第10話「あぁ、まだ子供だな……」
前方に我が家が見えてきた。なんらいつもと変わらぬ家のはずだが、少し大きく寂しく感じた。
玄関に到着し、扉を開ける。心臓が細かく波打ち、変な緊張が走る。——母ちゃんになんて言おう。悲しむよな。
玄関を開け、すぐ正面に見えるアクアの背中。いつも通り鼻歌を奏でながら料理を作っている。
「あら、マオ! おかえりなさい。ちょうど良かった!今ご飯できたのよ」
「母ちゃん……」
強張っていた緊張がほぐれる。魔法やスキルではない、母という存在がこの安心感を作り出している。
「あら、スイルとソイルは? 一緒じゃなかったの?——」
そう、アクアが尋ねるときには一筋の涙が頬を伝っていた。一度、流れたが最後、次々にこぼれ落ちる。
緊張や衝撃で塞ぎ込んでいた、涙が制御できないほどに噴き出す。異常な反応なはずなのに、アクアは驚きもせずに何か悟ったように見つめていた。
担いでいたソイルを家の中へと担ぎ入れる。それを見たアクアは状況を察したのかポロポロと涙した。
「ごめん……母ちゃん……俺、俺‼︎——」
そんな謝罪を遮るように「おかえりなさい……マオ……!」とアクアはマオを抱きしめる。アクアの体温は、心地よい暖かさであった。復讐心に囚われ冷え切った心を、ゆっくり溶かすような。
アクアは、マオの涙が枯れるまで抱きしめてくれた。何も語る事なく、落ち着くまでゆっくりと。
そして、アクアに全て話すことにした。勇者によって石化したソイルのこと。そして、攫われたスイルのことを。
「子どもたちを守ってくれてありがとう。頑張ったね、ソイル」
アクアは石化したソイルの頬を撫でる。微笑み、優しく撫でるその手つきからは、敬意と愛を感じた。
しかし、理解ができない。——なんで、泣かないんだ? 帰ってきたのは、唯一、血の繋がりのない子供なのになんで……
「母ちゃん、ごめん……。俺、俺……守れなかった……俺だけのうのうと帰ってきて、血の繋がりのない——」
「バカなこと言わないで! 血の繋がりがなんなのよ! 誰がなんと言おうとマオは私の子。無事に帰ってきた、それだけで幸せよ……」
アクアの言葉で、再び枯れた涙に潤いが戻る。目が赤く腫れ上がり擦る肌が痛い。自身の存在を肯定してくれる得体の知れない存在。——これが家族。そうなんだよな。
「母ちゃん……俺、旅に出るよ。勇者を探す旅。スイルを取り返してくる!」
「——私も行くわ!」とアクアが言うのは分かっていたので、マオは咄嗟にこう切り返した。
「母ちゃんは家にいて!」
「でも、マオ1人で行くなんて——」
「母ちゃんは家を守ってて! スイルと俺が帰る大事な家を。俺なら大丈夫だから!」
マオは、天高く親指を突き伸ばして見せた。根拠も自信もないただの意思表示。それを見たアクアはクスッと笑い、
「もう、まるでソイルみたいね……それじゃあ、先にご飯を食べましょう!」
「え、でも……」
「いっぱい作ったから、ほらっ! 食べていきなさい!」
アクアは、いつも通りテーブルに料理を並べる。もりもりの野菜と肉の丸焼き。目玉焼きにパンと今になって、バランス良く栄養が取れるように作られていることを知る。そんな、細かい気遣いすらも『幸せ』と一括りにしていたことを後悔する。
4人掛けのテーブルのいつも通りの席に座る。右隣にいるはずのスイルも正面に見えていたソイルもいない。寂しさが胸を侵食していく。
「いただきます……」
しっかりと手を合わせ、今までの幸せを噛み締めるように食べ始める。口の中で広がる新鮮な野菜や塩がしっかり聞いた肉は美味しい。美味しいのだが、何か物足りない。
「もう、そんなに急がなくても料理は逃げないわよ。もう……」
マオは、次々と料理を口に運ぶ。——「何か足りない。何か足りない。」と、いつもの味が戻るのを願い頬張る。しかし、マオはわかっていた。足りないのは調味料でも料理の量でもなく、美味しさを分かち合う家族なのだと。
「ごちそうさまでした……」
しっかりと手を合わせ、食材にそして、家族に感謝した。スイルやソイルの分まで、胃袋に蓄える。残った食材がアクアの心を蝕まないように。
「はい、お粗末さまでした。スイルとソイルの分も食べちゃって……もう……」
アクアは微笑み頭を撫でる。その手の温もりは『愛しさ』を纏っていた。
食事を終え、旅の支度を始めた。スイルを取り返し、ソイルの仇を取る長い旅。
旅なんて初めてだから何を準備すればいいか分からないので、とりあえず着替えを入れることにした。
「マオ、これを持っていきなさい」
そう言い、アクアが差し出したのはカーキ色の布と分厚い手帳、そして、丸められ麻紐で括られた紙。薄汚れた布とボロボロの手帳は、几帳面なアクアには似合わない。アクアのモノではないのだろう。
とりあえず、マオは受け取り手始めに布から広げることにした。
「なに、これ……?」
「これはね、ソイルが勇者との冒険に旅立つ時に、無事に帰ってくることを願って作った『マント』なの……ちょっとボロボロだけどね……」
手に持つ『マント』は蜂の巣のように穴が空いており、一部分が焦げたように黒ずんでいる。その様はソイルと冒険を共にした、歴史が刻まれているようであった。過酷な旅だったのだと、視覚で理解できる。
ソイルを無事にカイの村へと帰還した実績のあるマント。そのご利益を分けてもらうかのように、バサッと大きく背中へ誘導する。そして、胸元に掛かるブローチを留める。
「あら、ピッタリじゃない! 似合ってるわよ!」
