魔法銃士ルーサー、公開裁判で自分の行動理由を説明する
シルフィルド避難民が幾つものテントを張っている広場、その中央に急遽設置された高台に椅子や机が並べられ、俺とミツールとサーキは両手を後ろで縛られて被告として立っていた。
――――― ノームピック公開裁判 ―――――
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回:公開裁判用に設けられた高台
口:机
絞:絞首刑用の処刑台
ウ:ミルトン王国の国王ウオラ
貴:ミルトン王国の内政の最高権力者である貴族内政官達
将:ミルトン王国の兵団の将軍達
部:将軍の部下と思われる若い男
難:公開裁判を見守る難民達
ル:両手を後ろで縛られて立つルーサー
ミ:同じくミツール
サ:同じくサーキ
兵:俺とミツールとサーキの縛られた両手に繋がる綱を持った兵士
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見守るシルフィルド避難民がざわめく中、ウオラの隣に座る貴族内政官が小さな木槌でプレートを叩いて言った。
カンカンッ!
「静粛にっ!
これより異邦人のルーサー、ミツール、サーキの三名をシルフィルドにおける内乱扇動の容疑で裁判を行う!」
人々は静まり返った。
貴族内政官は木槌を机に置いて言った。
「ルーサー君、君はシルフィルド内にて何の権限も持たない旅人に過ぎないにも関わらず、シルフィルドの国民に対して勝手に避難命令を出し、衛兵に勝手に命令を出し、軍の所有物であるバリスタを始めとした武器を勝手にかき集めて軍事行動まで行った。
間違いは無いかね?」
「シルフィルドには本来居るべき兵団もおらず、その長である将軍や指揮官も居なかった。
残された者は魔王軍どころか実戦すら経験の無い衛兵しか居なかった。
誰も指揮できる者が居なかったし、誰もどうして良いか分からない状態だった。
本来、将軍や指揮官が居ない場合、軍事的な最高権力を持つのは王、つまりそこに居るウオラ王殿だ。
だが貴方は真っ先に逃げ出した。
国民や衛兵へ何の指示も出さず、自分が混乱に巻き込まれない様に状況の周知すらも行わずにな。
あの場で指揮できる者は俺しか居なかった」
「余計な事は答えないでよろしい。
つまり、君が勝手に指揮をしたのだね?」
「俺が作戦を立てている間、シルフィルドに居た貴族内政官達も机を囲んで状況を見守っていた。
貴方達の事だ。
貴方達は反対しなかったし、俺の計画に依存は無いか聞いても反論せずに頷き、計画に合わせて自分達の配下に指示を出して居たはずだ」
「ちょっといいかな?」
「ウェールズ貴族内政官。何かね?」
「我々は誰もこの男の計画の承認はしていない」
「うむ。わしはやって良いとは言わなかったぞ?」
「そうだそうだ。この男は勝手にやったのだ」
サーキが身を乗り出し、慌てて綱を引っ張る後ろの兵士を半ば引きずりながら叫んだ。
「テメェらっ! キタネェぞっ!
皆計画を立ててる時に腕組みして頷いてたし、念押ししても誰も反論しなかったし、作戦中は黙って静観してたじゃねーかっ!?」
カンカンッ!
「静粛にっ!
つまりルーサー君、君は何の正当な権限も無いのに独断で動き、内乱を扇動したわけだ」
「内乱を扇動?
俺は魔王軍と戦い、シルフィルドの人々を逃げる時間を稼いだんだぞ!?
