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第15話「記録の亡霊、ふたつの影」

記録局の封鎖区画。

薄明の中、ふたたび分身体が螺旋書架の奥へと滑り込む。


目的は、前回目にした“もうひとつの抹消保留札”。

札棚の中枢部、封じられたその札には、ある名が記されていた。


――ロドリクセイン。


かつて、記録局に所属していた上級官吏。

すでに“抹消された者”として、記録にも存在しないはずの男。

だがその記録は、なぜかここに“保留”されている。


札に刻まれたかつての役職は、「記録局最深層・機密記録補正官」。

通常の記録改竄や封印よりもさらに深い、“記録の根幹”に手を入れる任を負っていた人物だった。


(この札は……“保留”ではない。意図的に“保管”されている)


ノイルの分身体は札の周囲に薄く漂う痕跡――魔痕を分析しながら、その背後に誰かの強い意思を感じ取っていた。


ロドリクセイン――その名を知る者は、今やほとんどいない。

かつて記録局内で“記録の亡霊”と囁かれた男。

政敵の記録を改竄し、王家の血統書を塗り替え、あるいは実在しない人物を生み出して政争に介入したとさえ言われる。


その記録が残されているという事実は、ノイルにとってひとつの警鐘だった。


一方その頃、ノイル本体は、ザランディーンと共に旧王家墓所を訪れていた。


そこは既に封鎖された、王都の外れの静かな丘。

今は使われていないが、過去に“記録抹消”された王族や高官の遺体が密かに葬られていた場所だった。


石碑のひとつに、削られた跡があり、その隙間に微かに魔印が残されている。

ザランディーンはそれを指でなぞりながら言った。


「ここには“記録されない死者”が眠っている。記録が消えれば、死もまた証明されない」

「……それが、“完全な抹消”ということだ」


ノイルは思考を深める。

かつて、宮廷で名を馳せた将軍が、ある日突然存在ごと消えたこと。

歴史書から消され、銅像は破壊され、家族でさえ語ることを許されなかった男のことを思い出す。


(記録に殺される――それは、死以上の断絶だ)


そして、自分が“逆記”を使い、その断絶に抗おうとしていることを再認識する。


その頃、封鎖区画では――


分身体が、またしても仮面の男の出現を感知する。

前回と同じく、彼は“真抹消札”を持っていた。

だが、今回は札に触れることなく、ただ佇むだけ。


男は棚の前でしばし目を閉じ、呟いた。

「……まだ、動くには早いか」


その瞬間、分身体の中に微かな緊張が走る。

(こちらに気づいている? ……否、意図的に見逃しているのか?)


やがて仮面の男は、静かに姿を消した。

残されたのは、強い痕跡と、得体の知れぬ威圧感だけだった。


分身体は記録を脳裏に焼き付け、影のように書架を抜け出す。


数刻後、本体と接触。

記憶が統合され、情報がひとつに繋がる。


ノイルは深く息を吐き、つぶやく。


「記録が殺すのではない。記録を操る者が、殺すのだ」


“抹消された者”ロドリクセイン。

その記録を意図的に保管し、操作する者がいる。

そして、仮面の男もまた、その枠組みの内にいる。


「記録局は、ただの記録の倉庫じゃない。そこに、“殺す意志”がある」


ノイルの視線が夜の王都に向けられる。

その目に浮かぶのは、冷たく静かな決意だった。


――第16話へ続く。


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