魔法銃士ルーサー、魔王軍の補給部隊を狩る
俺達の居る隊は現時点では俺が入って主導しているが、実際のリーダーは異世界転移者であるサーキという事になっている。
その為、サーキ隊と呼ばれている。
サーキ隊はウェッジ・フォーメーションを維持しながらハイスピードでシルフィルドの北側に回り込んで城壁からの距離を保ちながら走り続けていた。
ミノタウロスによって破壊された北門周辺を視界にとらえた時、ダイヤがそちらを指さしながら言った。
「ルーサーさん!
北門は破壊されて空きっぱなしで崩れた壁面からも町の中が見えてます!
あそこを強襲しますか?」
「いや、見たところ守備兵が厳重に張っている。
今は遠巻きに観察するだけで通り過ぎるんだ」
「でもあそこより防備の薄い箇所なんて他には多分無いですよ?」
「経験を積まなければ分からない事だから教えておこう。
サーキ、お前も良く聞いておけ。
遊撃で最も破壊力をもたらすのは、敵の虚を突くのに成功した時だ。
シルフィルド北門が一番危険な弱点となっているのは魔王軍も把握しているし、守るオーク兵達も気を集中して防護に付いている。
こんな状況では大きな成果は見込めないどころか、かえって大きな被害を受ける。
軍事的な施設での防衛側は有利だからな。
俺達だって何千と言う魔王軍相手に少数の素人勢を使って戦う事が出来ただろう?
こういう箇所は無駄に攻めない事が重要。
戦力の浪費だけでなく、敵に注意喚起をしてしまう。
俺達の役割が陽動だと言うなら別なんだがな」
俺の話を聞きながらも右の草原の彼方を見ていたエリックが叫んだ。
「ルーサーさん! 2時の方向遠くに何か大勢居ます!」
俺は首から下げていた望遠鏡を手に取ってシュコッと引き伸ばし、エリックが指さす方向を覗いて確認する。
そして大声で指示を出した。
「2時方向に魔王軍のケンタウロス兵部隊が居る!
数およそ100!
装備状況から恐らく魔王軍の補給部隊だ!
これから殲滅に向かう!
スリー・カラム・フォーメーション!
キャスターは分散してアンチミサイルの体勢を整えろ!」
「ラジャー、スリー・カラム・フォーメーション!」
「スリー・カラム・フォーメーション、了解!」
―――――― 疾走するサーキ隊 ――――――――
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___木_____ダルサ____________
_________ミフエ_______木____
_________兵兵兵____________
_________兵兵兵____________
_________兵魔兵____________
_________兵兵兵____________
_木_______兵兵兵____________
_________兵魔兵___木________
_________兵兵兵____________
木:草原に点在する木
ダ、ル、サ、ミ、エ:スピードを上げて馬を走らせるダイヤ、ルーサー、サーキ、ミナ、エリック。
フ:アンチミサイルプロテクションを前方に向けて詠唱するおっさんマジシャンのフィリップ。
兵:速度を上げる軽騎兵。
魔:曲射に備え、上空に向けて各々のアンチミサイル系魔法を唱える魔法兵。特殊な事情が無い限り、近接主体の小隊であっても何人かの魔法兵が配備されている。
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俺達は戦闘に備えて緊張を高め、徐々に近づいて来るケンタウロス兵を注視する。
だがこちらに気が付いたケンタウロス兵達は背を向けて逃亡し始めた。
「ルーサーさん! あいつ等逃げようとしているぞ!」
「ケンタウロス兵は馬の胴体に人の上半身が繋がっている亜人だ。
その特徴故に人間の弓騎兵が膝で馬が跳ねる衝撃を緩和しながらやる様な、疾走しながらの弓攻撃は得意ではない。
奴らの選択肢は足を止めてこちらを迎撃するか、逃げるかの二択。
そして今、奴らのリーダーは選択を誤った。
重い補給物資を背負ったまま俺達軽騎兵から逃げ切る事は不可能だ。
一方的な戦いになるだろう。
急ぐぞ!」
「でもルーサーさん、荷物を全部捨てて逃げたら逃げ切る事も出来るんじゃないでしょうか?」
「魔王軍にその選択肢は無い。
魔王軍の物資を捨てて逃げ帰れば処刑だからな」
***
ミツール隊は大勢のミルトン王国の他の兵団と一緒に、シルフィルド南門の傍まで近づいていた。
城壁にはオーク弓兵がずらりと並んで弓を構えており、所々にはバリスタやカタパルトとそれを操るゴブリンの姿も見える。
あともう数十メートル前進すればオーク弓兵の射程内に入り、矢の雨が降る事になるであろう。
ミツールの取り巻きの近衛兵の一人がミツールに言った。
「ミツール殿!
