魔法銃士ルーサー、運悪くブラッディ・マリーとヴェスパー・ザ・ヴォイドに遭遇する
俺達はゴブリンを倒しまくり、敵が対策を取り切る前にシルフィルド北門から脱出した。
そして今度は東回りに移動し、途中で隊の足を止める。
「これよりしばらく二手に分かれる。
サーキ隊の内、ミツールのパーティーに所属する者とミナと俺で下水に東から潜入する。
そしてシルフィルド東公園の下水階段から出てドラグウォーカーがいる柵の中に毒餌をばら撒く。
他の物はミルトン王国軍本体に急行し、破城槌を借りて来て北東の老朽化した城壁を穴が開く一歩手前までダメージを与えておいてくれ」
「了解!
我々は一時的に本隊に戻ります!
ルーサー殿! サーキ殿! 異世界転移者のパーティーメンバーの方々!
お気をつけて!
ご武運をお祈りしております!」
「貴方達も気を付けて下さい」
軽騎兵達は素早く立ち去った。
俺達は近くの石造りの小屋の裏側で馬を降り、ギギギときしむ重い扉を開いた。
「罠が張られている危険性もある。
俺が先頭を行くから皆ついて来るんだ」
「分かったぜ」
「了解、ルーサーさん」
「フィリップさん、皆に暗視魔法を掛けられます?」
「任せてください。
私もここ数日でレベルアップしたのか、マナが結構増えましたからね。
……虚空の狭間に住まう光の精霊よ、我がマナをと祈りを対価に、指し示す先のヒューマンに集い、加護を与え給え。
求むるは漆黒の闇を……」
フィリップはメンバー全員に暗視魔法を掛けた。
「よし、では行くぞ」
俺は細心の注意を払いながら石の階段を下りて下水道へとゆっくりと進む。
途中にはワイヤートラップ、トラバサミも仕掛けてあった。
「ここにトラバサミ、その先にワイヤートラップもある。
皆慎重に通るんだぞ」
サーキやダイヤが慎重にそれらの罠を跨ぎ、エリックが続いてトラバサミを跨ぐ。
だがうっかり距離を見誤ってワイヤーに足が触れた。
ビィィ――ン!
「あっ…………、あれ? 大丈夫ですね?」
「動くなよエリック」
俺はワイヤーに接続され、柱の陰に隠されたクロスボウ射出トラップに近寄り、じっくりと観察した。
対動物の簡素な罠と違い、対人間のワイヤートラップは複雑な機構で解除困難にする為の二重の罠まで付いていたが、丁寧に要所のみが削られ、切断されていた。
つまりワイヤーに触れても連動せず、無効化されていたのである。
トラバサミも同様、例えトリガーを踏み抜いても金属片が阻害となり閉じない様になっていた。
「これは一流のプロが解除しているな。
恐らく偵察に潜ったグランドマスタ―シーフがサービスでやってくれたんだろう」
「解除してるんですか?
でも何故それなら回りくどい細工をしているんでしょうか?」
「二流のプロはトラップを普通に解除してしまう。
だがそれでは侵入者が居た事を仕掛けた者に教えてしまうんだ。
そして再び罠を設置しなおされてしまう。
より用心深く、巧妙にな。
だが一流のプロは見た目では分からない状態で、トラップを解除し無効化する。
そうすれば侵入に気付かれなくて敵は警戒せず、仕掛け直される事も無い」
「シーフって犯罪者と同じような連中って印象が有ったけど違うのね」
「まぁでも正直あんまり親密にはなりたくないですけどね」
「なんだかんだ言っても裏の世界の人達だから、近寄らない方がいいですよ」
「一流のシーフは職人並の技術と誇り、そして強い信念を持っている者が多い。
まぁそれだけ強い自制心と心が有るからこそ道を極める事が出来るんだけどな」
「そういや地元のスリの婆さんもやたらプライド高かったなぁ。警察に捕まった事より技が衰えた事を嘆いてたっけか……」
「まぁ残された稼働する罠が無いとも限らない。
次からは気を付けるんだぞエリック」
「すいません。
もう少し慎重に動きます」
俺達は下水の本流にまで出た。
慎重にシルフィルドの町に向かう通路を進む。
「それにしてもフィリップのおっさんって結構有能だよな。
ここんところ目茶苦茶活躍してるじゃねーか」
「そうですよねぇ。
マジシャンの色んな技を駆使して活躍しまくりですよ」
「いやいやいや、私なんてまだまだ未熟者ですよ。
世の中もっと凄いエリートの方がいっぱいいますからね」
「魔法使いって凄いわよねぇ。
色んな事出来るし」
ジャラ……
ジャラジャラ……
遠くでかすかに金属の鎖が下水の石畳を擦るような音が聞こえた。
鎖の音を聞いて俺は途轍もなく嫌な予感を感じ、サーキ達に口を閉じさせる。
「シッ……、緊急事態かも知れん。
全員激しい戦闘になるかもしれないから戦いの準備を!
