第51話「北へ向かう影」
王都を抜けた道は荒れていた。
石畳は途切れ、草に覆われ、ところどころで廃墟が影を落としている。
夜風は冷たく、負傷したガロスの息が白く散った。
「……問題ない。まだ歩ける」
彼は剣を杖代わりにしながらも、その眼だけは揺るがなかった。
ノイルは腕に抱えた鋳型を見下ろす。
金属の縁が微かに脈動し、泥の体を震わせる。
(鼓動……いや、これは……呼んでいる?)
耳の奥に声が混じった。
――「刻め」
――「歴史に」
視界の端に、消された記録の残響が揺らめく。
人々の前で語るレオン。
セレフィーネが微笑み、振り返る姿。
だが、その映像に混じって、不気味な囁きも重なる。
(俺に……歴史を刻めと?)
足が一瞬止まりかける。
しかしすぐ、ガロスの声が背を叩いた。
「進め。北は遠いぞ」
ノイルは息を整え、再び歩き出した。
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小さな焚き火を囲んで休憩を取ったとき、ガロスが口を開いた。
「王家の名は、剣で守るものではない。だが剣がなければ、保てぬ時もある」
ノイルは問い返す。
「……それでも、あなたはまだ剣を握り続けるのですか?」
老騎士は笑った。
「セレフィーネ様の記憶があるなら、答えは分かるはずだ」
その声には迷いがなかった。
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一方で、ザランディーンは焚き火の影からノイルに近づき、低く告げた。
「鋳型に囚われるな。あれは名を呼ぶ。応じれば、君の核ごと喰われる」
「だが……応じなければ、レオンを刻めない」
「だからこそ試されるのだ。あれは王を選ぶ“毒”でもある」
老人の目は笑っていなかった。
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そのとき、分体が石畳を伝い、遠方を探っていた。
ノイルの視界に、別の目が映し出す。
屋根の上に、篝火の光を遮る白い外套。
白鴉の兵だ。
(やはり……追ってきている)
分体はさらに地面を這い、建物の影に潜る。
剣を研ぐ音。短い合図。
確実にこちらの動きを追跡しているのが分かる。
ノイルは火の前で静かに息を吐いた。
「敵はまだ、距離を保っている。……追ってきている」
ガロスもザランディーンも顔を上げた。
誰も驚かない。ただ、覚悟を固めるように焚き火を見つめる。
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やがて、北の森が視界に現れた。
黒々とした樹海の手前に、石造りの参道がまっすぐ伸びている。
その奥に、北の聖堂があるはずだった。
だが、参道には篝火の列。
赤い光が並び、何者かが既に“待っている”ことを告げていた。
ノイルは鋳型を抱き直す。
脈動がさらに強まり、耳の奥で囁きが響く。
(……この先で、試される)
冷たい風が吹き抜ける中、三人は静かに足を止めた。




