チームの先攻で、試合は始まった…
「いくぞ!」
鍋島は、そう発して、大きく振りかぶり、渾身の力で腕を振り抜いた。すると、放たれたボールは、目にも止まらぬスピードでキャッチャーミットをめがけて、飛び込んできたのだった。
…ズッバーン!!!
「う、うわあ!」
小平太が、思わず腰を抜かしてのけぞり、
「れ、練習の時とは、遥かに威力が違う。これが、主将の本当のピッチングなのか」
嫌な汗を全身にかくと、
「なんだ、そのザマは…それでも、高校球児か!」
彼は、おもむろに怒鳴り声をあげた。それに怯んだ小平太は、
「す、すいません…」
すぐに直立不動になって、平謝りした。そのためか、さっきより構えが小さくなると、
「バッティングの構えを忘れたのか、小平太…そんな弱腰で、打てるとでも思っているのか」
再び叱咤を受け、
「あわわ…」
彼は、慌ててバットを構え直したのだった。それを見て、
「ふう…先が思いやられるぜ」
苦い顔をしながら鍋島は、第二球目を投げた。
「くっ…」
それに対して、小平太は、ボールを捉えようとバットを振ったが、完全に振り遅れてしまった。そして、
「ボールをよく見ろ…タイミングが、まったく合っていないぞ」
「は、はい!」
「次を投げるぞ!」
彼の第三球目に、
「だ、だめだ…追いつけない…」
小平太は、またしても振り遅れてしまい、あえなく三振したのであった。
「うわあ、やべえ…あの球は、ほんと打てそうにないぞ」
1年生組のベンチサイドから、そう悲鳴に似た声があがったが、
「やっぱ、俺たちをこてんぱんにする気なんだな…しかし、そう簡単にやられてたまるかよ」
どよめく彼らの中で、晴翔は、そう闘志を燃やしたのだった…




