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魔法銃士ルーサー、第二防衛線の穴を見落とす

 俺はダイヤや衛兵達にT字路の左側への後退を指示した。


「これ以上は真正面を抑え続けるのは無理だ!

 左の通路まで後退してバリスタは2台に!

 残りは槍衛兵で密集して陣を組め!

 ダイヤ!

 その中で一番の槍の使い手はお前だ。

 彼らに実戦の中でレクチャーを!」

「分かりました!」


「ブラーディ様、ここは最も魔王軍の攻撃を激しく受ける場所です。

 ここを抜かれれば全て崩れます。

 ダイヤ達が槍衾やりぶすまで迎え撃ちますが内側に入られたら危ういです。

 どうかここの防衛をサポートしてやって頂けないでしょうか?」

「分かった。ワシがここは受け持とう」


「有難うございます。

 感謝いたします。

 ミツール、サーキ、エリック。

 右の第二防衛線では敵を倒しきれずに町に魔王軍が入り込むだろう!

 先回りして逃げ遅れた町の人が居れば逃がし、入って来た魔王軍を迎え討て!」

「はぁ……分かりましたよ……」

「任せろ!」

「ミツール殿、サーキ殿、町は込みいってて広いです。

 魔王軍が入ってくる前に人々を逃がす為にも手分けしましょう」


「三人とも頼んだぞ!

 俺も第二防衛線の仕上げを手伝ったらそちらへ向かう」


 三人は右の第二防衛線の外側の通りへ向けて走り去った。


 ***


 サーキはタンスの下敷きになって呻いていた老婆を背負い、逃げ遅れた人が居ないかさらに見回っていた。

 角を曲がると壺やら袋やらを山積みにした荷車を引くおっさんがノロノロと歩いている。


「おいおっさん!」

「な、何だね君は!?」


「すっとれーんだよ!

 そんなトロトロしてたら逃げ切れねぇだろうがよ!

 ほらっ!

 ほらっ!」


 ガシャーン

 ドシャァ


 サーキは次々と荷車から袋や壺を片手で持ち上げ、地面の隅っこに投げて捨てる。


「何てことするんだぁ!?

 私の大切な財産がぁぁ!」


 サーキは無視して開いたスペースに背負っていた老婆を載せ、座らせる」


「じゃ、頼んだぞ」

「無茶言うな!」


「何だ? まだ荷車が重いか?

 じゃぁこれとこれも……」

「わわわわ、分かったから止めてぇ!

 ったく、何でこんな事に」


「てめぇ、つべこべ言わずにとっとと走れ!

 ほらっ! 走れ!」

「痛っ、あいたっ!

 乱暴な奴だ、いてて」


 何度かおっさんの尻を蹴って追い立てながらサーキは荷車に載った老婆を見送った。


 ***


 ミツールは逃げ遅れが無いかチェックしながら通りを歩いていたが、とある家の傍で足を止めた。

 引き戸が閉まった家の中からガサガサと音が聞こえてくる。


「まったく、早くしろっての……」


 ミツールは引き戸を思い切り開けた。


 ガラララララッ!


「うわっ! 何よビックリするじゃない!」


 中に居たのは太ったおばさんである。

 タンスの中から貴金属類を集めて沢山の鞄に詰め込んでいる最中であった。


「おいおーい。

 オバハン、マジでヤバいんだから早く逃げなって!」

「オバハンって何よオバハンって!?」


「知らないよ? もう今すぐにでもここに魔王軍がなだれ込む。

 こんな2メートルくらいの筋肉質のオーク共だからオバハンは……」

「なっ、何ですってぇぇ!?

 どうしましょう!

 犯されてしまうわっ!」


「……犯されるかどうか知らないけどももう諦めて逃げな。

 もうこの通りで残ってるのはオバハンだけなんだから」

「ひぃぃぃ!」


 おばさんは諦めて鞄を両手に沢山持ち、玄関に出て靴を慌てて履き始めた。


「ところでもう他に人は居ないよね?」

「向こうの一つ隣の通りのアレンさん一家も見てあげて頂戴!

 蔵の奥にしまい込んだ財産を取り出すだけで大変だって言ってたわ!」


「一つ隣?」


 ミツールは持っていた町の地図を見て首を傾げる。


「そっち側に通りなんて無いよ?

 大きな防火用の遮蔽土手で塞がってるし」


 おばさんは靴に無理やり踵をねじ込みながらミツールの持つ地図を覗いた。


「あんたっ!

 古いわよこの地図。

 ここからこうやって一本大きな盛り土の土手が有ったのは3年前までの話よ。

 今は掘り返されて通りが出来てるわよ」

「まじですか!

