深夜2時31分
深夜2時半の再秒針
『ほらほら、お二方早く!』
時野谷に急かされ、俺等は店を出る。向かいから吹く夜風は勢いが強く、やけに涼しかった。
「ほら、」
俺はおもむろにしゃがんだ。
「…え?」
香が困惑したように後ずさった。
「何今更躊躇ってんだよ。おぶるんだよ、お前を。」
恐る恐る香は俺の背中に乗ってきた。不安と躊躇いが背中にありありと感じる。俺は何で今まで気づけなかったんだ。何回も、何回も、こいつと一緒に帰ってきたはずなのに。
カチ、カチ、となる秒針の音が脳裏に響く。その音に対して、震えるような怒りがこみ上げてくる。このタイムリープのせいで香は…。
ようやく今気づいた。今までの香の言動、そして俺の記憶。その齟齬に。
過去の記憶がフラッシュバックする。
「なぁ…。お前が大丈夫なら教えてくれないか?今日のタイムリープのこと。」
香は少し躊躇った。沈黙が背中に広がる。
少し時間が経った時、香は口を開いた。
「最初はさ、穂香ちゃんが一肇の隣の席に座って、」
『私がバイト辞めたの、貴方のせいなんですから責任取ってくださいよね』
『え!!なにそれなんか結婚するみたいじゃんか!』
「あ〜、あったなそんな事」
思わず笑ってしまう。
「それで私…穂香ちゃんに、」
『原因…私…?』
『『その通り!』』
『あ、あと私の隣に。』
『あっす。』
過去の記憶が鮮明に蘇る。あの時、香はどんな気持ちだっただろう。
「あったな〜、俺もお前に嫉妬したことあるわ。」
「そうなの?いつ?」
「中学の部活ん時。お前、外嶋とペア組んでたじゃん。」
「あ〜、あったねそんな事」
香がクスッと吹き出すのがわかった。少し安心する。
「あとさ、一肇、穂香ちゃんのこと名前で呼んでたじゃん?」
『あ、そっか。もう店員じゃないのか。えっと…じゃあ穂香さん、最初のループの時だから、えぇと…』
「あ〜、時野谷のことそういや最初は名前で呼んでたっけか」
「うん。」
コツリ、と香の頭が俺の頭にぶつかった。
「一肇が私以外の女の子のこと、名前で呼ぶの新鮮で…」
「はっ、そういうことだったのか。おれが最初に名前で呼んだのはお前なんだぞ?時野谷が特別だったわけじゃない。」
「分かってる…。」
あっ、だから時野谷はあの時…、
『まぁ、長年女やってたらわかるんですよ。』
『え、性別で変わるんすか穂香さ…『いや、やっぱよくよく考えたら下の名前呼びキモいですね…。やっぱ時野谷って呼んでください。』
時野谷の鋭さに、益々驚かされる。あの時一番に香のこと考えてたのは時野谷だった。 俺は…
『まぁでもここ一ヶ月くらいは香も酔いつぶれて無いし、最近おぶってったのは今日くらいだな。』
俺がそう言うと、香が首を傾げた。
『あれ?そうだっけ…あぁ、そっか。』
「私…」
確信が持てる。香は、
「1ヶ月間この一日を、」
ずっと繰り返してる。
原因は、俺にあったんだ。
最初にこの一日を過ごした時、一肇は私に言った。
「俺、転勤することになったわ。」
「…?」
頭が真っ白になった。なんで?なんでそんなにサラッと言えるの?私達の時間はどうなるの?どうして、どうして、どうして、
そんな事を考えてたら、グアァっと視界が歪んで、気付いたら朝に戻ってた。気持ちの整理が付かないまま、またその一日を過ごした。もっと一肇と一緒にいたい。そんな事を考えると、まるで私の願いを叶えてくれるかのようにこの幸せな一日が続く。
でも、一肇の記憶は毎回なくなってく。だんだんとエスカレートしちゃって、些細なことでもタイムリープが発動するようになった。
私の醜い感情のせいで、世界が動かない。ずっと、ずっと、動かない。
だから、嬉しかった。今回記憶が何故か一肇にあって、察してくれてる穂香ちゃんとも出会って…
さらに、私の心の醜さが露呈する。耐えられない。気持ち悪い。お酒が入るにつれて、気持ちがこみ上げてくるのを抑えられない。
いくらタイムリープを繰り返しても、酔いは、醒めない。この時間に酔うのは、辞められなかった。
あぁ、もうアパートが見えてきた。もう戻りたくない、迷惑かけたくない。でも、でも、
「登るぞ。」
「大丈夫?私重いよ?」
「知ってる。」
「女の子にそれ言う?」
「俺は実績があるからな。お前の抱え込んでる重さも、今一番知ってるのは俺だ。」
カチ、一肇が一段目を登る。
「私、嬉しかった。一肇がそう言ってくれて」
「あぁ。」
カチ、一肇が二段目に足をかける。
「俺は弱いな。香のこと、気づいてやれなかった」
そんなふうに言わないでよ。私が悪いのに。
カチ、三段目を一肇が踏みしめる。
「来るかもしれない別れにかこつけて、今までずっと言えなかった。香。お前のことが好きだ。」
カチ、
「私もっ…大好き。」
あぁ、ようやく言えたな。心のなかにあった醜い物を、言葉で。
気持ち悪い。そんな衝動で、何回一肇の背中に吐いちゃったのかな。
記憶が一肇にもあった最初のタイムリープの時、言いかけてたのに。それでも一肇がいない世界を想像すると、どうしても…離れるのが
カチ、
「だからっ…離れるのがイヤだっ…イヤだった…」
カチ、
「……俺もだよ。だから、」
カチ、
「でも、でも駄目なんだろ。この一ヶ月の2時半から、抜け出さなきゃなんだろ。お前のためにも、俺のためにも、」
「それに、穂香ちゃんにも」
最後、一肇が八段目に足をかける。
最後、香を八段目に連れて行く。
後ろから吹く風に背中を押されるように、
ようやく最後の一段に足をかけ、ぐいっと香を持ち上げる。
カチッ
時計は2時31分を指していた。
おわり
香が今回で露呈した過去の伏線の他にも、香がタイムリープするトリガーや、一肇に対する気持ちの伏線がいっぱいあるので、ぜひ見つけてみてください。




