魔法銃士ルーサー、シルフィルドを脱出する
俺はミツールとサーキを再び城門の上に呼び、魔王軍と対峙させていた。
呼んだのは魔王軍の総司令官らしき両生類型亜人で魔王軍の攻撃は一時的に止まっている。
だが念の為、フィリップとエリックに二人を護衛させたまま、俺も尖塔の影に隠れて様子を伺う。
ミツールが俺を振り向いて小声で言った。
「ルーサーさん、一体何を話せばいいんですか?」
「そんなもの……適当に話を繋げて時間を稼げ。
町の人々がシルフィルドを出た後も、目的地までは列を作って逃げ続けているんだ。
時間はいくらあっても足りない。
限界まで稼げ。
いいな?」
そんな中、魔王軍の総司令官が先に大きな声でミツール達に呼びかけた。
「君達が異世界転移者だね?
まずは自己紹介からしようじゃないか。
僕はキュルカーズ、地球から転移してきた魔王軍側の異世界転移者です」
「僕はミツール、地球から来た異世界転移者だ」
「あたしがサーキだ」
「君かぁ、ミツールってのは。
木の大賢人タカーシにけもの〇レンズ2なんて出てないと嘘を教えたんだって?
嘘を言っちゃ駄目だよ。
僕はまずその事を話したくて君達を呼んだんだからね」
「……そうか、教えてしまったか」
「ついでにこのポータブルDVDプレイヤーで全話見せてあげましたよ?」
「なんて残酷な奴だ!
ひょっとしてタカーシさんは悪堕ちしてしまったんじゃないだろうな!?」
大賢人タカーシ様が悪堕ちだと!?
そう言えば魔王軍が出てきたのは大賢者の森。
異世界転移者の一人である大賢人タカーシは人々の信仰の拠り所の一つでもある。
それが魔王軍に寝返ってしまえば事は大事だ。
俺は焦燥感を覚えながらやり取りを見守る。
「残念だけどアンチだったよ。
まぁ反応は面白かったけどね。
地球の他のアンチ共から隔離されて、お互いの連携が一切無いのに反応が全く同じなんだから。
君達は見たことが有るかい?
君達の信仰する偉人の一人、木の大賢人が涙を……」
「黙れこの真フレがっ!
それ以上は言わせない!」
「木の大賢人が涙を流し……」
「黙れぇぇ――っ!
お前も女神エレーナがこっちに送り込んだのか!?
あの女神一体何を考えてやがるんだ!」
「二人共何の話をしてるんだ?
ウチには何が何だかさっぱり分からないんだが」
「そうか、女神エレーナ、君達はその女神に送られたんだね?
僕は違う。
送り込んだのはルシファー様だ。
この世界はルシファー様のような地獄の神々と、天界の神々の戦争の最前線。
この世界を堕とせと言われて来たよ」
「お前は魔王軍が何をやっているか見てるのか?
知っているのか?
自分が何に加担して何を起こそうとしているか分かっているのか?」
「理解してるかって?
見てるし聞いてるし十分に理解している。
生まれついて君達より遥か上位に君臨する僕に対して、正義や道理をかざして反抗する生意気な愚民に自分の愚かさを思い知らせてあげてるんだよ。
虐めたり、拷問したり、奴隷にしたり、目の前で殺し合わせたりしてね。
毎日が凄く楽しいよ?
こないだ捕獲した雌のエルフがどんな目に合ってるか教えてあげようか?」
「……そんな話はうんざりなんだよ。
聞きたくない。
僕はかわいそうなのは抜けない派なんだ!
そんな事より、お前はけもの〇レンズの一期は見たのか?」
「いまいちだね。やっぱり二期が最高だよ。
特にあの犬がボロボロにやられて放置されるシーンとか最高!
ぷぷっ」
「キュルカーズ、僕は半分くらいは君の事が理解出来る気がする。
君は自分以外の人間が、他人が全部嫌いなんだろう?」
「そんな事はないよ?
スゴーイスゴーイと煽ててくれる女の子は好きだし、僕の事をよいしょしてくれる下っ端には好感が持てるね」
「でも君は一期の何が良いか分からないんだろう?
最初は僕は君と似ていると思った。
でも決定的に違う所がある。
幸運にも僕は持っていて、大層身分が高いんであろう君は持っていない物が有る。
君はおそらく僕と違って元々強いんだろう?
腕っぷしも強くて頭も良くて、位も高くて運も良くて、お金もあるんだろう?」
「ま、君の武装とか君から漂うオーラを見る限りそうだろうね。
可哀相な雑魚転移者だこと!
ぷぷっ!
君も君を信望する人たちも哀れだねぇ~~」
「君は多分僕よりも強い。
だから嫌いな他人を全部叩き伏せて黙らせてきた。
だから学ぶ事が出来なかったんだ。
誰も教えてくれなかったんだ。
どんなに酷い事をして、人を虐めても、殺しても、誰も止めてくれなかったし教えてくれなかったんだ!
