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ダンジョンのカギ貸します!  作者: サイミ・ヨージ
第2章 「ダンジョンはじめました」
10/15

占有①

・・・。



バスターミナルに隣接する『N田駅』の構内は帰宅ラッシュ前のせいか、どこか人が少なかった。



大きく傾いた日が行き交う人々の影を伸ばす中、アユムとセラは喫茶店でアユムの乗る『T市』行きのバスまでの時間を潰している。



『駅馬車』と名前のついた店内はアンティークか、落ち着いた木のインテリアで統一されていた。



客も少なく、アユム達は窓際のテーブルに座ることができた。



「・・・。」



席に着いてから数分が経つ。



目の前で汗を浮かべているクリームソーダーのグラスにアユムはまだ口をつけていなかった。



喉が渇いていないわけではない。



口内と舌が張り付いて、一枚の皮になったように思えるくらいに渇いている。



しかし、体の中をさっきの騒動がまだ風のように吹き続けているような気がするのだ。



アユムは丸まるように机に肘をくと、両手の平で顔を覆った。



「すみません・・・生中おかわり・・・キンキンに冷えたグラスでお願い致します」



セラはというと頼んでいたビールが来るやいなや一気に飲み干し、いまはすこし低い声で追加注文している。



「・・・ん・・・アユム様、どうかなさりましたか?」



「あ・・・いや」



アユムの精神は完全に浮遊していた。



こうして涼しい喫茶店で落ち着いていても先刻までの嵐のような騒動がぐるぐると体の中を駆け巡っているように思えてくるのだ。



「・・・スピード・・怖かったですか・・」



「う・・・」



結局、あの奇妙な「占有者」達のせいでアユム達の計画はすべて白紙になった。



当初ダンジョンを見学するのは二日間を予定していたので、セラはすぐさま予約をしていた『N田市観光ホテル』キャンセルを申し入れた。



幸いホテルの方は『待ち』があったようでキャンセルすることができたのだが、レンタカー屋では少し格好が違った。



オープンカーを借りた『NレンタカーN田駅前店』は今日の五時までならキャンセルを受け付ける、明日の朝はダメだと条件をつけた。



「今は三時・・・飛ばせば間に合いますね・・」



セラは時計をみるやいなや傍らでへたり込んで落ち込んでいるアユムを助手席に沈ませ、発進した。



帰りのセラの運転は彼女の内心の怒りを表すようにそれはそれは荒いものだった。



メーターの針は一瞬にして赤い領域に起立し、エンジンは絶頂を思わせる亜麻色の咆吼をあげた。



「・・!・・ちょっ・・ほ・・幌だけでもおろしませんか!」



押し寄せる風に圧せられながらアユムは声をあげる。



「だめです!何のためのオープンカーだと思っているんですか」



エンジン音と渦巻く風にかき消され、セラの返事は自然と怒鳴る形になった。



「いや・・・でも・・!!」



「これは訓練です、風の訓練です!」



セラは無表情で前を向くと、更にアクセルを踏み抜いた。



アユムは声を発することすら出来なくなった。



人は本当に恐怖を知った時、沈黙する。



そのことををアユムは今日初めて思い知った。



その後は二人とも無言のまま車は国道146号線を暴走し、時に周囲の車を追い抜いた。



最終的にアユム達が『N田駅』に着いた時は時間は16時30分。



返却の時間になんとか間に合うことが出来た。


「・・・それにしてもやっかいなことになりました・・・」



二杯目のビールを半分ほど飲んで、やっと落ち着いたのか手帳とペンを取り出すとセラは状況の説明を始めた。



ぐりぐりとAとBと人型を描き、『占有』などと専門用語を書き加える。



アユムは呆けたままそれを見ていた。



「あのダンジョンが歴史的にも法的にもアユムさまのものであることは間違いないことです」



「じゃあ、警察とかに通報すれば・・・」



「それは無理です」



「えっ何で?」



「実は今回所有権を争っているのが『ダンジョン』という『場所』だというのが問題なのです・・・」



セラはビールをさらに一口飲むと続けた。



「アユム様は『地下における法的紛争』が裁判所で争われないということを知っていますか」



「えっ裁判所じゃないの?」



「はい、ダンジョンなどの地下における紛争は地下案件として裁判所とは別の『チカシンパンショ』で扱われます。」



「『チカシンパンショ』?」



セラは人型の隣のページに『地下審判所』と書いた。



「解りやすくいいますと、地下でのトラブル専門の裁判所ですね。ダンジョンなどの地下建築物は建設省の管轄のため全国都道府県の各合同庁舎に用意されております」



「・・・海上での事件事故が『海難審判所』で裁かれるように、地下での事件事故も『地下審判所』で裁かれるように法令で決まっております・・」



「・・・これは地下における案件が非常に入り組んであるために民事不介入を徹底するのと同時に検察の負担を軽くするために決まりました」



「じゃあ・・・その『地下審判・・所・・』?てとこで裁けば・・・」



「そこが問題なのですよ」



食い気味にセラはアユムの質問を遮った



「地下業界で生きる人間として非常に心苦しいのですが、実は現在『地下審判所』は当初の計画通りに機能しているとは言い難い状態なのです」