事実と違う言葉を使うのは止めて貰おうか」
「それについてはミルトン王国の総司令官、マクシミリアン将軍から聞きたい事があるそうだ」
一人の将軍が立ち上がり、ウオラはその姿を見てニッコリしながら頷く。
将軍はウオラに笑みを浮かべて頷き返してから俺を睨み、言った。
「私がミルトン王国総司令官のマクシミリアンだ」
「あんたはシルフィルドが魔王軍の襲撃を受けた時何処にいた?」
「口を慎み給え! マクシミリアン総司令官はウオラ国王閣下の誕生祭の特殊衣類を注文すると言う重大な任務を背負って隣国に出張しておられた、忙しかったのだ!」
「君が何の権限もなく勝手に指示をしたという件はこの際置いておこう。
私が聞きたいのは純粋に戦略的、軍事的観点の内容だ。
君がシルフィルドが陥落すると誤った判断を行い、シルフィルドを捨てて人々を全員逃げさせるという重大な決断を行った。
間違いないかね?」
「決断したのは俺だ。言い逃れたり誤魔化す気は無い」
「君は大きな間違いを犯した。
本来守り切る事が可能なシルフィルドを、己の浅はかな戦略眼で持ちこたえられないと思い込み、前代未聞の大敗北を導いたのだ!」
パチパチパチ……
マクシミリアン総司令官の言葉を聞き、ウオラ王が満足げに目を閉じて手を叩いた。
「あんた当時の状況はちゃんと聞いて把握してるんだろうな?」
「勿論だとも。
当時シルフィルドに居た戦力は冒険者パーティーが3組で25名。
そこに居る被告のミツールのパーティを含めてな。
槍衛兵32名、弓守備兵31名程。
退役した軍務経験者が36名」
「それで一万を超える魔王軍正規大隊をいくつも迎え撃つんだぞ?
あんたならシルフィルドを守り切り、魔王軍を退ける事が出来たと?」
「出来ましたね!」
パチパチパチ……
ウオラ王が満足げに目を閉じて手を叩いた。
興奮気味のマクシミリアンは持論を展開する。
「まず援軍を要請して待つという手段を、頭の悪い君は早々に捨てた。
いや、そもそも思いつかなかったのかな?」
「勿論内政官の人々の協力して貰い、援軍の要請は作戦中にも行っていたし、良い回答が貰えればそれに対応した作戦に変更は出来た。
だが本来、激戦地に軍を出すと言うのは極めて大きな覚悟が必要だ。
自国の兵士を死なす事になるし、その分の他の軍事バランスも崩れ、経済的にも大きな影響がある。
普段から計画して共同訓練を行い、政治的手続きも調整を済ませて備えておかなければ突発的に独断で出せるものではない。
ミルトン王国は光輝の陣営に属しているとは言え積極的な協力関係に無いし、共同訓練も出来ていない。
だから1時間で出すのは無理なんだよ。
結果はご覧の通り、間に合ったのは政治的、手続き的な制約が無かった同じミルトン竜騎兵団のドレイク竜騎兵の方々だけだ。
彼らには感謝している」
「君がもっと必死でグロリア王国に要請していれば来てくれたかも知れないじゃないか!
もうちょっとプッシュしていれば!
軍隊魔法でゲートで一瞬だ!」
「ゲートの魔法は複数の魔導士が転移先を強くイメージする必要がある。
普段から立ち寄ってその風景を何度も何度も目に焼き付けて居なければならない。
つまり光輝の陣営と共同訓練をしていなかったここにゲートを出すのは不可能なんだよ。
それより逆にあんた達はどうなんだ?
どうしてシルフィルドに兵団を送らなかった?
送るという回答を寄越さなかった?
連絡を取ってくれていた内政官は俺に何度聞かれても泣きそうな顔で黙って首を横に振ってばかりだったぞ」
机を囲む将軍達は口々に弁明する。
「竜騎兵団本体は隣の国のさらに遠くに出ておったのだ。
……資金稼ぎの為の傭兵として。
それにドラゴンが通れるほど巨大なゲートを開ける魔導士は居ない」
「私の騎兵隊も同じだ。
そして知らせを聞いた時には既にシルフィルドは陥落した後だった。
勿論国の一大事の為、全力で駆け付けて今ここにおるのだ」
「歩兵隊も同じく。
せめて早い段階で知らせを聞いていれば傭兵業などかなぐり捨てて駆け付けた」
「君ぃ、そんな言い方はウオラ様に失礼だろう」
「誰だ連絡を途絶えさせたのはっ!?」
マクシミリアン総司令官の背後に居た男が申し訳なさそうに手を上げた。
「私です……すいません。
遠くに遠征に出ている大隊を呼び戻すなんて大事、マクシミリアン様の了解無しにやると激しく叱られますが、マクシミリアン様は大事な用でお出掛け中、何度も魔導通話貝で連絡を試みたのですが、出てこられなかったので……」
「馬鹿者めっ!
国の一大事だぞ!?
