第42話「影の残響」
――【分体・白鴉の間】――
鉄の枷に繋がれたまま、ノイル分体は石床を歩かされていた。
白く塗られた壁、均一に並ぶ白鴉の紋章。部屋の中央には布で覆われた台座。そこに“偽りの鋳型”が据えられる。
(これは囮だ……だが、どう扱われるのか観る価値はある)
捕らえられた身を利用して、視線は巡回の間隔や兵の動きを拾い続ける。
泥の核に一つひとつ焼き付け、本体に触れたときに全てを伝えるために。
だが、鋭い声が分体を射抜いた。
「……お前は、本当に人間か?」
白鴉隊長の黒曜の眼が、じっと覗き込む。分体は微動だにせず、沈黙で答える。
胸奥に走る焦りは、伝えられない事実への苛立ちだった。
――【本体・工房跡】――
同じ頃、王都北区の廃工房。
ノイル本体はガロス、ザランディーンと共に地下の倉庫に立っていた。
壁を指先でなぞると、微細な金属の感触。泥の感覚が過去の痕跡を拾う。
(ここに鋳型があった。だが、持ち出されている……)
木箱の残滓に触れる。
湿った繊維、すり減った革紐。そこに染み込む二種類の“匂い”。
ひとつは、病に侵された弱い手の脈。
もうひとつは、記録局監査部特有の油。
(……以前、分体が感じた痕跡と同じだ。繋がった)
ノイルは目を細めた。
――【分体・白鴉の間】――
白鴉の兵たちは、囮の鋳型を厳重に木箱へ収め、封蝋を押している。
「この箱は“影の庫”へ送れ。本物と同じ扱いだ」
分体は鎖に繋がれたまま、その一部始終を記憶する。
だが、白鴉隊長の声が再び近づいた。
「お前の目……人のものではないな。答えろ。お前は“何”だ」
呼吸が鋭くなる。答えるべきか、誤魔化すべきか――分体の核がざわつく。
情報を抱えたまま消えることだけは許されない。
――【本体・工房跡】――
ガロスが問いかける。
「ノイル、何か掴んだか」
「搬出の痕跡は、王城へ続いている。……本物は、そこに」
ザランディーンが唇の端を吊り上げた。
「やはりな。だが、“白鴉の間”に足を踏み入れた者は戻らないと聞く。分体がそこにいるなら――」
ノイルは短く頷いた。
「次に触れられるまで、あれは耐える。必ず情報を持ち帰らせる」
雨音が工房の天井を叩いた。
分体と本体、交わらぬ視線が同じ影を追い始めていた。




