CHAPTER 01 収容
最初に気づいたのは、首の違和感だった。
冷たくて硬い。皮膚に密着している何か。
手を当てると、金属製の輪が首にぴたりとはまっていた。
細いけど確実に存在している。
外そうとしても動かない。
これは、首輪?
その言葉が浮かんだ瞬間、喉の奥から声が出た。
「なに、これ」
両手で首輪を掴んで引っ張ったけど外れないくて、爪を隙間に差し込もうとしたけど入らない。
引っ張っても、引っ張っても、外れない。
「外れない、なんで?どうして」
呼吸が荒くなって周りが見えなくなった。
どれだけ頑張っても首輪は動かなくて、びくともしなかった。
「葵」
ふと、声がした。
ゆっくりと顔を上げると、見覚えのある横顔が目に入った。
そこにいたのは桐原颯だった。
幼い頃から知っている。
穏やかな目元と、誰に対しても自然に開いているような親しみやすい顔立ち。
小学校の頃はよく一緒に帰った。
その顔が今、こちらを見ていた。
「葵、大丈夫だから落ち着いて」
颯が静かに言った。
自分も怖いはずなのに、声は穏やかだった。
その声で、少しだけ呼吸が戻った。
颯がいる。大丈夫。落ち着いて。
自分に言い聞かせながら、ゆっくりと周囲を確認した。
颯はすでに目が覚めていて、私の隣に来てくれていた。
表情は冷静を装っているが、目の端が少し固かった。
怖いのを必死に隠している顔だった。
私が周囲を確認すると、椅子に座ったまま目を覚ましかけている人間が、ほかにも何人かいた。
見知った顔、見知った顔、見知った顔
全員、小中学校の同級生だった。
高校生になってからはバラバラになって、中学を卒業してから、ほとんど会っていない顔もある。
宇佐見栞も、橘悠も、真田柊も、花城ななも、全員、一年以上ぶりだった。
なんで全員、知り合いなんだろう。
みんな応募したのかな?
疑問が頭をよぎったが、それより先に、自分たちがどんな部屋にいるのかが気になった。
広い部屋だった。
横長の机と椅子が整然と並んでいて、正面には大きなスクリーンがある。
壁際にはプロジェクターの機材。出入り口は一つで窓はない。
視聴覚室、という言葉が浮かんだ。
学校にあるやつだけど、少なくとも私が通っている学校の視聴覚室じゃない。
ここが、どこかはわからない。
颯が私に気づいて、目を細めた。
「葵も来てたんだ」
「颯こそ。投稿、見たの?」
「うん。報酬が気になって」
颯は首輪を一度触ってから、苦笑いした。
「これ、本物っぽいな」
「人狼ゲームの演出じゃないの」
「どうだろ。かなりがっちりはまってる」
そうこうしているうちに、ほかの全員も目を覚まし、村瀬蓮が真っ先に立ち上がった。
がっしりとした体格の、熱血そうな顔立ちをしている。
中学のときより少し体ががっしりした気がした。
椅子を蹴り倒す勢いで立って、部屋を見回した。
「え、なにここ!俺、なんでここにいんの!?」
大きな声でパニックを抑えようとしている感じがした。
花城ななが首輪を両手で掴んで、必死に外そうとしていた。
明るくて愛嬌のある笑顔が特徴的な子だが、今は顔面蒼白で、目に涙が滲んでいた。
「首輪、首輪外れない、なんで外れないの、やだ、やだよこれ」
「なな、無理やりしたら怪我するから」
颯がすぐに近づいた。
「 ゆっくり息をして、とにかく首輪から手を離そう」
「でも、でも記憶が、集合場所行ったとこまでしか覚えてなくて、気づいたらここで、首輪つけられてて」
ななの声が震えながらも泣きそうなのを必死に堪えている。
悠が静かに自分の首輪を触って、一度目を閉じた。
表情は動かなかったが顔色が悪かった。
栞は眼鏡を直しながら、静かに周囲を観察していた。
泣くこともなければ、叫んでもいない。
でもその静けさが、かえって不気味だった。
混乱した声が重なり合う中で、一人だけ静かに黙っている子がいた。
霧島凜だった。
小中学の頃から同じ学校が続いていて高校も同じでクラスメイト。
黒く短い髪が、きれいに整っている。
背がすらっと高くて、冷たい印象の鋭い目をしている。
口数が少なくて、いつも一人でいた。
感情を表に出さないタイプで、何を考えているのかわかりにくい印象があった。
嫌いではなかったけど仲が良いとも言えない、そういう距離感だった。
凜は自分の首輪をちらりと見て、それから静かに視線を前に戻した。
驚いている様子がなかったけど、驚きを表に出していないだけかもしれない。
凜も人狼ゲームに応募したんだ。
そう思った瞬間、ポケットの中に何かが入っていることに気づいた。
制服のポケットに手を入れると、カードが一枚出てきた。
厚みのある、しっかりとした紙だ。
✦ ✦ ✦
カードを取り出そうとした瞬間、スクリーンが明るくなって全員が顔を上げた。
すると出入り口のドアが、かちりと音を立てた。
