第40話「偽りの鋳型」
鎖の冷たさがまだ腕に残っていた。分体ノイルは、布をはぎ取られた台座の上を凝視する。
そこに現れたのは、銀色に光る金属の塊だった。縁に刻まれた模様は、王家の象徴――王紋。
(……王紋の鋳型)
血を引く者だけが反応できる、王族の証。
本来ならこれが存在することで、消された王子レオンが「確かに生きていた」と証明できるはずだった。
だが、ノイルは見た瞬間に気づく。
細工の深さが浅い。縁の線が滲んでいる。
――これは、本物ではない。
「見よ」
白外套の男、白鴉隊長が言った。声は石壁のように冷たい。
「これこそ、かつて“第三王子レオン”が存在した証。そして、同時に存在しなかった証でもある」
「……存在しなかった証?」
ノイルが問うと、隊長は口角をわずかに歪めた。
「王は決断された。才あるがゆえに王位を脅かす者――その名を歴史から消す、と」
「鋳型は偽物でいい。大切なのは“消した”という記録を作り上げることだ」
つまり――。
これはレオンを蘇らせる証ではなく、レオンを完全に封じるための“偽り”だった。
分体ノイルの核に、焦りが走る。
(……この情報を本体に伝えられない。触れるまでは、全部俺の中に留まったままだ)
もし本体が「鋳型が手に入った」と信じてしまえば、全てが狂う。
奪うべきか。
それとも、観察を続けるべきか。
分体の思考は鎖の重みよりも速く、苦く回っていた。
――その頃。王都の片隅。
本体のノイルは、ザランディーンの古びた机の前に座っていた。
「王紋の鋳型か……あれば、王族としての正統を証明できる」
老商人は指を組み、笑った。
「ただし“偽造”の話も耳にする。記録を塗りつぶすために、偽物を用意するのさ。真実なんて、いくらでも書き換えられる」
ノイルの心に、不意にざわめきが走った。
遠く離れた分体の核から、声にならない震えが伝わってきたような気がした。
(……もしや、すでに偽物が……?)
場面は再び「白鴉の間」へ。
白鴉隊長は冷たい瞳でノイルを見下ろす。
「この偽りを“真実”として受け入れよ。さもなくば――お前の記憶ごと、ここで塵にする」
ノイルは鎖に縛られたまま、心の奥でただひとつの思いを刻む。
(必ず辿り着け……本物は、まだどこかにある。レオンは、消されてなどいない)




