最終話(後編)「共存」
朝が来る。
何事もなかったように。
人々が歩く。
笑う。
生きている。
だが——
完全に元に戻ったわけではない。
ほんのわずかな“ズレ”。
説明できない違和感。
それだけが、静かに残っている。
犬塚信乃は、空を見上げた。
あの“層”は、まだある。
消えてはいない。
だが——
以前とは違う。
一方的に“観る”ものではない。
“繋がっている”。
スマートフォンが、静かに震える。
画面を開く。
《状態:接続維持》
《対象数:8》
戻っている。
八。
誰一人、完全ではない。
何かを失い、
何かを得た。
それでも——
ここにいる。
それで、いい。
その時だった。
ふと、違和感が走る。
ほんのわずか。
見逃してしまいそうなほどの。
だが——
確かに“知っている感覚”。
視線を向ける。
人の流れの中。
一人の女が、立っていた。
笑っている。
ごく普通に。
何も変わらず。
——思い出す。
あの夜。
隣で笑っていた顔。
「……お鈴?」
名前が、こぼれる。
女は、一瞬だけ目を丸くする。
そして——
「え?」
少しだけ困ったように笑った。
「誰、それ?」
——違う。
同じだ。
でも、違う。
完全には戻っていない。
だが。
確かに——
“ここにいる”。
信乃は、ゆっくりと息を吐いた。
スマートフォンが、わずかに震える。
画面を見る。
《記録:再接続確認》
《消失対象:復帰(不完全)》
その下に、
小さな一文が追加される。
《例外:保持》
信乃は、静かに画面を閉じた。
もう、確認する必要はない。
再び、彼女を見る。
今度は——何も言わない。
ただ、少しだけ笑った。
それで、十分だった。
視線を上げる。
空の向こう。
見えないはずの“層”が、
わずかに揺れる。
応答のように。
信乃は、目を細めた。
「……悪くない」
その言葉は、
どちらに向けたものか、
もう分からなかった。
だが——
確かなことが一つだけある。
これは、終わりではない。
だが。
もう、“消費”されることはない。
人は、対象ではない。
“関与する側”になった。
そして——
この世界は、
確かに“取り戻された”。




