双翼の担い手
「『織姫』! 片桐さん、お願いします!」
「任せて!轟け、『雷神』!!!」
無数の触手を持つ変異種の元へ、片桐さんの剣が突き刺さります。特殊異形型変異種『蛸』。強敵でしたが、何とか仕留めることが出来ました。
「危なかったぁ……まさか、心臓が三つもあるなんてね」
「『彦星』で消し飛ばせないのはビックリしましたが、対応出来て良かったです」
「うんうん! 九重後輩も動きが良くなってきたね! まだ巫女になって一ヶ月も経ってないだなんて、ビックリだよ!」
「……まだ足りません。私はまだ、あの紅い神力を自由に使えません」
あの記憶の中の私は、まるで別人のようでした。溢れる神力、淡々とした状況判断、数の不利をも覆す、圧倒的な実力。その全てが、今の私にはありません。
「……そっか。ねぇ、九重後輩。ちょっと、こっちに来て」
「……? どうか、しましたか?」
片桐さんは私を手招きすると、私の手を握りました。理由が分からずに片桐さんを見上げると、彼女は眼を細めて静かに語り始めた。
「私さ、一緒に巫女になった子が二人居るんだ。霞と桜。幼馴染みだったんだ」
「……それって」
「そう、この神力兵装の元の持ち主。2年前の『悲劇連鎖』の時、二人とも死んじゃった」
そう言って、片桐さんはその双剣の一対を掲げました。『雷神』と『風神』。対をなすその意味合いは、理解出来ます。きっと、仲の良い人達だったのでしょう。
「あの日、アカネさんと師匠は前線に残った。私達は後方に下がって、補給をしてからまた二人の援護に戻るはずだったの。でも、その道中で不意打ちにあった。霞はね、私を庇ってくれたの。それが、決定打だった」
それは、片桐さんが巫女として折れてしまった事件でした。私は歩を進めながら、彼女の独白に耳を傾けました。
「気がついたらさ、二人が倒れてたんだ。霞は、私を庇った時の怪我でもう限界で、桜はそんな霞を庇いながら戦ってたから、もう酷い状態だった。私は自分のことばっかりで何にも出来なかったのに、二人はずっと、自分以外のために戦ってたんだ」
片桐さんは、そんな二人を惜しむというよりは、誇らしげにその二人を語っているようでした。それが、彼女なりの折り合いの付け方だったのでしょう。
「ずっとずっと、私はその時のことを後悔してた。私が油断してなければ、私がもっと強かったら、私が二人を守り切れていれば……どうにか、なったのかもしれなかったって」
「……片桐さんは、悪くありませんよ」
「ありがと。やっぱり、九重後輩は優しいね。流石は、私の妹弟子だ!」
片桐小日向という人は、私にとってもう一人の師匠と言えます。彼女の武術は目を見張るものがありますし、神力兵装の扱いも上手い。そして何より、片桐さんが傍に居ると、とても安心するのです。天さんが片桐さんに傾倒していたのもよく分かります。
「何が言いたいかって言うとさ、九重後輩には、後悔して欲しくないんだ。あの時、あぁしてれば、こうしてればって思う時間ほど、苦しいものはないからさ」
「……難しいですね。後悔なんて、沢山していますから」
「じゃあ、先輩が何とかしてあげるよ。九重後輩が後悔しないよう、全力でサポートしてあげる。だから、忘れないで」
ぎゅっと、手を握り締められる。片桐さんの顔は見えなかったけれど、私にはそれだけで十分でした。
「野乃花は、一人じゃない。貴女の背は、私が絶対に守ってあげる。そのことを、忘れないでいて」
……あぁ全く、この人は確かにあの人の弟子だ。その言葉に、私がどれだけ勇気を貰ったことか。たったそれだけのことで、先ほどまでの不安や焦りが、全て吹き飛んでしまった。
私は一人ではない。片桐さんも、天さんも、傍に居なくとも戦ってくれているのだ。
これまでの誓いを思い出す。皆を守る。誰も犠牲にさせない。そして何より……あの人を、もう一人にはさせない。
今がその時だ。必ずあの力を物にしてみせる。そして取り戻すのだ。私達の天さんを。
「……あそこに、変異種が集まっているみたいだね」
「あれは……病院?」
そこにあったのは、既に廃墟となった病院でした。片桐さんはその病院を見ると、何か思うところがあるように顔を顰めます。
「……意趣返しのつもりかな。あの件に天ねぇは無関係だっていうのに」
「何か、あったのですか?」
