第13話「スライム、己を分かつ」
記録局の封鎖区画で仮面の男を目撃した夜、ノイルはそっと蝙蝠通りの裏路地へと姿を戻していた。
だが、彼の中には奇妙な感覚が残っていた。
(何かが……体内で動いている)
それはかつてない“膨張”と“分離”の感覚だった。
セレフィーネの記憶、記録局で得た情報、それらがノイルの“核”に圧力をかけていたのだ。
(これは……分けられる?)
スライムとしての本質が、今、変質していた。
ノイルは自室に戻ると、机の上に自身の一部を滴らせる。
粘性を保ったその一滴は、しばらくするとぷるりと震え、微かに蠢いた。
「……意志がある?」
まるで模倣するかのように、机の上のスライムはノイルの目を真似るような形を浮かべた。
試験を繰り返すうち、ノイルは重要な事実を掴んでいく。
・分身体は、ある程度の判断と行動が可能。
・擬態能力も限定的ながら使用できる。
・しかし、“本体と情報を共有する”には、物理的な接触=統合が必要。
(完全な共有はできない。……なら、役割を限定しよう)
ノイルは分身体を“ハルド・レンティウス”としての姿に擬態させ、記録局へと送り込むことを決めた。
本人の出勤予定に合わせ、分身体が“代理として”庁舎に出入りする。
一方、本体であるノイルは、蝙蝠通りの拠点でザランディーンと連絡を取り、仮面の男の動向や“真抹消”札の行方を探る手筈を整える。
数日が経過した。
分身体は記録局内部で、明確な“改竄痕”をいくつか観測。
とくに、王子に連なる人物たちの名前が密かに消され、書き換えられている記録をいくつも見つけていた。
だが、それらの詳細はノイルにはまだ伝わらない。
(統合が必要だ……しかし、庁舎内では危険すぎる)
ノイルは、分身体を一度帰還させることを決めた。
夜更け、裏通りでひとつに戻る。
一瞬、視界が歪み、膨大な情報が流れ込む。
記録局内部の会話、封鎖された区画の動向、仮面の男の噂、そして――“逆記の痕跡”に反応する新たな術式の存在。
「……誰かが、こちらの行動を嗅ぎ取っている?」
新たな敵意の兆し。
ノイルは自分の中に、もうひとつの問いを浮かべた。
(“記録を書き換える力を持つ者”と、“記録を消す者”――そのふたつが別だとしたら?)
すでに姿を見せた仮面の男は、後者。
では、前者はどこにいるのか?
その記録の“書き換え”によって、セレフィーネ殿下の死が可能になったとしたら――
「追わなければならない」
ノイルの意思が、次なる標的へと定まっていく。
――第14話へ続く。




