第十五話「干渉」
静寂。
すべてが、止まっている。
犬塚信乃は、動けなかった。
いや——
“動かされていない”。
世界の主導権が、自分にはない。
その感覚だけが、はっきりと分かる。
上空。
あの“層”の向こう側。
観測者たちの視線が、集まっている。
無数。
個ではない。
だが、確実に“意思”がある。
そして——
“異物”を見る目だ。
《警告:干渉発生》
スマートフォンの表示が、乱れる。
文字が崩れ、
再構成され、
また崩れる。
《原因:未定義》
《名称:伏姫》
その名だけが、
異様なほど安定して表示されている。
信乃の視線が、前へ向く。
——いた。
あの“女”。
先ほど見た姿と同じ。
だが、今は違う。
“そこに存在している”。
曖昧ではない。
はっきりと。
「……あんたは」
言葉が、途中で止まる。
名前を知っている。
だが、それ以上が分からない。
伏姫は、何も言わない。
ただ、静かにこちらを見る。
その視線に——
敵意はない。
だが。
完全な味方とも言えない。
次の瞬間。
彼女が、一歩踏み出した。
その動きに合わせて、
世界が“ずれる”。
観測者側の層が、わずかに歪む。
明らかに——
“干渉している”。
『——逸脱』
上から、声。
これまでとは違う。
わずかに、苛立ちのようなものが混ざっている。
伏姫は、視線を上げた。
観測者たちの方へ。
その仕草は——
“対等”だった。
次の瞬間。
信乃の体に、衝撃が走る。
胸の奥。
あの“脈動”が、暴れる。
苦しい。
息ができない。
意識が、引き裂かれる。
“奪われる”。
そう直感する。
だが。
その瞬間。
伏姫が、手を伸ばした。
触れてはいない。
だが——
“止まる”。
暴走していた力が、
ぴたりと収まる。
静寂。
信乃は、荒い呼吸を整える。
「……助けたのか」
問いかける。
返事はない。
だが。
伏姫の目が、わずかに揺れた。
その意味は——
単純ではない。
救ったのか。
それとも——
“まだ使えるから残した”のか。
分からない。
だが。
確かなことが一つだけある。
この存在は、
“システムの外側にいる”。
スマートフォンが、再び震える。
《状態:不安定》
《干渉:継続》
伏姫は、ゆっくりと後ろへ下がる。
輪郭が、薄れていく。
消える。
その直前。
彼女の唇が、わずかに動いた。
声は、聞こえない。
だが——
意味だけが、残る。
“まだ、終わっていない”
次の瞬間。
完全に消えた。
世界が、元に戻る。
だが。
信乃の中で、
何かが変わっていた。




