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二人の約束

「わたしは、あなたを殺さない」


 戦闘が終わってすぐ、リスティはきっぱりと宣言した。

 ライルの光が消えて闇に覆われていた空を、朝の光が照らし始めていた。

 柔らかな陽光が森に差し込み、森の木々や動物たちが静かに活動を開始していた。


「そう、ですか……」


 とても残念そうに、シアは視線を下げた。


「あなたへの憎しみがなくなったわけじゃないよ」


 と、リスティは言った。

 胸の奥にある暗い感情は、今でも感じ取れた。

 わずかに燻ぶり続けるその思いは、これからもずっと、心のどこかに残るのだろう。


「でも、わたしはあなたを、大切な友達を失いたくないの。だから……」

「!!」


 その言葉を聞いたシアは、新たな涙をあふれさせた。

 泣き笑いの表情を浮かべて、両手で流れる涙をぬぐっていた。


「ありがとう……ございます。ありがとうございます」


「シアの方こそいいの? その……殺してとか言ってたのに」


「大丈夫です。もう死のうなんて思っていません。ライルさんだって、わたしを死なせようなんて考えていないと思います」


「そっか……」


 その返事に、リスティは胸を撫で下ろした。

 これからもずっと、そういうことを言われ続けたら困ってしまう。


「そのライルはホントにいるん……だよね?」


 リスティは少し自信なさげに聞いた。

 今も感じる彼の意識が、自分の幻想ではないかとちょっぴり不安に思ったのだ。


「もちろんです。わたしやあなたのすぐそばにいますよ」


「それならよかったよぉ」


「ライルさんだけでなく、ドラゴニックハーフは肉体にクラウストルムを接合させた存在です。彼らが操る原子運動制御だって、その力を具現化したものなんです」


 シアはずいっと、鼻がくっ付きそうなほど顔を近づけてきた。


「ライルさんは特に、クラウストルムとの同調率が高かったんです。クラウストルムそのものと言ってもいいくらいで、ドラゴニックハーフの中でただ一人、肉体を失おうともその力を行使できるんですよ。あまりの力を危惧した委員会によって封印されていたのを、あの人がこっそりわたしを補佐するよう仕向けてくれました」


 そこまでまくし立ててから、シアはようやく自分が近づき過ぎていたことに気付いたらしく、少し恥ずかしそうにしながら離れた。


「長い時間を共に過ごしたリスティなら、知っているはずです。ライルさんが何を考え、何をしようとしたのかを」


「うん」


 言われたリスティは短く答えた。

 それ以上の言葉は、必要なかった。


(シアをわたしに、殺させたくなかったんだよ。きっと)


 あの時、砂漠でシアをかばってくれたことを、今では感謝しているくらいだった。


「あなたが制限を解除したことで、ライルさんは神に近しい存在となりました。クラウストルムを自在に操り、肉体の制約さえもなくなったんです。あなたが望めば、いつでもライルさんはあなたの元に駆け付けるでしょう」


 胸に手を当てたリスティが彼の存在を探すと、とても強い意志を感じ取った。

 シアやリスティを守ろうとする、強固な意志を。


「それで、えっと……委員会だっけ? そいつらがあなたを狙っているんでしょう? 今回はライルのおかげで勝てたけど、また来たりするのかな?」


「はい。彼らは別の方法で『執行者』の権限やわたしが持つ『灯火』を狙ってくるでしょう」


「ライルの力でこれからもずっと撃退、とかできないのかな?」


「正直なところ、彼らの力は計り知れないところがあります。ライルさんに頼り切りでは、いつかどこかで負けてしまうかもしれません」


 リスティは顔を伏せ、ほんの少し考え込んでから。


「それじゃ、シアにお願いがあるの」


「はい。お任せください」


「まだなぁんにも、言ってないんだけど?」


「あなたの考えそうなことは分かるつもりですよ」


 ニコニコとした笑顔を浮かべ、無邪気なことを言う少女を前に、リスティもつられて笑ってしまった。


「メインフレームとかの封印はせずに、これからも『執行者』としてこの世界に関わってほしいの」


 それが、リスティのお願いだった。


「やっぱり、いきなりあなたがいなくなったら、みんな混乱しちゃうでしょ? この10年だって色々あって、よりにもよって『後継者』だって出てきちゃった」


 人間を収穫するための牧場。

 彼らは何としてでも、その職務に忠実な者をこの世界のトップに据えようとするだろう。


「あんな奴に世界の管理を任せるべきじゃないと思うから、あなたに、今の仕事を続けてほしいの。期間は……みんなが神様に頼らなくても生きていけるようになるまで、とか?」