「母ちゃん、ありがとう!」
ソイルの過酷な冒険によって、短くなったマントは、マオのちょうど膝裏まで伸びていた。まるで、マオが着ることを分かっていたかのように。
次に、ボロボロな手帳を手に取る。マントのように汚れていることから、ソイルが勇者との冒険で持っていたものだろう。表紙には、『ソイル冒険譚』と記載されていた。
「これは……なに?」
「これはね、ソイルが勇者との冒険の時に毎日つけていた日記だよ! もしかしたら役に立つかもって思って……」
「えぇ、役に立つかなぁ?——」
ソイルが意外にもマメであることに、少し驚いたがパラパラとページを捲る。しかも、達筆な字。ゴーストライターすら疑っている間に、旅は後半に差し掛かる。ふと、目に入ったある文字。
「『魔王の刀』……」
「ん?どうしたの、マオ」
そのページには、魔王討伐後、残された『魔王の刀』について記されていた。
——『魔王の刀』は強大な力が故に、支配者を邪悪な心へと染めてしまうらしい。そのために、俺たちは「魔王の刀」を魔王の城へと封印した。
と言った内容。しかし、『魔王の刀』は勇者が持っていた。ソイルの弱点『石化』を得るために。——魔王の城と勇者、何か関係があるのかもしれないと、唯一の手がかりを頼りに推測を立てる。勇者の居場所が分からない以上、手当たり次第に探すしかない。
「母ちゃん、魔王の城の場所って知ってる……?」
「そんなの知らないわよ……あ! でも、ノルディさんなら知ってるかもしれないわ!」
「ノルディさん……⁉︎」
「あら、知ってるの? ノルディさんはソイルと同じ勇者パーティーだった1人よ。名前は確か……ノルディ・ウィリアム!」
10歳の頃の記憶が蘇る。真夜中、我が家を訪ねてきたフードの男は、ソイルと同じ勇者パーティーの1人だったのか。その時のソイルとノルディの会話を思い出してみる。
『ロルド』というノルディの親友が勇者ルクスによって殺されたと言う話。親友が殺されたのだから、ノルディもまたマオと同じように、大切な人物を勇者によって失っている。つまり、勇者を追っているはず。
もしかしたらと思い、『ソイル冒険譚』をパラパラと捲る。「ノルディ、ノルディ、ノルディ……」と、まるで、辞書を引くように目を皿にして探した。
一周して再度、旅の冒頭——表紙から1ページ開くと、ようやくその言葉に出会った。
——『アルビオン』の時計台にてノルディ・ウィリアムと名乗る男と出会う。いきなり『謎解き』というものを出されたがさっぱり意味が分からなかった。
と記してあった。
マオは徐に、麻紐を解きそれに巻かれた紙を広げる。そこには、緑や青、そして黒い文字で塗りたくられた、この世界の輪郭が描かれていた。
アクアがマオに手渡したのは、アクアが縫った『マント』と『ソイル冒険譚』そして、この世界の『地図』であったのだ。
指で地図をなぞり、『アルビオン』の文字を探す。
「——あった!!」
ついに、見つけた『アルビオン』。その場所は、偶然にも『カイの村』から1番近い国の名前であった。ここに、ノルディがいるはず。勇者の居場所は分からずとも唯一の手がかりである、魔王の城の場所なら分かるはず。
そして、マオはあることに気がつく。『ソイル冒険譚』。それは、勇者との冒険の記録。つまり、マオが数百時間かけて成し遂げた魔王を倒すまでの道のりそのものであると。
しかし、ストーリーを流していたマオには、地名も
勇者パーティーの名前すらも曖昧。つまり、肝心な『魔王の城』の場所すらも分からない。スキル演出やレベルアップに取り憑かれたツケが回ってきたのだ。
『ソイル冒険譚』の最終地点は『魔王の城』。そこに辿り着くには、もう一度、冒険を1からやり直す必要があるのだ。
『魔王の城』に勇者がいるのかさえ分からない、途方もない旅であることは分かっている。しかし、心が折れるはずもなかった。勇者を殺し大切な家族を取り戻す。その使命は、それほどまでに固く心に結びついていたのだ。
「母ちゃん、探してみるよノルディ・ウィリアム。そんで、スイルを取り戻す!」
「——マオ……気をつけるんだよ! 困ったらいつでも帰っておいで、この家は私が守るから!」
「うん! ありがとう! 母ちゃん‼︎」
マオは勢いよく『ソイル冒険譚』を閉じ、地図を麻布で縛る。そして、着替えを入れた、麻布で作られたベージュのカバンを手に持ち、玄関へ向かう。
玄関の前へ到着すると、後ろで鼻を啜る音が聞こえる。アクアが泣いているのだろう。しかし、マオは振り返らない。唯一残った、家族という幸せに甘えてしまうから。奪われた幸せを取り返すまでは、突き進むしかないのだ。
——もう諦めない。
そう誓い、ドアを勢いよく開ける。吹き抜ける風は、マントを大きく靡かせた。
ここから一歩出ると、冒険が始まってしまう。いつまで続くか分からない、途方もない冒険。
心臓が脈打つのが分かる。それは、恐怖や希望では無く、ソイルからの鼓舞に感じた。アクアのマントが背中を優しく温める。——父ちゃん、母ちゃん……。
「いってきます‼︎」
マオは、大きく一歩踏み出す。——「絶対スイルを連れて帰る!」と言わんばかりに拳を天高く突き伸ばして見せた。
「いってらっしゃい……!」
アクアの祈るような声。
——あぁ、まだ子供だな……。
それを聞いた時には、涙が頬を伝っていた。
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