もうそろそろ敵の弓の射程に入ります!
先ほどの伝令の指示に従うのであれば一旦兵達の前進を止めるべきだがどうします?」
少し前に一度、ロンメル将軍からの伝令が来て、敵の射程外で一旦進軍を止めよという通達があったのだ。
しばらく自分の髭を撫でながらシルフィルドの城壁や城門、周囲を観察していた剣聖ブラーディがミツールに言った。
「ミツールよ、敵の弓の射程に入らないギリギリの距離を保ちながら、南門の真正面に移動するぞ」
「わ、分かりました」
「大きな声でな」
「はい。
ミツール隊このまま南門の真正面まで平行移動!
敵の弓の射程に入らないように!」
近衛兵達がミツールの指示を聞いて呼応し、下級兵達にも呼び掛ける。
「全員南門正面まで平行移動!」
「聞いたか!? 全員門の正面までそのまま平行移動だぁ――っ!」
ミツール達はセミ・サークル・フォーメーションを維持したまま門の真正面へと全員移動した。
それを眺めていた他の兵団の隊長たちは鼻で笑う。
「あいつ等何をしておるのだ?」
「一応……ロンメル将軍の指示は守っておるようだが」
「いきなり城門の中に飛び込むつもりか?
それならもっと突進に適した陣形が有るだろうに、近接騎兵隊のくせにセミ・サークル・フォーメーションとか」
「素人の隊長を持つ近衛兵達も大変だのう」
「陣形戻し忘れてるんだろ? そうだろう?」
ミツールは周囲の兵団全てが自分に注目してガヤガヤ言ってるのに気付き、ブラーディに小声で言った。
「ブラーディ様、何か僕達目茶苦茶注目されてますよ!?」
「そりゃぁ、異世界転移者であり救世主であるそなたの軍隊じゃからの」
「いや、そういう注目のされ方じゃない気がするんですけど。
ほら、あそこの人たちこっち見て指さして笑ってる。
あっ、陣形かっ!?
今の軍事行動の唯一の僕のオリジナル要素である陣形が頓珍漢だから笑われてるんだ!
どうしましょうブラーディ様。
本当はもっと適した陣形があるんでしょう?
どんな陣形に変えるべきですか?」
「変えずともよい。
そなたのオリジナル要素、そなたの癖がこのミツール隊に血を通わせるのじゃ。
もう少し自分に自信を持て」
ガラガラガラ……
ガラガラガラ……
気が付くと周囲に車輪付きの、二階建ての家程の高さもある木造の巨大投石機が引っ張り出されてきていた。
大勢のミルトン王国歩兵軍が引っ張ったり、調整のような物をしており、地面に固定されている。
オーク弓兵の射程外ギリギリで間隔を開けてずらりと並んだ巨大投石機に次々と丸い岩が装填されていく。
「何が始まるんです?
ねぇ、ブラーディ様!」
「守備兵の射程外からの攻城兵器による攻撃、ま、定石じゃ。
しかしミツール。
わしらがやるべき事は、あの城門が開いた時に魔王軍がシルフィルドの外から中へと帰れなくする事じゃ。
魔法兵に矢の対策の魔法を発動させろ。
敵に襲われんように近接騎兵よりすこしだけ前進させてからな」
「え?
……えぇっと、あれ?
ちょっと待ってください。
魔王軍がシルフィルドの外から中へと帰れなくする?
言ってる意味が良く分からないんですけど」
「急げ、時間が無いぞ。ほれっ、早く!」
「ま、魔法兵は三歩前進して弓防御の魔法を使えぇ――!」
「キャスター! 三歩前進! アンチミサイル!」
「キャスター急げぇぇぃ!」
周囲から見守る兵達も、ミツール隊に所属する兵達も困惑しながら指示に従う。
だがブラーディは落ち着いてミツールに言った。
「これから始まるのは過酷な修行じゃ。
今のうちに精神を落ち着けて体と心を万全の状態に持っていけ」
「ふぅ~~」
訳も分からず、ミツールは両手剣を構えて息を整えた。
ブォ――――ン!
