魔法銃士ルーサー、ノームピックの避難キャンプで朝を迎える
ミルトン王国の首都シルフィルドは陥落し、俺達は無事、ミルトン王国のノームピックに到着した。
ノームピックはシルフィルドほど大きな都市では無く、ミルトン王国の兵団の訓練所や武具を生産する鍛冶屋が多くある華やかさには欠けた都市でもある。
しかし周囲は堅牢な城壁に囲まれ、今回の事件を受けて慌てて集結した兵団の力もあり、魔王軍もノームピックへの更なる侵略は断念していた。
町に有った広大な軍事訓練用の広場には、シルフィルドからの避難民の為に建てられた多数のテントが立ち並び、俺達は人々の好意で大きなテントを一つ用意して貰い、ブラーディ様やミツールのパーティと一緒に一夜を過ごした。
翌日、起床した俺はこれからどうするか話し合いをしようなどと考えていると、テントの並ぶ広場の外側で兵隊が大きな声を避難民達に投げかけた。
「シルフィルド避難民の皆さん!
バンシュ地方に住む親切なハーフ・ドライアード族の人たちから支援物資が届きました。
送り主の名はピーネ様とカメリア様です」
支援物資か……、ん?
ピーネ?
カメリア?
聞き覚えのある名前に驚いている間にも、兵隊はスクロールを広げて読み上げる。
「ピーネ様とカメリア様からのメッセージです。
魔王軍の襲撃でシルフィルドを追われ、避難民となられた皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
家や財産、様々な物を無くしてしまった方々の心が癒えて、ミルトン王国の一日も早い復興を心から願い、大穀倉地帯であるバンシュ地方の農業従事者として出来る事はと考えた結果、こちらで育てた穀物と野菜の支援をさせて頂く事にしました。
新鮮な野菜類だけでなく、長期保存に向いている穀類、乾物類を積んでおります。
辛い事もあるでしょうが食べて元気を出して頂ければ幸いです」
人々がざわめき、歓声を上げる。
兵隊は手を上げて外に待機した他の兵隊に合図した。
馬が引いた荷車が1台、2台、3台、途切れることなく入って来る。
その全ての荷車には全て野菜や俵が山積みにされていた。
「おおぉぉ、見ろ、肉もあるぞ!」
「ほんとだ、乾燥肉の山だ……」
「凄いな、乾燥肉を山積みにした荷車がもう10台以上続いているぞ!」
ん?
肉?
あいつ等畑で野菜を育ててるんだよな?
俺は少し気になって荷車に走り寄った。
馬の手綱を引く兵隊に一応ことわる。
「すまん、ちょっとだけ見せて貰っていいか?」
「あぁ、多分皆で食っても食いきれないほどあるからな。
一欠けらくらい持って言っていいぞ」
俺は沢山の籠に分けて詰められた乾燥肉の中から、骨付きスモーク肉を手に取ってみる。
俺の魔法弾がかすった跡が付いている。
こりゃ間違いなく1000匹まとめて駆除したエビルアニマルの肉だ。
まぁあんな大量じゃ処分に困っただろうしな。
兵隊は怪訝な顔をして俺を見る。
「どうしたんだ?」
俺はスモーク肉を籠に戻して言った。
「いや、何でもない。
しっかり乾燥させてるなら大丈夫だ。
ちゃんと火を通したらもっといい。
俺も過去には危機的な状況でのサバイバルで食ったからな」
「?」
「気にしないでくれ。
まぁ、万が一を考えてちゃんと火を通して食うように皆に言っておいてくれ。
お腹を壊さないようにな。
ピーネとカメリアにはありがとうと伝えておいてくれ」
「それに関しては皆で感謝状を贈る事になっている。
ご心配は無用だ」
俺は荷車から離れ、テントへと戻った。
ミツールが尋ねる。
「どうしたんです? ルーサーさん」
「何でもない。
ところでミツール、芸術家のオルタックの裸婦画、お前好きだったよな?」
「えぇぇ!? 変態が居るわよここに!?」
「オルタックってあの過剰に男性向けに性的な興奮を煽る裸婦画を描く芸術家ですよね?
タコが裸の女の人に絡みついたりとか!
うわぁ……、ミツールさんってそういう方なのですね」
「何だ何だ? エロ本が好きなのかミツール?」
女性陣がきゃあきゃあ言って引いている中、ミツールがむくれながら答える。
「そりゃ男なんだから皆好きでしょう?
何でそんな事を聞くんですか?」
「異世界転移者は特にそういうのが好きなのかなと思ってな」
「まぁ僕の元居た世界には同人とかでもっと過激なのがいっぱいネットで見れましたからね。
こっちに来たら刺激が少なすぎるんですよ。
それがどうかしたんですか?」
「いや、何でもない」
***
シルフィルドではオーク達が町中の家や蔵を荒らして回っていた。
本来は人間の捕虜を期待している者が多かったが、町は完全にもぬけの殻である。
王城の前ではキュルカーズ親衛隊に守られてが手下に念を押す。
「王城へは略奪する下っ端の兵隊は絶対に入れてないだろうね?
中にあるのは全部僕のものなんだからね?」
「勿論ですキュルカーズ様。
念のため親衛隊の一部に伏兵が居ないか中を探らせておりますが、美術品や宝物類には絶対に手を触れない様に厳しく言っております!」
「よろしい、ではこの町はもう僕の物なんだから、僕もそれにふさわしい場所に行かないとね」
「王座の間ですね?