 やべぇ第二防衛線に穴あるじゃん。

 侵入されてるかも……、とにかく今にもオークに斧で切られるかも知れないからすぐ逃げなよ。

 僕はその通りをみてくるからさ」


 ミツールは家を出ると、おばさんが示した一つ隣の通りへと走った。

 曲がり角を曲がってその風景を見て冷や汗を流す。

 既に6、7体のオークが第二防衛線を抜けて侵入しており、何かを取り囲んでいた。

 近くでは切り殺されて血の海の中に倒れた男の死体があり、運ぼうとしていた荷車が放置されている。

 ミツールはオークが何を取り囲んでいるのか確認する為に足音を殺して近寄り、荷車の影に隠れて覗き込む。


「ぐっへっへ、人間のガキってのは貧弱だぁ。

 良く生きてられるなぁ」

「おらっ、食らえ」


 何体ものオークが取り囲み、蹴飛ばしていたのは人間の子供、6歳くらいの男児である。


「ひぐっ……うっ……うっ……」


 子供と言えども泣き叫ぶのはあくまでも周囲に居るのが人間で、泣き叫んだら助けてくれると本能で察知して行う行為である。

 同情心も道徳心も持たない魔物であるオークに囲まれた男児は絶望して痛みに耐えて呻くのみ。

 既に右手の小さな指が2本ほど、有り得ない方向へ曲がっていた。

 オークに何度もいびられて折れているのである。

 男児は男児にあるまじき虚ろな目で立ち上がり、前へと歩こうとするがその足取りは異常に重い。

 足にけがをしているわけでは無い。

 真に絶望が支配する中では、人は歩く力すら失ってしまうのである。


「グヘヘ、どうした? 手が痛いのか?

 指が痛いか?」

「グヘヘヘヘヘ、魔王軍兵士はこれが楽しくて仕方がねぇ」

「おいガキ、俺がこの斧で治療してやるから右手を上に上げろ。

 切り落としやすいようにな」

「ひっ……ひっ……」


「上げろって言ってるだろぅがぁっ!?」

「右腕を上げろこらぁ。先に頭をかち割られてぇかぁっ!?」


 ドガッ!

 ドガッ!


 再び2、3体のオークが男児を蹴り始めた。


「ひっ……ひっ……、ゴホッ……うっ……ガホッ……」


 男児は何度も自分も何倍もある巨体のオークに蹴られてよろけながら、固く目を閉じて、全身を硬直させながらゆっくりと震える右腕を、指の折れた小さな右手を上げた。

 オークの内の一体が、にやけながら男児の手を凝視し、手斧を振りかぶる。


「そぉら、まずは右腕を落とすぞぉ!!」

「ゲハハハハ!」


 シュバンッ!


 右腕が空中に飛んだ。

 男児の指の折れた小さな手ではなく、筋肉質で緑で手斧を握ったままの大きな手がである。

 

「ギィヤアアァァァ――!」


 肘から下を失った右腕を抑えて叫ぶオークの隣にミツールが居た。

 振り下ろした両手剣は、既に次の行動に向けて回転し、加速を始めている。


「誰だぁぁ!」

「人間だ! 剣を持ってやがる!

 ぶち殺せぇぇ!」


 タタッ シュバンッ!


「グワァァァ、俺のっ、俺の手首があぁぁぁ!」

「取り囲めぇぇ……ゴポッ……」


 オーク兵が取り囲むよりも早く移動して包囲網を抜けながら、すれ違いざまにミツールはオークの喉を両手剣で切り裂いた。

 相手は今朝まで狩っていたオオネズミとは比べ物にならない程の巨体で、鋭利な武器を持つ複数の強敵。

 だがミツールは恐れを感じるよりも前に、全身の血液が沸騰するような衝動を覚えて一心不乱に動いていた。

 もう十分頑張ったから、多少の犠牲は仕方が無い。

 その多少の犠牲がどんなものか、頭の悪いミツールは実際に目にするまで想像が出来ていなかった。

 だが目で見た以上ははっきりと理解したのである。

 オーク達の間を右へ左へとすり抜けながら切り刻み、気付けば全員を倒していた。


「有難う、お兄ちゃん。……うっ、ひぐっ…」


 安堵もつかの間、受け止めきれない多くの痛みで男児は泣き始める。

 そんな中、エリックがこの通りを見つけたのか、曲がり角から現れて走り寄って来た。


「こんな所に通路が有るなんて! 大変だルーサーさんに知らせないと!

 あっ、ミツール殿!」

「エリック、この子にヒールをしてやってくれ。

 右手の指を怪我している。

 ひょっとすれば肋骨も何本かやられているかも知れない」


 エリックは男児の元に駆け寄ってしゃがみ、手を当てて体の状態を見る。


「これは酷い。

 大丈夫かい坊や。大丈夫すぐに痛みは取れるし元通り走れるようになる」


 エリックが治癒の魔法を男児に掛けている間、ミツールはその子の父親であろう死体、その死体が引いていたであろう荷車を覗き込み、中をかき回す。

 そして男児が持てる限界であろう重量の中で一番価値のありそうな、宝石類が詰まった宝石箱を3、4個取って袋に詰める。

 それを男児に手渡した。


「それを持って町の南門に向かって走って逃げろ。

 今は緊急事態、他の事は考えずに全力で走れ。

 まだ町の人々が逃げようと列を作っているだろうからそこに合流するんだ」

「そうだよ、早くお逃げ」

「ひっぐ……、ひっぐ……」


「早く!」


 気付けば別のオーク兵5、6体がこちらへ走って来るのが見えた。

 ミツールは両手剣を構え、そのオーク兵達に向かっていく。

 エリックもそれに気付き、ミツールのサポートの為に走ってついていく。

 男児は途中何度か心配そうに振り返りながらも、ミツールに渡された袋を抱えて走り去った。

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