最悪そこの頭でっかちなど無視して私に知らせておけば良かった物を!」
「まぁまぁ……」
マクシミリアンの部下は身を縮めながら答えた。
「申し訳ありませんマクシミリアン様。
実は私はそれも、独断での応援要請も考えました。
でも、魔王軍の数は膨大、大隊を一つ呼び込む事に成功したところで、ただ単に数千人の兵士を私の一存で追加で死なせてしまう事になりやしないかと怖くて……」
俺はその男を弁護する。
「その不安感は正しい感覚だ。
そして正解だ。
圧倒的多数の敵軍に拠点が猛攻を受け、慌てふためいてそこに味方の僅かな援軍を送り込んでも只の無駄死にさせてしまうと言うのは起こりがちな事だ。
兵数の差は広がる程、損害や消耗が圧倒的になってくるからな。
指揮官であれば鬼の心でその拠点を見捨て、残存兵を温存してまともに通用する反撃に備える事が必要な場合もある。
そしてミルトン王国以外の応援要請を請われた軍隊も、同じことを警戒して二の足を踏む。
正しい戦局が伝わっている保証も、騙して捨て石にしないという信頼も無いんだからな」
部下を睨みつけて震えさせた後、マクシミリアンは再び俺を責め立てる。
「だがルーサー君。
君はひょっとしたら来てくれたかも知れない応援の可能性を早々に捨てた。
それに町の人たちだって弓を撃たせたり、密集して槍で突かせれば戦力として換算出来るだろう?
工夫すれば町の人を総動員してシルフィルドを守り切る事だって出来たかもしれないじゃないか!?」
マクシミリアン以外の将軍達はそれを聞き、黙って鼻で笑い、失笑した。
マクシミリアンは少し顔を赤くしながらさらに責める。
「可能性がゼロだったというのかね? ルーサー君」
「可能性が1パーセントでもあればあんたの勝ちで俺の負けと言いたいのか?」
「当然だ。
君はミルトン王国の首都と言う巨大資産を魔王軍に明け渡したのだ。
それほどに責任は重大だ」
「極論で戦おうとする奴は古今東西、職種に関わらず無能だ。
ミルトン王国にとってあんたの存在は不幸の一つだな」
「貴様ぁ! 愚弄するかぁ!?」
「まず素人が槍を持ち、オークの正規軍相手にまともに正面から戦えるかどうか、あんたも一度くらいは最前線で戦ってみる事をお勧めする。
しかも数的に不利な状況で、連携の為の信頼も訓練も無い烏合の衆を使ってな。
そして可能性がゼロだったかと言えばゼロでは無い。
奇跡的にグロリア王国から援軍が来て、奇跡的にその部隊が百戦錬磨の精鋭部隊だったりとか。
町の人々に勇者の素質のある若者や、天才軍師の素質のある若者、武芸の素質のある若者が偶然居て、天才的な立ち回りをあちこちでやってくれれば奇跡が起こったかも知れない。
だがマクシミリアン総司令官殿。
貴方の様な素人と、勇者パーティーのメンバーとして無数の戦場で軍隊を率いて戦ってきた俺とは決定的に違う所がある」
「……何かねっ!?(イライラ)」
「情勢を希望的観測という幻想に囚われず、冷酷に正確に見れるかどうかだ。
経験の浅い司令官は『勝てるかも知れないから』『何とかなるかもしれないから』と軍を突撃させたり、猛攻を受ける砦を守り続けてしまう。
その結果圧倒的な兵力差により、無駄な犠牲を大量に出して全体の敗北を決定的な物にしてしまう。
光輝の陣営軍、魔王軍を問わず、歴戦の司令官はそんな甘えた考えで兵を動かさない。
シルフィルドの件は元々極めて分の悪い賭け。
俺は甘えた考えで人々にリスクを負わせる気は無い。
戦意の高ぶりと興奮のままに町の人々が自分達で魔王軍と戦い、敗北した後。
それがどうなるか俺は十二分に見てきているんだ。
ここにおられる将軍達も、傭兵という形であっても戦って居るのは魔王軍だろう?
ならば知っている者は居るはずだ」
マクシミリアン以外の将軍は全員黙り込んだ。
マクシミリアンは手先をプルプル震わせながら黙ってガチャンと音を立てて椅子に座る。
ウオラ王の顔は苛立ちでしかめっ面状態である。