第13話「卒業、そして対等な二人」
卒業式の朝、空は抜けるように青かった。
出会ったあの日、屋上で見た空と同じ色。けれど、その下で息をする俺たちは、もうあの頃の俺たちではなかった。
式典は淡々と進んだ。
俺は卒業生代表として答辞を読んだ。壇上から見る景色は、以前は恐怖の対象でしかなかったが、今は愛おしくすら感じられる。
最後列でふんぞり返っている蓮と目が合い、俺は微かに微笑んだ。あいつもニヤリと笑い返す。
式が終わり、教室に戻ると、最後のアットホームルーム。
担任が感極まって泣き出し、クラスメイトたちも別れを惜しんで写真を撮り合っている。
俺の周りにも、いつものように人が集まってきたが、以前のような依存的な空気はない。
「月代くん、東京行っても頑張ってね!」
「応援してるよ」
純粋なエール。俺が仮面を外し、等身大の自分を見せるようになってから、周囲との関係も少しずつ変わっていったのだ。
そして、喧騒が一段落した頃、俺は教室を抜け出した。
向かう先は決まっている。
屋上だ。
錆びついた鉄の扉を開けると、そこには案の定、彼がいた。
フェンスに背を預け、風に髪をなびかせている桐島蓮。
「遅えよ、優等生」
「ごめん、先生に捕まってて」
俺は蓮の隣に並んだ。
ここから見える街の景色は、何も変わっていないようで、全てが変わっていた。
「……一年、早かったな」
「うん。本当に」
沈黙が落ちる。でも、それは心地よい沈黙だ。
蓮がポケットをごそごそと探り、何かを取り出した。
第二ボタンだ。学ランの、金色のボタン。
「やるよ」
ぶっきらぼうに差し出されたそれを、俺は両手で受け取った。
「……いいの? モテるのに、他の子にあげなくて」
「バーカ。俺のボタンをもらう権利があるのは、世界でお前一人だけだ」
蓮の言葉に、胸がきゅっと締め付けられる。
「ありがとう。一生、大事にする」
俺はボタンを握りしめ、そして自分のブレザーの第二ボタンを引きちぎった。
「はい。僕のも、もらってくれますか?」
蓮は目を丸くしたが、すぐに破顔した。
「おう。交換だな」
お互いのボタンを交換し合う。古臭い儀式かもしれないけれど、俺たちにとっては神聖な誓いのようだった。
蓮が俺の手を引き、抱き寄せた。
シダーウッドの香りと、金木犀の香り。
二つの匂いが混ざり合い、春の風に溶けていく。
「凪。卒業おめでとう」
「蓮くんも、おめでとう」
俺たちはキスをした。
今までで一番長く、深いキス。
これからは離れて暮らすことになる。不安がないわけではない。でも、俺たちには積み重ねてきた信頼と、共有した痛みと、そして「魔除け」という最強のお守りがある。
「待ってろよ。俺、絶対すげえ料理人になって、お前を迎えに行くから」
「うん。僕も、蓮くんを支えられるような男になる」
アルファとオメガという枠組みを超えて。
守る者と守られる者という関係を超えて。
俺たちは、対等なパートナーとして、新しい季節へと歩き出す。
フェンスの向こうに広がる空は、どこまでも続いていた。
俺たちの未来のように。
手を繋ぎ、屋上を後にする。
扉が閉まる音は、物語の終わりではなく、新しい章の始まりを告げる合図だった。