大型投石器が一列に間隔を置いて並ぶ、その左右の離れで音が響き、光輝く丸い物が出現し始める。
それを見てミルトン王国兵達が慌てふためき始めた。
「ゲートだぁ!」
「三時方向にゲート出現!
あれは……オーク騎兵達です!」
「九時方向にもゲート確認!
オーク騎兵達が出てきています!」
「三時方向、オーク騎兵の数、100……200……500……1000!」
「九時方向、オーク騎兵の数恐らく700程!」
ゲートの中からは大型の狼に跨っ重装オーク騎兵団が次々と出現し突進してくる。
狙っているのは巨大投石機である。
次々と襲撃を掛け、投石機を守る歩兵達を切り殺したあげくに破壊。
一つが終われば次へと移る。
ミルトン王国の各兵団達も対応しようと慌てるが、横からの攻撃は完全に不意打ちでありもたついている。
ミツールはゲートとその様子を見て何が起こったのかようやく悟っていた。
「そうか……ここはファンタジーの異世界だから魔法があるし、集団で使う軍隊魔法のゲートが有るんだ。
時間は十分にあったから魔王軍の魔法使い達が地形を記憶したんだ……」
「今じゃミツール!
前進の指示を出せ!」
「え? 前進! ミツール隊! そのまま前進ん――っ!」
「ミツール隊前進!」
「急げ! ミツール隊前進!」
陣形を維持しながら真正面の城門にミツール隊は馬を走らせる。
射程内に入り、城壁の上から雨の様に矢が降り注ぐが、魔法兵が使うアンチミサイル・プロテクションで今の所防がれている。
ミツールは閉じたままの城門を見ながらブラーディに聞いた。
「それでブラーディ様、前に出てどうするんです?
攻めるにも城門は閉まってますよ?」
「魔王軍が城門を開けるはずじゃ」
「えぇぇ? どうして?」
「左右から現れたオーク騎兵の仕事は大型投石器の破壊。
それが終われば安全な場所に退避しなければならん。
不意打ちが功を奏したとは言っても、シルフィルド外での兵の総戦力ではこちらが上じゃからの。
だから、あの城門は内側から開く。
だがミツール隊は栓をして、オーク騎兵を中へ返さない」
ミツールはようやくブラーディの意図を察した。
気が付けばギギギギィ……と音を立て、目の前の城門が開き始めている。
「ミツール隊! 陣形を維持したまま城壁にへばりつけ!
オーク騎兵達を絶対にシルフィルドの城門の中へ返さない様に妨害するんだ!」
「了解!」
「了解!」
ついにミツール隊は城壁に到達し、城門をぐるりと囲むように重装騎兵が円陣を組んだ。
構える先はもちろんオーク騎兵達が大暴れしている後ろ側である。
その間にも城門は開き切り、オーク騎兵の帰還を援護する為のオーク兵が多数走り出ようとして突進してくる。
「ひえっ、ぶっ、ブラーディ様!
これ、僕達だけで中からの攻撃止めるって事ですか?」
「だから過酷な修行になると言ったであろう?」
「ええぇぇぇ――!?」
***
俺達はケンタウロス兵の魔王軍補給部隊をあっさりと片付けた。
地面にはケンタウロス兵達が点々と倒れており、補給物資である武器や食料が散らばっている。
エリックがそれを眺めて言った。
「ルーサーさん、あの物資放っておくと魔王軍の別の部隊が再利用しちゃいませんか?」
「でも持って帰るには重すぎるわよ。それにあんな物背負ってたら走り回れなくなるわ」
「魔王軍と戦う光輝の陣営にも定番の嫌がらせがあるんだよ。
おいっ!
毒を持ってきている兵士は居るか?」
「私が持っています!」
一人の軽騎兵が手を上げた。
「どれか適当な食料一つだけを選んで、毒を仕込んで置いてくれ」
「分かりました」
エリックが不思議そうな顔で尋ねる。
「一つだけですか?」
「例えば目の前に100人前の食料、一回魔王軍の手に渡った食糧が有ったとしよう。
そいつを食べて一人が毒で死んだとする。
エリックは余った食料を食べるか?」
「全部燃やしますね」
「そういう事だ。
ようし、終わったな!
それではもうひとっ走りするぞ!
ウェッジ・フォーメーション!」