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第11話「記録の協力者、名を識る」

夜の王都。記録局庁舎の裏手には、古い石畳と湿った苔が広がっていた。

人目を避けるように歩く影――ノイル。

だが、その姿はノイルではなかった。


かつて喰らった、どちらかと言えば印象の薄かった盗賊の男でもない。

その面影は一切残されておらず、性別すら変わっていた。


風に揺れる純白の外套。

深紫の瞳に、凛とした光を宿す少女――

かつて“白銀の姫”と謳われたセレフィーネ・レイエル・アーデルリオ。


その姿を、ノイルは完璧に模していた。

ただの変装ではない。


ヌルとして得た感覚、肌の弾力、髪の重さ、歩き方、呼吸の間合いに至るまで――

主を喰らったスライムは、かつての彼女を“生き写し”として再現する。

それは死の再演ではなく、あくまで問いを投げかけるための“象徴”だった。


(もし、彼が本当に記録を消したのなら。

 それでも“セレフィーネ”に出会ったら、何を思う?)


ノイルは、自分の中に渦巻く感情を押し殺す。

これは罠ではない。ただの“試み”だ。

ハルド・レンティウス――沈黙の書庫で掴んだ記録の協力者。

その男に、真実を問うための仮面。



彼は来た。

いつものように定刻通り、裏手の通用門から庁舎へ入ろうとしたその瞬間。

路地の奥、霧の隙間に揺れる“姫”の姿に、目を奪われる。


「……っ、姫……様……?」


かすれた声が漏れる。

ハルドの足が止まり、書類を抱えた腕が震え始める。


「……消した、はず……記録は、抹消されたはず……」


ノイルは一歩、近づく。

声は抑えめに、しかし確かに響く。


「私を、見たことがあるか?」


ハルドは震え、後ずさる。

言葉を発しようとして、喉が詰まる。

その表情に刻まれた恐怖と罪悪感は、真実を語っていた。


(……十分だ)


ノイルの身体が、静かに形を変える。

セレフィーネの姿が溶け、黒い粘膜のような影となり、ハルドへと伸びる。

叫ぶ暇はなかった。

ヌルとしての捕食。無音の圧迫。


数秒後、そこに立っていたのは、もう一人のハルド・レンティウスだった。



記憶の波が流れ込む。

抹消命令の文書。

記録改竄の手順。

……そして、矛盾するもう一つの命令。


「セレフィーネの記録を、封鎖区画へ移送せよ」


それは、誰かが“抹消”ではなく、“保管”を選んだ証。

命令系統は秘匿された印章で遮断されており、発信元は不明。

だが確かに、その命令は存在していた。


ノイルは考える。

(セレフィーネの記録を、消したくなかった者がいた)


王子たちではない。

あるいは、王子の命に背いてでも“残す”意志を示した者――

その真意は、まだ見えない。



“ハルド”として庁舎内に潜入したノイルは、次なる目的地を定める。


記録局の最奥。

普段は封鎖され、管理官しか立ち入れない領域。

そこに、封じられた“抹消保留”の記録が存在する。


ノイルはその場所に、セレフィーネを知るもう一つの鍵があると確信する。


次なる夜。

“ハルド”として庁舎内を進むノイルの目に、暗い封印扉が映る――


――第12話へ続く。

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