第12話「運命への抵抗」
勘当同然で家を飛び出した俺を、蓮の両親は驚くほどあっさりと受け入れてくれた。
「まあ、蓮が友達を連れてくるなんて珍しい! ご飯食べてく?」
定食屋を営むご両親は豪快で温かく、俺の事情を深く詮索することなく、「しばらくウチにいればいい」と言ってくれた。二階の蓮の部屋に布団を並べて寝る生活が始まった。
しかし、現実は甘くない。
受験シーズン本番。俺は進路について重大な決断を迫られていた。
以前の俺なら、父の望むままに地元の国立大学へ進み、公務員や大企業を目指していただろう。だが、今は違う。
「俺、調理師の専門学校に行こうと思う」
蓮がある夜、布団の中でポツリと言った。
「実家の店継ぎたいんだ。もっと修行して、自分なりの味を作りたい」
その目は未来を見据えて輝いていた。
じゃあ、俺は?
俺は何がしたいんだろう。
勉強は好きだ。数字を扱うのも得意だ。でも、それは誰かの期待に応えるためのツールでしかなかった。
俺は、蓮の隣に立つにふさわしい自分になりたい。依存するのではなく、対等に支え合えるパートナーに。
「僕は……経済学部を受けます。東京の」
俺は言った。
「将来、経営の勉強をして、いつか蓮くんが店を持つ時、経営面でサポートできるようになりたいから」
それは初めて、自分の意志で選んだ道だった。
蓮が驚いた顔をする。
「東京か……遠くなるな」
「うん。でも、週末には帰ってくるし、今はビデオ通話だってある」
「……浮気すんなよ。東京のアルファは洒落た奴が多いらしいからな」
蓮が拗ねたように言って、俺を抱き寄せる。
「するわけないでしょ。僕の『運命』はここにいるのに」
俺は蓮の胸に顔を埋めた。
運命への抵抗。それは、オメガとしての宿命に抗うことではなく、与えられたレールから外れて、自分たちの手で運命を切り拓くことだ。
センター試験の日。
蓮はお手製のお守りと、特製カツサンドを持たせてくれた。
「勝つ、だからな」
「ベタすぎない?」
「うるせえ。気持ちの問題だ」
駅の改札で手を振る蓮の姿を見ながら、俺は強く誓った。
絶対に合格する。そして、胸を張って帰ってくる。
試験会場の空気は張り詰めていたが、俺の心は不思議と落ち着いていた。ポケットに入れた「魔除け」の缶バッジを指でなぞる。
問題用紙に向かう俺の脳裏には、父の顔も、イジメっ子たちの嘲笑も浮かばない。
あるのは、エプロン姿でシチューを煮込む蓮の背中と、未来への希望だけだった。
筆が走る。
解ける。分かる。
これが、誰のためでもない、自分のための戦いなのだと実感するたび、思考は研ぎ澄まされていった。
合格発表の日。
掲示板に自分の番号を見つけた時、俺は真っ先にスマートフォンを取り出した。
震える指で通話ボタンを押す。
「もしもし、蓮くん?」
『おう、どうだった』
「……受かった。受かったよ!」
『っしゃあ! でかした!』
電話の向こうで、蓮が誰よりも喜んでくれているのが分かる。
涙が滲んで視界が歪む。
これで、俺は自分の足で立てる。
オメガだから守られる存在じゃない。一人の人間として、愛する人の隣に立つ資格を手に入れたんだ。
春一番が吹いた。
冷たい風の中にも、確かな花の匂いが混じっていた。




