第11話「断罪と告白」
季節は冬へと足を進め、吐く息が白くなる頃。
事態は急展開を迎えた。
イジメの主犯格だった彼らの悪事が、ついに明るみに出たのだ。きっかけは些細なことだった。彼らが俺以外の生徒にも同じようなことをしていた現場を、生活指導の教師が目撃したのだ。
芋づる式に余罪が発覚し、彼らは停学処分となった。俺へのイジメについては、俺自身が詳細な証言を拒んだため、あやふやなまま処理されかけたが、蓮が生徒指導室に乗り込んで証拠の写真――あの時、彼らが落としたスマートフォンからデータを抜き出していたらしい――を突きつけたことで、決定的な処分が下された。
蓮は俺に「俺は根に持つタイプだからな」と言っていた通りのことを実行したわけだ。
こうして、学園内での脅威は去った。
しかし、俺にはまだ、最後にして最大の壁が残されていた。
家族だ。
ある日曜日の夜、俺は実家のリビングで父と対峙していた。
重厚な革張りのソファに座る父は、冷ややかな目で俺を見下ろしている。テーブルの上には、俺の模擬試験の結果と、そしてなぜか、蓮と一緒に写っている文化祭の写真が置かれていた。
「成績は維持しているようだが……この男はなんだ?」
父の声に感情の色はない。ただ、事実を確認するだけの事務的な響きだ。
「不良と付き合っているという噂は聞いていたが、まさか本当だったとはな。オメガであることを隠すために優秀であれと言ってきたはずだが、これでは本末転倒だ」
父にとって、俺は「月代家の優秀な息子」というアクセサリーでしかない。オメガであるという疵を、学歴や品行方正さで塗り隠さなければ価値がないと考えている。
「……彼は、友達です」
俺は膝の上で拳を握りしめて言った。
「友達? アルファの不良とか? 笑わせるな。お前のような出来損ないのオメガが、そんな男と関わって何になる。今すぐ関係を切れ。卒業までは外出も禁止する」
一方的な命令。これまでなら、俺は「はい」と答えていただろう。そうやって心を殺して生きてきたから。
でも、今の俺には「魔除け」がついている。心の中に、あのシチューの温かさが残っている。
「嫌です」
はっきりと、俺は言った。
父の眉がピクリと動く。
「何だと?」
「桐島くんとの関係は切りません。彼は僕を救ってくれた。僕を一人の人間として見てくれた。お父さんなんかより、ずっと僕のことを分かってくれています」
言ってしまった。長年溜め込んでいた澱を吐き出した瞬間だった。
「貴様……誰のおかげでここまで育ったと思っている!」
父が激昂して立ち上がり、手を振り上げた。
俺は目を閉じて衝撃に備えた。
だが、痛みは来なかった。
「おいおい、日曜の夜に怒鳴り声たてんじゃねえよ。近所迷惑だろ」
聞き覚えのある、不敵な声。
目を開けると、リビングの入り口に蓮が立っていた。なぜここに? 鍵は閉まっていたはずだ。
「蓮くん!?」
「よう。お前の顔色が悪いから気になって来てみれば、やっぱりか」
蓮は土足のまま……ではない、ちゃんとスリッパを履いているが、堂々とリビングに入ってきた。
「き、貴様、誰だ! 不法侵入で警察を……」
「呼べよ。そしたら俺も洗いざらいぶちまけるぞ。あんたが息子にどんな精神的虐待をしてきたか、世間に公表してやる」
蓮は父の前まで歩み寄り、一歩も引かずに睨み返した。身長は蓮の方が高い。その威圧感に、父がたじろぐ。
「月代はあんたの人形じゃねえ。自分の意志を持った人間だ。オメガだからって見下すな。こいつの強さを一番知らないのは、あんただよ」
蓮は俺の方を向き、手を差し出した。
「行くぞ、凪」
その手は、あの雨の日と同じように力強かった。
俺は迷わず、その手を取った。
「待て! 出て行ったら、もう二度と敷居はまたがせんぞ!」
父の怒号を背に、俺たちは家を飛び出した。
冬の夜空には満天の星。
寒いはずなのに、繋いだ手から伝わる体温で、全身が熱かった。
公園のベンチまで走って、ようやく足を止めた。
白い息を弾ませながら、二人で顔を見合わせて笑った。
「やっちゃったな……勘当されちゃった」
「おう。俺ん家に来ればいい。部屋狭くなるけどな」
蓮があっけらかんと言う。
そして、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「凪」
「……ん?」
「好きだ」
直球すぎる告白に、時が止まった。
「お前がオメガだからとか、そんな理屈はどうでもいい。俺は月代凪っていう、強がりで泣き虫な優等生に惚れたんだ」
蓮の手が、俺の頬を包む。
「俺と、番になってくれねえか。……将来的にな」
最後の一言がヘタレっぽくて、俺は涙が溢れるのを止められなかった。
「……はい。僕も、蓮くんが好きです。大好きです」
俺たちは星空の下、初めてのキスをした。
それはレモンのように酸っぱく、そしてシチューのように温かい味がした。
断罪の夜は、祝福の夜へと変わった。