ミナ、こんな場所に居るとは思わなかったが例のアサシンかも知れん。
全力でいくぞ、そうしなきゃ開幕で手足や首が飛びかねん」
俺の横に立つミナは両腰のホルスターからリボルバー式魔法銃を取り出した。
そして両手に持った魔法銃を前方に向けて構える。
「スキル・ガンナートランス・イージス!」
目に見えない魔力の結界がミナを中心に広がり、パーティーを覆う。
俺もエイジド・ラブとデス・オーメンを構え、サーキは木刀、ダイヤはレイピア、エリックはモーニングスターと盾を構える。
フィリップは毒化呪文を詠唱し始めた。
「冥界の枯野にすむデスアダーよ、我が指にその猛毒の力を魔力に変えて宿せ」
「おっさん、なんでチマチマした毒呪文なんて唱えてるんだよ」
「わわわわ、私はこういう決闘じみた戦いは初めてなんですが、こういう時は毒を使うのがセオリーだと聞きますので」
「フィリップさん、慣れてない人が生兵法で戦っても先は見えている。
それより石の壁の呪文はだせますか?」
「はい、今すぐ詠唱します」
「俺達は撤退するがその時に無防備な背を攻撃されるのが一番危険だ。
慌てふためいて居れば相手のペースにはまる。
相手の姿を確認したら石の壁を出して俺達と敵の間を分断してくれ」
「わわわ分かりました」
ジャラララ……ジャラララ……
鎖の音は明らかにこちらに近づいている。
そしてもう少しで下水の曲がり角から相手が顔を出す、その寸前で足音は一瞬止まった。
しばらくの静寂の後、大柄な身長2メートルくらいの前髪ぱっつんおかっぱの女が角からジャンプして飛び出した。
最低限のビキニアーマーで胸は丸出し、口が耳まで裂けたような入れ墨を顔に施し、ギラつきながらも冷静に獲物を狙う殺意の籠った目で俺達を見る。
片手では鎖を握っており、鎖は角の奥に伸びている。
「うおぉ――らっ!」
大女は鎖を引っ張って振り回し、俺達の方へスウィングをしようとする。
「ストーン・ウォール!」
とっさにフィリップが石の壁を出現させてその大女の姿を俺達から隠した。
ジャラララ、ジャリジャリジャリ!
石の壁の横から、首に鎖を繋げられたダークエルフの女が振り回されて空中を飛びながら飛び出す。
両手にはカニのハサミのように並列な二本の刃が付いたカタールを装着しており、先頭の俺、中衛のダイヤを超えて最後尾のフィリップさんの方に直接円軌道を描きながら急接近する。
「ひぃぃぃ!」
「バレット・バリア!」
ミナがダークエルフの女に背を向けたまま肩の後ろに魔法で導かれるように銃を持つ手を移動させ、狙撃した。
ダァン! パァン! パァ――ン!
魔力を帯びた弾丸はダークエルフの女に命中と同時に衝撃波を発生させ、後ろへ吹っ飛ばしてフィリップさんから引き離す。
だがダークエルフの女も只では下がらず、地面に着地するよりも早く両手で印を組み、フィリップに魔法発動を行った。
「サイレンス!」
「ンムムムムッ!」
フィリップさんの魔法が封じられた!
だが俺も後ろに構っている余裕が無い。
石の壁の上に飛び上がった大女が天井に逆さまになってへばりついている。
そしてギョロリとした視線を俺やサーキに投げかけた。
パ――ン! パァン!
俺が銃撃するが、それより常に一瞬早いタイミングで壁や床に飛び移ってこちらに接近する。
「ブラッディ・マリーとヴェスパー・ザ・ヴォイドだ!
一対一で戦おうと思うな!
常に皆でかばい合って連携しながら動き続けろ!
集中するんだ!」
とんでもない事態になった。
正直今のサーキやダイヤやエリックではまともにやり合える相手じゃない。
「遅延爆発」
大女のブラッディ・マリーはサーキに魔法を発動した。
サーキの腹部に魔力が凝縮されて赤く発光し始める。
そしてマリーはサーキに向かって大きくジャンプして蹴りを繰り出す。
空中でマリーのふくらはぎを割きながら体内に仕込んだブレードが飛び出してサーキに狙いを定める。
「エリック!
今すぐサーキを最速でヒールしろ!
スキル・天球迎撃!」
ドガガガガガッ!
ガキンッ、ガキンッ、ガキィ
マリーは空中で俺に何度もスキル攻撃を受けて軌道がずれ、最後には天井際の壁に貼り付いて弾丸で体を小刻みに揺らす。
ボゴンッ
「ぐはぁ――!」
「聖なる力よ、不浄なる力を浄化し、この者の血と肉を癒し給え、治癒!」
腹部にダメージを受けたサーキをすかさずエリックが癒す。
もしここにマリーの追撃が命中していればやられていたかも知れない。
で、俺の銃は二丁ともリロードが必要になった訳だが……。
ドサッ
天井際の壁から地面に落ちたマリーは素早く何かの葉を取り出して口に入れた。
受けた銃撃の傷が一瞬でみるみる回復していく。
流石はアサシンの頂点、微塵の希望も与えてくれない。
リロードの時間が欲しい!
「ミナ!」
「……」
ミナは言わずとも状況を察し、片手の銃でダークエルフのヴェスパーに威嚇攻撃を続けながら、片手でマリーにもノールックで銃撃を行う。
カチャ、カチャ
リロード完了。