もう君の前にも後にも地獄しかない。
自分の気に障る相手を全て潰して自分が上に君臨するしかやる事がもう無いんだ!
だから優しい世界なんて理解出来ないんだ!
君は世界で一番哀れで可哀相な奴だ!」
「何だよ、結局お前もアンチかよ。
多少は見込みが有りそうかなと思ったけど間違いだったね」
キュルカーズは小声で隣の部下らしきオークに何かを囁いて話し始めた。
そして何人かのオークメイジが両手を広げ詠唱を始めている。
こいつはヤバイ予感がする。
何かミツールに仕掛けてくるはずだ。
俺は予め示し合わせたハンドサインを門の両側の尖塔に居る弓衛兵とミツール達に送る。
弓衛兵は急いで撤退を始め、フィリップは頷いて小声で呪文詠唱を始める。
だがミツールとサーキ、エリックはキュルカーズに気を取られてハンドサインに気が付いていない。
キュルカーズは小声での話し合いを終えた後、片手を上げた。
「グッバイ、雑魚勇者君!」
キュルカーズは上げた手をミツールの方へ倒す。
俺は素早くミツールの方へ駆け寄り、両脇にミツールとエリックを抱えて城門の内側へ飛び降りた。
「うわっ」
「ルーサーさん、何をっ」
「スキル・エンジェルランディング!」
俺は両足にマナを集中させ、二人を抱えての着地の衝撃を緩和する。
エンジェル・ランディングは硫黄の天使・降臨の前提スキルで数十メートルの高さから飛び降りても足を折ることなく静かな着地を可能にする。
フィリップも後ろからサーキを羽交い締めにして城門の後ろへと飛ぶ。
「ちょ、おっさん!」
「大丈夫です!
フローティングマジック!」
フィリップとサーキの体を風の渦巻きが包み、ゆっくりと地面に降下していった。
直後、城門の上はまるで小さな山に見えるほど巨大な炎に包まれた。
ゴオォォォォオ!
「皆南門まで走れ!
俺達が最後だ!」
「ルーサーさん、なんですあの化け物みたいな炎」
「軍隊の使う儀式魔法だ!
5~10人程の魔法使いが力を合わせて使役する。
密集した軍隊がまともに食らえば100人単位で焼け死ぬ。
魔法使いを含んだ軍隊同士の戦いでは常に互いに目を光らせて、対抗のアンチマジックを唱えて防ぐ。
まぁ辺境の魔導士キャロルは一人であの規模の魔法使うがな」
「バケモンですか!?
つーかルーサーさんそんなバケモンとパーティー組んでたんですか!?
……そりゃ見劣りして追放も……」
「うるさい!
お前だって自分でさっき言ってただろう?
弱いから分かる事も有るんだよ。
……ニヤニヤすんなっ!
走るぞ!」
俺達は南門まで走った。
***
南門のすぐわきで、ナオミは自分が連れてきた馬二頭に引かせた馬車を待機させていた。
御者の座席に座ったまま何度も後ろを振り返り、俺達の姿を見て手を振る。
「ルーサーさぁ――ん!
ミツールさん達も早く!
こっちですよぉ――!」
「皆早くあの馬車に乗り込め!
ダイヤ、念の為弓を装備してナオミの隣に座ってくれ!
道中に魔王軍と出くわす可能性は高いし逃げる町の人を救わなければならない!
俺とフィリップさんは馬車の最後尾に乗る。
追手が必ず来るはずだ!」
「分かりました」
「了解です」
乗り込んでいる最中、背後から激しい音が聞こえ、地面が揺れた。
ドッゴォ~~ン!
ガラガラガラ……
びっくりしたナオミが振り返る。
「何!? 地震!?」
「恐らく魔王軍のミノタウロスが北門に到着して城壁を破壊し始めたんだ!
内部が空っぽなのは奴らは知らない。
進入路を広げる為だな」
ダイヤは弓を構えてナオミの隣の御者の席に座り、他は全員馬車に入った。
それを確認してナオミが鞭を振る。
「全員乗りましたね!?」
「はい!」
「大丈夫だ、発進してくれ!」
「出発します!
ハイッ!」
ピシィ!
ヒヒ~~ン!
ヒヒ~~ン!
馬はいななき、馬車はシルフィルド南門から最高速で飛び出した。
しばらく走ってすぐにY字路に出る。
ナオミは馬車の窓から中を覗き込んで叫ぶ。
「ルーサーさん!
分かれ道です!
右はミルトン王国のノームピック。
左はグロリア王国のヘルムホール。
どっちに行けばいいでしょう!?」
「右だ!
左のグロリア王国の軍隊は統制が取れていてしっかりしてるから逃げる人々を守ってくれる。
ミルトン王国は怪しい」
「じゃ、じゃぁ左の方がいいいんじゃないですか!?」
「だからこそ右側を逃げる人々を助けなきゃならない!」