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プロローグ「勇者を殺してくれますか?」

「あぁ、終わっちゃった……」


 モニター画面には、魔王の胸元へ剣を突き刺す勇者の姿。それは、この画面の中の世界に、平和をもたらしたことを意味する。

 しかし、それを成し遂げた男——野久須 真央(やくす まお)は絶望していた。


「俺の休日の楽しみがまたひとつ消えちまった……。ありがとう……『デーモンズクエスト』」


 休日の活動時間、全てをRPGに捧げた真央にとってラスボスを倒すことは、何時間もかけて積み上げた積み木を自身の手で破壊することと同義であった。


 画面は無慈悲にもエンドロールへと切り替わる。まるで冒険の終わりを告げるように流れていた。

 何千回と見送ってきたエンドロール。初めの数回は、そこで明かされる主人公達のアフターストーリーを見て、楽しめてはいたが、ストーリーを流し見ている今はただ、苦痛でしかない。


「もう、6時か……会社に行く準備しないとな……」


 閉じ切ったカーテンから、光が溢れていた。目の奥が熱く、口の中が渇いている。

 ゲーミングチェアにもたれかかり眉間をつまむとじんわりと筋肉が解けていくのが分かる。

 2日間ぶっ通しで冒険に出かけていたんだ。久しぶりに動かす現実の身体はまるで鉛のように重たい。


 現在、会社員2年目の20歳。下っ端社員が遅刻なんて、許されるはずがない。恐ろしいほど怒られるに決まっている。そんな恐怖というムチを身体に打ち付け、無理やり動かすことにした。

 

 まずは、腹ごしらえと向かった先はリビング。2日間何も食べていないからか、胃がキリキリと痛む。

 しかし、料理という趣味は持ち合わせていない。なるべく、活動のためのエネルギーチャージは素早く簡単に済ませたいたちだ。

 その証拠に、キッチンの上の棚には山積みのカップ麺。味はなんでもいい。初めに手に触れたカップ麺を手に取り、蓋を開ける。


 やかんに水を汲み、コンロの火をつけた。水が沸騰するまでの虚の時間を埋めるようにテレビを起動する。流れる若い女性の声。機械的に淡々と話す声はニュースの醍醐味だ。


「続いてのニュースです。現在、全国で原因不明の行方不明事件が相次いでいます。

警察によりますと、ここ数日だけでも失踪者は数十人にのぼり——」

 

 テレビ画面には、次々と切り替わる失踪者の写真。


「なお、現時点で事件性は確認されていませんが、警察が共通点を調べたところ、失踪者の多くが直前まで、あるゲーム(・・・)をプレイしていた可能性があることが分かりました」


「ゲーム中に行方不明って、転生でもしたのかよ……」


 嘲笑混じりのツッコミを吐き、寂しさを紛らわせる。それを察したようにやかんはグツグツと音を立てた。やかんの蓋を開け沸騰したのを確認すると、コンロの火を止める。


「俺も転生とかしてみたいなぁ……」

 

 サンタに願うように、今求めている刺激を音として空中に散布させながら、カップ麺に熱湯を垂れ流す。湯気と共に立ち込める化学的な匂い。安いカップ麺特有の匂いだ。


 しかし、真央には関係ない。

 食を楽しむという概念を教わっていないからだ。なんせ、生まれつき家族がいない。物心ついた頃には、保護施設にいたので両親の顔すら拝んだことがない。

 孤独を極めたものが行き着いた先がRPGと言う非現実的な世界だったのだ。


 太ももあたりにある、キッチンの引き出しを開け割り箸を取り出す。そして、雑に袋を破り、割り箸を咥える。

 質素な栄養を手に持ち、再びゲーム部屋へと向かった。


 モニター画面には未だ流れているエンドロール。電源をぶち切ってもいいのだが、流石に忍びないので麺を啜り待つことにした。

 口の中に流れ込む熱湯と細長い物体。食の楽しみを教わっていない真央の辞書に「美味い」やら「不味い」やらの言葉は存在しなかった。


 最後の一本を啜り終えた頃、エンドロールが終わりモニター画面が真っ黒に切り替わる。

 間抜けな顔で眺めている男が反射し映っていた。髪はボサボサで顔は痩けている。離れた目、低い鼻。コンプレックスの塊が映っていた。


「約1か月ほどでしたが、ありがとうございました……『デーモンズクエスト』」


 片手で合掌を取りながら、ゲーム機の電源ボタンへ指を伸ばす。1か月という短い付き合いだったが、何百時間も連れ添ってきたんだ。別れるのは少し心苦しい。

 そんな、女々しい思いが身体を鈍らせていると、突如真っ暗であった画面が切り替わる。

 

———


勇者によって魔王は倒され、世界に平和が訪れた


———


「な、なんだ? 最後の語りってやつか?」


 最後の語り。そんなものは腐るほど見てきた。しかし、どうしても見てしまう。数百時間積み上げてきたモノの結末は、その目に収めたい。

 電源ボタンへ向かった指はピタリと動きを止め、吸い込まれるように画面を見ていた。そして、切り替わる画面。


———


勇者を殺してくれますか?


▶︎はい

 いいえ


———


「————」


 声が出なかった。

 

——勇者を殺す。


 本来結び付くはずのない文字に一瞬、目を疑う。何度か目を擦るが、視力は正常。

 ふと時間を確認する。


「6時33分か……」


 出勤までまだ、30分ほどは猶予がある。本気で支度すれば、10分……いや、5分で済む。つまり、少なくとも20分は自由時間。そんな、謎計算の答えが出た時には、指はコントローラーの○ボタンを押していた。


 選んだのは、『はい』。この文が言うには、勇者を殺すことに同意したらしい。つまり、何百時間もかけて育成した、勇者を今度は殺すストーリーが始まる。

 しかし、スキルや戦闘描写に取り憑かれた真央には、さほど抵抗はなかった。


 ——RPGが続く。


 それだけで、心臓は脈打ち、身体の体温は上がる。最悪会社を休んでもいい。そんな選択肢すら浮かび上がる。

 しかし、真央はあることに気がついた。家計を逼迫させる重大なことに。


「やべぇ!リビングのテレビ消してなか——」


 振り向いた時には、視界が目まぐるしく周り、頭からモニターへ記憶を抜かれるような感覚に陥る。

 そして、視界を埋め尽くす暗闇。


 ——誰も居なくなった部屋


 ただ、つけっぱなしのニュースの音だけが部屋中を駆け巡る。


「失踪者の多くが直前までしていたゲーム。その名は『デーモンズクエスト』」

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。


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