第38話「封じられた鋳型」
鉄の枷が擦れる音が、静寂の白い部屋に微かに響く。
分身体のノイルは台座の前に立たされていた。
布の下に隠された“それ”を、ただ見るだけ――そういう儀式めいた空気が、白鴉たちから漂っている。
布の端をつまんだ隊長格の男が、一呼吸置いてから動いた。
布が持ち上がり、白い光が金属の縁を照らす。
王紋の鋳型。
しかし、ノイルの視線はすぐに中央に引き寄せられた。
紋章の中心には深く走る割れ目があり、そこを封蝋のような赤い物が塞いでいる。
乾きかけたその色――わずかに血の匂いがした。
(……鉄ではない。混ざっている。王族の血……)
古い工法だ。王紋を鋳造する際、王家の血を溶かし混ぜることで「その血筋の証」とする。
割れは意図的に刻まれたものであり、その封蝋は“もう一度鋳造してはならない”という封印の意味を持つ。
台座の周囲には木箱が幾つも置かれていた。
蓋の側面に薄く刻まれた文字のひとつに、ノイルの視線が止まる。
……崩れた筆記体。だがそこに浮かぶのは、レオンの名を連想させる古い綴りだった。
「何を見た?」
低い声が背後から落ちた。
白鴉の隊長がノイルを見据えている。肩口に刺繍された白い鴉の翼は、まるで獲物を掴もうとする刃のようだ。
「金属の塊を」
ノイルはあえて淡々と答えた。
隊長の眼がわずかに細まる。
沈黙の間に、彼の口元から一言が漏れる。
「これは封じられた王位の象徴。現王の意志なくしては、再び使われることはない」
その声音は冷たく、確信に満ちていた。
情報は得た――この鋳型は単なる物証ではなく、“現王が封印した権利”そのものだ。
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そのころ、遠く離れた王都の市中。
本体のノイルはザランディーンの店の奥にいた。
古物商は棚から古びた地図を引き出し、乾いた指で一角をなぞる。
「白鴉の間は王城の高層、西棟の奥。正式な通行証か、王直属の命令書がなきゃ通れない」
ガロスが低く言い添える。
「たとえ王子の命でも、そこは開かん」
本体ノイルは地図を見ながら、静かに答えた。
「なら、通行証そのものを作ればいい」
「作る?」
「鋳型の一部があれば、複製は可能だ。問題は、それをどう持ち出すか……」
ザランディーンの視線が僅かに揺れる。
「分体が捕らえられているなら……まあ、彼にやってもらうしかないな」
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再び、白鴉の間。
分体ノイルの核が、じわじわと焦りを募らせていた。
この光景も、匂いも、感触も、本体には伝わらない。
触れなければ――全ては自分の中だけで朽ちてしまう。
(……破片を持ち出すしかない)
台座の周囲を巡る白鴉たちの視線は、獲物を監視する猛禽のようだ。
だが、鋳型の割れ目から落ちたごく小さな金属粉が床に散っている。
ノイルは足首をわずかに崩し、泥の一部を床へと滲ませた。
金属粉が静かに泥に吸い込まれ、核の奥に封じ込められる。
(これで……通行証は作れる)
だが、このままでは意味がない。
外に出なければ、破片も情報も本体には届かない。
その時、低く短い警鐘が響いた。
白鴉たちの視線が一斉に入口へ向く。
遠くで鉄扉の開閉音と、怒号が重なる。
「侵入者だ!」
部屋の空気が緊張で硬化する。
隊長が短く命じる。「鋳型を閉じろ。外へ出すな」
混乱の中、分体ノイルは一歩前へ出かけ――しかし足を止めた。
今ここを離れれば、鋳型や木箱の中身について知る機会を失う。
残れば、外部からの侵入者の正体や、白鴉の動きも観察できる。
(……どちらを選ぶ)
核が熱を帯びる。
外で鳴る警鐘は、次の瞬間、より高く鋭い音に変わった。




