第21話「仮面の素顔」
ザランディーンの隠れ家。蝙蝠通りに面した古い書庫の奥、かつて記録官たちが非公式に利用していた地下室。
石壁には書き込みと消去の痕跡が重なり、天井の梁には古い記録札がひっそりと吊るされている。
ノイルはその静謐な空間で、中央記録塔から持ち帰った“仮面の札”を前に、深く息を吐いた。
「この札に記された名……“セレフィーネ”」
その名は、記録上ではすでに存在していない。だが確かに選ばれ、補正対象として箱に収められていた。
ザランディーンが腕を組み、ゆっくりと頷いた。
「仮面の継承者……奴は“記録を選ぶ者”だった。だが、おそらく“選ぶ”のは一人ではない」
ノイルは顔を上げる。「仮面は、一つだけだった」
「見える数が一つでも、中にある意志は複数の継承を経ている可能性がある。私は、古い記録の中に“仮面の継承者”という称号が、代替わりしていた痕跡を見たことがある」
ノイルの目が細まる。「それは……名前ではなく、役割だった?」
「そうだ。ロドリクセイン……それが“個人”ではなく“称号”であるとしたら?」
ノイルの中で、断片が繋がる。
かつて見た記録官の仕草。塔で仮面の継承者が札を拾うときの指の動き。それは、記録局の一角で見たあの男――冷静沈着な特記官のものと酷似していた。
「仮面第六継承者……と記されていた」
「となると、第五が存在したということだな」
ノイルは椅子に沈み込むように考え込む。
その“第五”が、仮面を被ることを拒んだ者だったとしたら? あるいはセレフィーネの記録抹消に異を唱え、記録局から追われた人物なのでは?
ザランディーンが棚から古い記録束を取り出し、埃を払いながら目を通していく。
「……あった。任命後すぐに失踪し、調査記録も打ち切られている。だが正式な抹消は行われていない」
ノイルが顔を上げた。「名前は?」
「――ユリオ・レヴィレム」
その名を聞いた瞬間、ノイルの中で微かな記憶が揺れた。確かにどこかで、その名を目にしていた。
逆記――記録から削がれ、封印された断片たち。その中に、ほんの一瞬だけ記された痕跡があった。
それはページの隙間、塗り潰された記録の裏に透けて見えた走り書きであり、消えた名前の“残響”だった。
読み取るには困難を極める情報の断片。
だが、そこに刻まれていた名こそが――ユリオ・レヴィレム。
ノイルは確信した。あれは偶然ではなく、意図的に残された痕跡だったのだ。
「彼が第五継承者なら……仮面の継承を拒み、何らかの形で逃れた者」
「そして、ロドリクセインという“仮面の名”が、彼の後を継ぐ者に渡ったということかもしれん」
ノイルは黙考する。
「もし、ユリオが“拒んだ”のだとすれば……セレフィーネを消すことに異を唱えた可能性が高い」
ザランディーンが頷く。「その場合、記録局は“異物”として彼を排除しようとしただろう」
ノイルは立ち上がる。その眼差しには、またひとつの確信が宿っていた。
「ユリオ・レヴィレムを探す。仮面を拒んだ“最後の記録官”が、答えを握っているかもしれない」
蝙蝠通りの外には夜が迫り、記録の狭間に沈んだ名が、静かに再び浮上しようとしていた。
次回、第22話「失踪者ユリオ」へ続く。
ノイルの中で、断片が繋がる。
かつて見た記録官の仕草。塔で仮面の継承者が札を拾うときの指の動き。それは、記録局の一角で見たあの男――冷静沈着な特記官のものと酷似していた。
「仮面第六継承者……と記されていた」
「となると、第五が存在したということだな」
ノイルは椅子に沈み込むように考え込む。
その“第五”が、仮面を被ることを拒んだ者だったとしたら? あるいはセレフィーネの記録抹消に異を唱え、記録局から追われた人物なのでは?
ザランディーンが記録の束を手繰る。
「あるぞ。かつて記録官に任命されながら、任期途中で消息不明になった者の記録。正式な抹消は行われていない」
「名前は?」
「――ユリオ・レヴィレム」
ノイルはその名を反復する。
どこかで聞いた覚えがある。けれど、それは記録の上では語られない名だった。
「その人物に会うことができれば、“仮面”の素顔が暴ける」
ノイルは立ち上がる。蝙蝠通りの闇が、また新たな導線を示すように、深く静かに息づいていた。
次回、第22話「失踪者ユリオ」へ続く。