ご案内致します」
キュルカーズは親衛隊に案内され、王城の中へと入って行った。
そして金ぴかで金銀宝石が散りばめられた豪華な王座の前に立つ。
「何て成金趣味の……素晴らしい王座だ。
まさに僕が座るのにふさわしい」
「どうぞお掛け下さいキュルカーズ様」
キュルカーズは金ぴかの王座に座った。
「うむ。素晴らしい座り心地だ。
一応聞くけど僕より先にこの王座に座ったりしてないよね?」
「(ギクッ!)
まっ、まさかぁ!
そんな事する訳ないじゃないですか!
キュルカーズ様が最初です!
私が保証致します!」
「まぁいいけど……。
うん、素晴らしい光景だね。
これが王の視界と言う奴か……、ん?
おい君、僕はちょっと一人で悦びに浸りたい。
しばらく一人にしてくれないか?」
「了解いたしました。
ご用が有ればいつでも呼んでください」
親衛隊は立ち去り、キュルカーズは一人になった。
キュルカーズは親衛隊が扉を閉めるのを見届けた後、一人立ち上がる。
そして壁の一角に歩み寄った。
そこには芸術家オルタック作の裸婦画が額縁に入って壁に掛けてあった。
「ほうほう?
『虜となって縛られ吊るされる少女』とな?
……うひょひょひょひょひょ。
芸術家オルタックか、異世界の原住民のくせに素晴らしいセンスしてやがる。
そんなにエロなんて一般的じゃない世界なのに、鞭とロウソクまで描かれている。
自力のセンスだけでこの構成を思いついたのか。
まさに天才じゃないか。
……ティッシュ、ティッシュ」
キュルカーズはポケットを探り、鼻紙を取り出し、近くにあった丸椅子を持ってきて壁の絵画の前に置き、座った。
ゴソゴソ……、ガタッ、ゴトッ
動きにくいので最高度のマジックエンチャントの施された鎧を全て脱ぎ捨てる。
「ん? ちょっとこの額縁、歪んでるな」
キュルカーズは額縁を両手で持ち、ごくわずかな歪みを正した。
カチッ
ドガァァ――ン!
トラップである。
仕掛けたのはシルフィルド錬金術師協会のアルケミストのルイーズ。
指示したのはルーサー。
大勢の手下では無く、総司令官ただ一人をピンポイントで狙ったトラップ。
キュルカーズは生身で不意打ち、しかも大量の爆薬の爆風をもろに受け、血まみれになってぶっ飛んだ。
致命傷である。
音を聞いた親衛隊が飛び込んできてキュルカーズに駆け寄る。
「キュルカーズ様!
キュルカーズ様ぁぁ!
誰かぁ――っ!
ヒーラーを呼んでこぉ――い!」
顔面蒼白で叫ぶが、キュルカーズは右半身が吹っ飛び、内臓も露出、どう見ても手遅れである。
薄れゆく意識で、声も出せない重症のキュルカーズは運命を呪った。
心の中で呪いの言葉を叫び続けた。
「畜生! 畜生!
何だよコイツラこんなトラップ見つけて解除しとけよ無能が……。
どいつもこいつも僕の足を引っ張りやがって。
まったく!
僕の人生は糞だったし、周りの人間も全部糞だった……。
ミツールの野郎……あんな底辺のゴミに言われなくても分かってたんだよ。
僕の周りには敵しか居なかった。
ヘイコラして僕を持ち上げる奴らも例外なく全員、僕の親、僕の家の金と権力が目当てだった……。
親だって糞だった。
ちょっと私立入試に落っこちてエリート街道から外れたら途端にゴミクズ扱いして無視しやがって。
相手にする価値無し!?
僕にだって人権があるんだ!
誇りが有るんだ!
皆、嫌いだ!
お前ら全員ゴミクズだ!
大嫌いだ!」
意識が消えかかるキュルカーズの顔を何かがペロペロ舐める。
「止めろよくすぐったいよ。
何だこれ、何かが僕の顔を嘗め回しているのか?
……なんだろう、この感覚、覚えがある。
僕はこの感覚を覚えているぞ!?
なんだったっけ?
たしかまだ小学生の頃……」
キュルカーズは思い出した。
小学5年生の頃、運動会に母親が来た。
当時の彼は親に相手にされずに放置され続けていたので、とても嬉しかった。
キュルカーズははしゃぎ、徒競走では全力で頑張った。
3位だった。
ゴールした後、母親の顔を見てぎょっとした。
怒っているんじゃない、敵意を持って僕を呪い、見下している顔だった。
母親の隣では1位と2位の子、下賤な平民の母親が大喜びではしゃいでいた。
徒競走が終わって席に帰ると、ツカツカ歩み寄ってきた母親はキュルカーズに平手打ちをした。
そして一人、運動場を後にして僕を置いてけぼりにして執事が運転するリムジンで帰ってしまった。
キュルカーズは泣いた。
泣き続けながらトボトボと歩いて家に帰り、門をくぐった。
家の玄関のドアノブに手を掛けたが、怖くて開けられなかった。
キュルカーズは玄関の隣でしゃがみ込み泣き続けた。
ふと気が付くと、何かが執拗に顔をペロペロと舐めてきた。
見てみるとそれは家で飼っていたペットの犬、ベスだった。
キュルカーズは過去に怒ってベスを蹴飛ばした事もあった。
でもベスはひたすらキュルカーズに体を摺り寄せ、心配そうに見守りながらキュルカーズの顔を舐め続けていた。
何の利害関係の計算も無い思いやり。
本当の優しい愛。
「僕の糞みたいな人生に、そんな優しい愛なんて無かった。
……いや、あった。
僕にも過去に、それを受けた事が有ったんだ……」
キュルカーズは目を開ける。
そこにはベスが立っていた。