第72話「崩壊の王座」
大広間に満ちていた炎と煙が、ひときわ強い突風にあおられた。
吹き込む夜風に、王のマントが裂け、血のしぶきが散る。
ノイルはその泥の体で王を締め上げ、血を糸のように吸い取りながら低く囁いた。
「記録は証明する。――あなたこそが、レオンを消し、セレフィーネを奪った張本人だ」
王は嗤った。
「証明だと? 王の命が法であり記録だ! それ以外に何の意味がある!」
その言葉に、ガロスの片目が燃え上がるように怒りで見開かれる。
「……その理屈で、どれほどの命を切り捨ててきた!」
---
ノイルの内部で、王の血が脈打つように記憶を放った。
命令の声。署名された命令書。
「抹消せよ。……存在ごと」
それは、王自らがセレフィーネに下した“死の判決”だった。
ノイルは吐き捨てるように言った。
「血の玉座は終わる。記録に焼き付け、塗り替える」
その瞬間、床下から鈍い響きが広がる。
玉座の根に組み込まれた石板が軋み、王家の系譜を刻んだ紋章が次々とひび割れていった。
---
「やめろ……! 王家の記録は我が血で繋がれてきた! それを壊せば、この国そのものが――!」
王の叫びは震えていた。
ノイルは静かに答える。
「国は血ではなく、記録と証で繋がる。奪われた名を、今度こそ刻み直す」
泥の中で“逆記”がうねり、石板のひび割れから光が走る。
ザランディーンが差し出した銅札も応じるように震え、その面に封じられていた名が浮かび上がった。
――レオン。
――セレフィーネ。
失われた名が、再び世界に刻まれていく。
---
「馬鹿な……!」
王が絶叫し、最後の力で剣を振るう。
だが、その剣は泥の渦に飲み込まれ、軌跡すら残せなかった。
王の身体は崩れ落ち、血と記録の残滓だけがノイルの中へ沈んでいく。
玉座の間を支えていた柱が軋み、崩壊の音が轟いた。
王の時代は、まさに瓦礫と共に終わろうとしていた。
---
ノイルは静かに言葉を紡いだ。
「……この国は、血に支配されるのではなく、記録と証に立つ。奪われた名の上に築かれるべきではない」
ガロスは剣を収め、膝をつき、深く頭を垂れた。
「殿下……いや。あなたこそが、この国の未来だ」
崩れる天井の向こう、夜空が広がる。
月光が、血と泥に濡れた王座を照らした。
ノイルの目は、その玉座を見据えていた。
まだ――終わりではない。