施錠された音に聞こえた。
柊が立ち上がり真っ先にドアへ向かって、力任せに引いたり押したりしたけど、びくともしなかった。
「開かない」
柊のその一言で、室内の空気がひりついた。
蓮が壁を拳で思いっきり叩いた。
ドアじゃなく、壁を。
「閉じ込めんな! 出せ! なんなんだよここ!」
スクリーンにテキストが映し出された。
声はなく、無機質な文字が、ただそこに存在している。
『おはようございます。これより、皆様には"人狼ゲーム"に参加していただきます』
『このゲームでは、皆様の中に紛れ込んだ"人狼"を見つけ出し、処刑することが目的です』
『プレイヤーは、村人陣営と人狼陣営に分かれています』
『午後13時の昼の時間、皆様には話し合いを行っていただきます。その後、最も疑わしい人物を一人、投票によって選び、"処刑"してください』
『深夜0時の夜時間になると人狼以外の皆様は部屋から出ることはできません。人狼は夜時間に一人を選び、"襲撃"します。選ばれた人物は、翌朝死亡が確認されます』
『この流れを繰り返し、人狼をすべて処刑すれば村人陣営の勝利。人狼の数が村人と同数になれば、人狼陣営の勝利となります』
『なお、本ゲームには"役職"が存在します』
『皆様には、役職カードを配っていますので自分の役職を確認して下さい。カードを誰かに見せたり、破いて捨てる行為はルール違反とみなします』
『占い師は、夜に一人を占い、その人物が人狼かどうかを知ることができます』
『霊媒師は、処刑された人物が人狼であったか村人であるかを知ることができます』
『騎士は、夜に一人を選び、人狼の襲撃から守ることができます。護衛に成功した場合その日の襲撃はできません』
『狂人は村人扱いになりますが人狼の味方です。しかし人狼が誰であるかを知ることはできません』
『また今回追加役職として"恋人"が存在します』
『恋人に選ばれた二人は、お互いの正体を最初から知っています』
『ただし、夜間に会話や接触を行うことはできません』
『恋人のどちらか一方が死亡した場合、もう一方も後を追うように死亡します』
『なお、ラヴァーズは特別な勝利条件を持ちます』
『二人が共に生存した状態でゲームが終了した場合、陣営の勝敗に関わらず、ラヴァーズの勝利となります』
『ゲームは、全ての勝利条件が満たされるまで継続されます』
『なお、本ゲームにおいて建物の外へ出ることは禁止されています。違反した場合、相応の処置を行います』
『ゲームに勝利した場合、報酬として勝利した方の将来が約束されます』
『それでは、良いゲームを。この度はご応募いただきありがとうございます』
スクリーンが暗くなり文字が見えなくなった
長い沈黙が続いて最初に口を開いたのは蓮だった。
「……ふざけんな」
さっきの叫び声とは全然違う、低くて絞り出すような声だった。
「処刑って何だよ。死亡って何だよ。俺たち、ただ人狼ゲームに応募しただけだろ?なんでこんなことさせられないといけないんだよ」
ななが声を上げて泣き始めた。
堪えていたものが溢れた感じだった。
「怖い。怖いよ、こんなの……帰りたい、帰りたいよ」
誰も「大丈夫だよ」と言えなかった。
言えるわけがなかった。
大丈夫かどうか誰にもわからなかったから。
「これって、全部演出だよな?」
颯が確認するように言ったけど今度は確信がなかった。
声に、迷いがあるように思えた
「処刑とか、死亡とか。ゲームっぽく言ってるだけで、本当に死ぬわけじゃないよな」
「……この首輪が演出なら、かなり本格的な演出だよな」
颯の言葉に柊が静かに言った。
「とりあえず、役職カード見よう」
その言葉で私はポケットから取り出してカードに視線を落とした。
表には役職名。
裏には能力の説明と夜の使い方が書かれている。
【占い師】
そして、もう一行。
【ラヴァーズ 相手:霧島凜。】
顔を上げると、凜がこちらを見ていた。
視線が合う。
凜はすぐに目を逸らさず私も逸らせなかった。
一秒か、二秒か。
凜が静かに目を伏せて、言葉はなかった。
でも確かに、カードを見た、という意味の視線だった。
凜も知ってる。
その事実が、じわりと胸に沁みた。
恋人、という意味の追加役職。
カードには、二人が「繋がっている」と書いており、また片方が死ねばもう片方も死ぬと書いてある。
繋がっている、か。
そう考えたとき、ドアがかちりと音を立てた。
施錠が解除される音だった。
「開いた!」
蓮が立ち上がるとほかの何人かも立ち上がった。
私はカードをポケットにしまい、颯と目を合わせた。
「行こうか」
颯がそう言って、立ち上がった。
ここがどこなのか、まだ何もわからない。
好奇心なんてない。
恐怖の方が勝っていた。
ゲームだから大丈夫、とは到底思えなかった。