「あの病院はね、元々巫女の関係者が実験をするための隠れ蓑のような場所だったんだ。表向きは小さな診療所なんだけど、その実態は神力について研究をしていた」
そこへ、星奈さんは入院していたといいます。その強すぎる神力によって、幼い彼女は逆に蝕まれていました。それは天川さんの力でも抑えられず、あの病院へ入院することとなったらしいのです。
「星奈ちゃんはそういう理由だったけど、あそこに入院してた残りの二人は少し事情が違うんだ。二人は、あの研究所に売られたんだ」
柊すみれさんは両親の借金が原因で、あの病院へ身売りのような形で入院することとなりました。姥神巴さんは神力が原因で気味悪がられ、同様の結果となったそうです。そんな二人の親は、彼女達の見舞いすらしなかったとか。
来ていたのはたった二人だけ。天さんと奏さんだけでした。
結果として、あの病院は資金繰りが悪化し、潰れたそうです。その頃には三人は神力に順応し、健康的となっていましたが、それで問題が解決した訳ではありません。特に、星奈さん以外の二人にしてみれば、むしろ悪化したと言っても良いでしょう。
「病院が潰れた後、すみれちゃんと巴ちゃんは、実家とは絶縁状態になったんだって。そんな状況の二人を、師匠は凄く心配してた」
……二人の気持ちが、少し分かった気がしました。何故、それほどまでに天さんに執着するのかが。
二人にとっての天さんは、私にとってのお母さんのような存在だったのでしょう。無償の愛を捧げてくれる、優しいお姉さん。その存在を大切に思うのは、当然のことでした。
それが歪んでしまったのは、きっとあの別離のせいでしょう。巫女という使命を知り、それでも傍に大切な人が居るのならと、そう思っていたのに。天さんは、居なくなってしまいました。
「……私は、どうするのでしょうか」
「九重後輩? 何か言った?」
「いえ……何でも、ありません」
あの光景が、脳裏から離れてくれません。私は一度、天さんを殺したのです。
私はまた、天さんに殺してくれと頼まれた時、一体どうするのでしょうか。私にはそれを為す力が有り、他の誰にもその役割を任せることは出来ません。
もし、天さんをこの手に掛けなければならないとしたら……その時、私は、天さんを殺せるのでしょうか。
「──後輩っ! 九重後輩!」
「っ……! す、すみません、気が緩んでいました」
「敵、来たよ! 反応は二人!」
心を落ち着けるように、私は息を吸いこみました。反応は二人。恐らく、先ほど話していた方達です。
「こんにちは、片桐先輩と、野乃花」
「申し訳ないけど今は此処、立ち入り禁止なんだ」
巴さんとすみれさん。お二人のことは、先ほどの再演のおかげで、すっかり思い出していました。この二人のコンビネーションは非常に厄介です。天さんを欠いた私達に、果たして彼女達を打ち倒せるかどうか。
「星奈ちゃんはどうしたの? 師匠の護衛かな?」
「星ちゃんが居なくても、私達だけで、じゅーぶん」
「……言ってくれるじゃん。じゃあ、私からも一言」
片桐さんは青い羽織を脱ぎ捨てると、分厚い鉄の塊を突き刺しました。それは、『流星』と呼ばれる神力兵装。かつて最強だった巫女が愛用した、殲滅兵器でした。
「貴女達くらい、私一人でじゅーぶん。先輩の意地、見せてあげるよ」
「へぇ……随分舐めてくれるじゃん、先輩。面白い、ねっ……!」
すみれさんは大剣を地面から引き抜くと、その切っ先を病院の方へ向けました。
「良いよ、行かせてあげる。星奈も野乃花とはタイマンでやりたいだろうし」
「……うん、そうだね。星ちゃんが、負けるわけ、無い」
……私は片桐さんの方を見て、少し頷いてから病院の方へ走りだしました。言葉通り、その背を奇襲されるようなことはありませんでした。
「さぁ、始めようか! 鷹司天が一番弟子! 片桐小日向、参る!」
「ははっ! 良いね、分かってるじゃん! じゃあ、私も!」
その浅黄色の髪を靡かせ、高々と宣言する。白いドレスを身に纏ったその姿は、まるで姫騎士のようだ。そして、その傍らに控える大きな帽子を被った少女も同様に、敵を見据えて自らの名を名乗った。
「私は柊すみれ! いざ、尋常に勝負!!!」
「……同じく、姥神巴。貴女には、絶対に負けない」
火花は今、切って落とされた。