「はい。お任せください」


 シアは笑顔のまま、さっきと同じ返事をした。


「でもっ、そのために一つ、約束してほしいの」


 リスティはなるべくしかめっ面を作って、人差し指を立てた。

 これから、大事なことを言うのだから、笑って話したりできなかった。


「『執行者』の力を、人の回収や従属を強いるために使ったりしないで。あなたの力はみんなの幸せのため、自立を促すために使ってほしいの」


 神に対する絶対服従を魂に刷り込まれた人々が変わるまで、どれだけ時間がかかるか分からない。

 その時まで勝ち続けられるかも分からない。

 でもそれでも、ひたすら絶対者にひれ伏して、従順に命を奪われるようなことは止めなくてはいけないのだ。


「約束、してくれる?」


 リスティは上目遣いでシアを見上げ、その反応をうかがった。

 自分がとんでもないことを言っている自覚はあった。

 圧倒的な力を持つ彼らに反抗し、この世界を彼らから独立させようなんて、どれほどの時間と苦労がかかるのか、リスティは想像もできなかった。


「はい……」


 シアの朱唇から、清音がこぼれた。

 感激に打ち震えた声だった。


「約束、します! ぜひさせてください!」


 彼女はリスティの手を取り、喜び勇んで返事をした。

 そのまま飛び上がりそうな勢いだった。


「あっ。そうですっ。そうですよ!」


 小躍りしかけていたシアは、急に何かを閃いたようだった。


「約束の証として、受け取ってほしいものがあります」


「証なんていらないよー。約束してくれたらそれで十分だから」


「いいえ! これは大切なことなんです!!」


「そ、そう? くれるって言うならもらう、よ?」


「本当ですか! ありがとうございます!」


 彼女のあまりの勢いに押されたリスティがそう返事をすると、シアは目を輝かせた。


「そ、それでその……その証というのはですね……」


 シアは頬を赤く染め、両手で顔を挟んで、体をくねらせていた。

 そうして、ひとしきり悶えて、から。


「わたしです……」


「は!?」


 いきなり告げられた台詞に、リスティは目が点になった。


(わたし? シアが証??)


「リスティがクラウストルムを使う時、すごく心地いいんです。こう……胸の奥が熱くなって、頭の中で何かがはじけるような……ライルさんやオルディニス・クラスが力を使っても何も感じないのに……ですからあなたになら、わたしの全てを捧げてもいいかなって、思ったんです」


「捧げる!?」


 理解を超える話をされて、リスティはオウム返しに叫ぶしかできなかった。


「どう、ですか?」


「イヤデス。いらないです」


 と、リスティは即答した。

 そんな上目遣いで見てもダメ。

 目を潤ませたってダメ。

 ダメなものはダメなのだ。


「そんなっ、どうしてですか!?」


「どうしてもなのっ!」


「それじゃ理由になってないです!」


「イヤなものはイヤなの!! だいたい、捧げるとか意味分かって言ってるの!? 何をするつもりなのよ!?」


 リスティはずいずいと迫ってくる少女を指差し、顔を真っ赤にして問い詰めた。

 昔ライルから教わったそういう(・・・・)ことをするつもりなのか。


「よく、分かってないです。でもっ! でもでもっ! あなたのお願いは全部聞きますから!」


「だ、か、らっ!! そういうのはダメなんだって! 友達ってのは対等な関係であって、そういう主従関係を結ぶ気はないの!」


 互いに睨みあったまま、しばしの時間が流れて……

 先に視線をそらしたのはシアの方だった。


「そうですよ。時間はいくらでもあるんですから、これからじっくり話し合えば……」


 どうにも折れてはいなさそうな少女の言葉は、聞こえなかったふりをした。

 大事なのは、約束そのものなのだから。


「これは、友達との大切な約束なの。忘れないでね」


「はいっ。約束します」


 リスティとシアは、2人とも笑顔で永遠の誓いを立てた。



  ※ ※ ※



 この世界を管理してきた者たち。

 彼らは絶対また仕掛けてくる。

 人を収穫し、自分たちの好きなように使い捨てるために。

 戦争に、実験に、ゲームに……

 そんなことは、絶対許してはいけない。

 たとえ彼らが手を出してきても、絶対に負けない。

 ライルやシアと力を合わせて、必ず阻止してみせる。


(大丈夫。ライルと一緒なら……)


 彼らが派遣した後継者すらも容易く退けた、大いなる力。

 クラウストルムを使えるからこそ、いつでもライルのことを感じられる。

 彼の力を引き出せる。

 自分も戦える。

 シアや世界中の人達の力になれる。


 探し続けた力の使い道。


 リスティは、ついにそれを見つけた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


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