第52話「聖堂前の炎」
北の聖堂へと続く石造りの参道は、夜の風に吹かれて赤々と照らされていた。
篝火の列が左右に並び、その光の中に、白鴉の兵たちが静かに待ち構えている。
甲冑はなく、白い外套と仮面だけ。だがその一糸乱れぬ立ち姿は、武器よりも冷たく、異様な威圧を放っていた。
「……待ち伏せ、か」
ガロスが低く呟く。彼の片腕はまだ包帯に覆われている。
「聖堂の前で仕掛けるとは、わかりやすいな」
ザランディーンが小さく笑い、懐から小瓶を弄んだ。
ノイルは鋳型を抱き、兵たちの視線を真正面から受け止めた。
(ここで退けば、すべてが消える……進むしかない)
その時、参道奥の篝火が割れ、ひとりの男が現れた。
白い外套に長い影を引き、顔は仮面に隠れている。肩口に刻まれた白鴉の刺繍が、隊長格であることを示していた。
「鋳型は王のものだ」
低い声が響く。
「偽りの手に渡ることは許されない。ここで終わらせる」
問答は、それだけだった。
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白鴉たちが一斉に踏み出す。
篝火が風に揺れ、刃が鈍く光る。
ガロスが剣を抜き放つ。老いた腕に力がこもり、前へと飛び込む。
火花が散り、刃と刃がぶつかる。
「ぬぅ……!」
老騎士の剣筋は鋭い。だが負傷した体では、長く持たない。
ザランディーンは正面に出ず、煙玉を投げて兵たちの動きを乱す。
白い煙が参道に広がり、視界が揺れる。
ノイルはその中で分体を生み出した。
泥が影に溶け、兵の足元を這い回る。
(脈……圧……ここに三人。あそこに二人……)
耳の奥に、分体から伝わる微かな“震え”が響く。
ノイルは頷き、正面の兵を迎え撃つ。
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背後から風を切る音。
一人の白鴉が、ノイルの背を袈裟斬りに狙った。
しかしノイルは振り返らない。
代わりに――背の皮膚が隆起し、そこに“顔”が浮かび上がった。
無表情の、声のない顔。
兵の足が一瞬止まる。
その刹那、ノイルの身体は前後を入れ替えた。
剣は体内に吸い込まれ、泥に呑まれて消える。
「……!?」
兵が息を飲むより早く、ノイルの腕から鋼が突き出された。
取り込んだ剣が逆手に生え、兵の胸を貫いた。
血が飛び散り、兵は崩れ落ちる。
「人ならざる……!」
周囲の兵たちがざわめき、間合いを取る。
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分体が地面を這い、兵の足音を伝える。
(左から二人、右に三人……動きが読める)
ノイルは泥の体を薄く広げ、刃を受け流しながら反撃した。
兵の剣が振り下ろされても、体は裂けず、泥の膜が受け止める。
圧力を測り、逆に相手の関節へ突き返す。
ガロスもまた必死に応じる。
老いた身に鞭を打ち、剣を振るう。
「退くな! ここを抜けねば、何も変わらん!」
煙の中で、ザランディーンの小瓶が割れ、爆ぜる。
閃光が一瞬走り、兵たちが目を細めた。
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戦況は徐々に白鴉が崩れていく。
兵の数は減り、参道に倒れ伏す者が増える。
最後に残ったのは、隊長格の男だった。
「……鋳型は、決して渡さぬ」
仮面の奥から冷たい声が漏れ、彼は影の中へ溶けるように姿を消した。
追うことはできない。残されたのは、燃え残る篝火と血の匂いだけだった。
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ガロスは剣を杖にして立ち上がり、息を荒げながら言った。
「進め。ここで止まれば、無駄になる」
ノイルは鋳型を抱き直し、聖堂の扉を見上げた。
金属は脈動を強め、耳の奥で囁く。
――刻め。血を。歴史に。
ノイルは歯を噛みしめ、扉へと歩を進めた。