「へ?」



暗転した説明を補うように右手に掴んだジョッキをあおるとセラは続けた。



「通常、審判の申請が受け入れられてから審理がはじまるのですが・・・」



「ですが・・・?」



動揺のあまり、つりこまれてアユムは語尾を口に出してしまった。



「地下というのはどうしても権利関係が見えにくい為、すべてを証明して結審するとなると平均十年はかかるのですよ」



「じゅ、十年ンー!?」



そんなに休学してられないよ!とアユムは思ったのだが、正直それどころの話ではない。



今十九才のアユムの十年後といえば二十九才だ。それまで何をしていればいいのか。



いや何をしているのか。



例えばどこかで就職をしていて、決着がついたからといってそのときこの業界に戻ってこられるのか。



「そんなに待っていられませんよ!」



「当然そうなりますよね」



毛羽だったアユムの声をなでつけるように優しい声色でセラは返した。



「本当はけっ、警察にいえば何とかなるんじゃないんですか、あきらかに向こうが悪いんだし」



「先ほど言ったように『地下不介入』という慣習が警察にはあるのですよ・・・警察が介入するには費用と人員がかかりすぎるとして審判が結審するまでは動いてくれないのですよ」



「そ・・・そんなあ・・・!」



アユムは急に世界が暗くなっていくように感じた。実際いつのまにか窓から見える日は完全に山に没して、あたりは夜に染められている。



「残る手はひとつだけです」



セラはビールを飲み干すと机に置き、机に伏したアユムに頭上から説いた。



「私的救済ですよ」



低い声のトーンをさらに落として脅すようにセラは言う。



「私的・・救済?」



「はい、ダンジョンは公の介入が制限されている手前、私的救済が広くく横行しております」



「それはどういうこと・・?」



「わかりやすくいえば手っ取り早く自分の力でなんとかするということですよ」



セラは息を接いだ。



「・・・そもそもダンジョンには危険生物や罠があふれています。それらを抑えるだけの力を持ってこそダンジョンを所有を主張すべきではないかという理論からこの私的救済は成立しています」



「・・・これは地下遺構物に対する公的介入を減らし和解などの私的決着をうながそうという警察の地下不介入の方針にとっても最適な方針でした」



「・・・よってこの業界で極端に公は負担をへらし、民間での私的決着が頻繁におこなわれるようになったのですよ」



最後にセラは説明を簡単にまとめた。



「つまり奪われたものは力で奪い返せってことですね」



「・・・それってケンカみたいなものじゃないんですか?」



「地上においてはケンカ、『私闘』は罪に問われますが、以前説明したと思いますが、地下には地上の法律がまず適用されません おばけの世界並みにフリーダムな世界なのです。」



「・・・むろん、証拠もなく他人の占有する洞窟に私的決着をはかるのは倫理に反するとして『日本地下探索協会(JUAA)』によって懲罰の対象になりますが、今回のように占有権の回復のための私的決済はダンジョン探検の『開拓精神』につながるためおおいに推奨されています」



「・・・!」



アユムは絶望した。



(なんて業界だ!とてもじゃないがついていけない・・・)



アユムの不安を見抜いたのか、セラがあわてて説明を付け加える。



「・・・アユムさま、別に本人が闘わなくてもいいのですよ。弁護士のように代理を立ててもよろしいのですよ。そしてこの業界、ダンジョン内の警備と資材搬入の仕事をする『納務』とよばれる職業がありましてね。・・・」



「お金は・・・いるんですよね」



「それはもちろんです。報酬は年俸制で、危険手当でもありますのでいわゆる地上での備員や流通のお仕事ではありえないほどの報酬が支払われます。・・一千万~五千万、なかには億超えのプレイヤーもいます。まあちょっとしたプロスポーツ選手なみの給料ですね」



「そんな・・・」



想像もつかない金額にアユムはめまいを感じる。



「いいですか、アユム様。」



セラは前に競ると説教をするように続けた。



「説明が遅れましたが、まあ、本来『ダンジョン』の探索をする以上、『納務』を雇うことは絶対に必要なことなのですよ。山登りにおけるシェルパみたいなものです」



「それに一千万、二千万といいましたが、アユム様には先だって五千万の融資がなされております。さらにダンジョン開発の成果次第ではさらなる融資も考えております」



セラはふと腕時計を見る。柱に掛かっている時計も五時五十分を示していて、バスまではあと十分しかない。



セラは静かに椅子に座り直すと再度アユムに問うた。



「もう時間がありません。アユム様どうなされますか」



「私的救済なされますか」



「それとも『ダンジョン』あきらめますか」



アユムは悩んだ。



(私的救済、敵討ち?・・・なんてこった・・・でも・・・!!)



「・・・やります」



絞り出すようにアユムは答えた。



セラがにっこりとほほえむ。



「わかりました、では『納係』を選抜するために面接をおこないますね。日程等調整いたしますので、きまりましたらご連絡いたしますね」

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