3話 双子の王子の過去とシーベル殿下の事情
早朝、喫茶店ルーエにて。
開店にはまだ早い時間、エリアナはお店の中でシシュリー殿下を迎える準備を始めていた。
「オーナ、早すぎません?」
欠伸をしながら二階から降りて来たのはフェリクスだった。
フェリクスは王都で生活をする時に、なぜかルーエで寝泊まりしている。
そして、度々エリアナがお店に早く来て準備を始めるとオーナ呼びをし、眠りを妨げたとジト目を向けてくる。
(お店での寝泊まりの許可は出していないのだけれど……。まぁ、フェリクスの我儘は今に始まったわけではないし)
「はぁー。従業員を開店前から私用に使う訳には行かないでしょう?それに自分でやる方が早いから」
エリアナは一階から二階へとバタバタ動き回り忙しく動き回る。
二階の特別室を今日は開放する。
この部屋は高位貴族、特に四大公爵家の夫人達が主に使っている。
「ところで、フェリクスは何しに来たの?子爵領で修行中じゃなかった?」
部屋を整えながらフェリクスに話しかけた。
扉を背もたれにしながら忙しなく動き回るエリアナを、フェリクスは(良く働くなぁー)と、ぼんやりと眺めていた。
「あぁ、今日はレイナルさんがジールマン侯爵家に用事で戻ったからついてきんだ」
「じゃあ、ジールマン侯爵家に行きなさいよね」
「エリアナお手製のケーキを食べたらな」
それだけ言うと、フェリクスは手をひらひらさせながら出て行った。
「何しに来たのやら」
フェリクスの事は忘れて、シシュリー殿下を迎える準備に取り掛かる。
部屋の準備が終わる頃、セドリックがラビと黒竜を連れて部屋に入ってきた。
「高価な置物は撤去したのですか?」
セドリックは部屋の装飾が無くなった事に不思議そうにしながらエリアナに問いかける。
「セドとシシュリー殿下が喧嘩し始めたら壊れちゃうから、撤去したの」
エリアナの一言にセドリックは言葉を詰まらせた。
「黒竜とラビをあっちの籠に座らせてくれる?」
エリアナが用意したのは籐で作られたランタンハンギングチェア。
ゆらゆら揺れる籐の籠をラビも黒竜も気に入ったようだ。
「これは貴族に売れそうですね……」
揺れる籠を眺めながら呟くセドリックに、商会から売ろうか考え中だと伝える。
ラビと黒竜が楽しむ姿を見て、販売を検討しようかと話し合いをしているとシシュリー殿下の到着が知らされた。
裏口に出迎えに行くと、質素なドレス姿のシシュリー殿下が待っていた。
「足をお運び頂き感謝致します」
エリアナはシシュリー殿下に礼をとる。
「エリアナ様に呼ばれるならば、何処にでも向かいますわ」
シシュリー殿下が笑顔でエリアナへと手を伸ばすが、護衛のミラールがシシュリー殿下の首根っこを掴むとグイッと後ろに引いた。
「ミラール!何をする!」
無礼を働くミラールを叱責するシシュリー殿下だが、ミラールから返された言葉に黙るしかなかった。
「竜人王から「エリアナ嬢に手を出した際は無理矢理にでも引き離すように」との命を受けております。手癖の悪い殿下を何としても止めよと。私の指示に従わないようなら、強制的に帰国させよ。とも命を受けております」
ニッコリ微笑むミラールからの圧は、どうされますか?と、シシュリー殿下へと問うている。
シシュリー殿下はグッと唸ると、渋々ミラールに従いエリアナから距離を置いた。
「お部屋へ案内します」
エリアナとセドリックが前を歩き二階の特別室へと入る。
部屋を見渡すと、籐の籠に入ってゆらゆら揺らしながら遊ぶラビと黒竜が視界に入った。
シシュリー殿下もミラールも、二頭の可愛らしさにメロメロ状態のようだ。
シシュリー殿下は可愛い!と黒竜の側に駆け寄るがミラールは少し距離を置きながらも黒竜を眺めていた。
「殿下とミラール殿もお掛けください」
セドリックの言葉にテーブルについた。
従業員達にはシシュリー殿下の事は伝えていないので、エリアナとセドリックが給仕をする。
紅茶を出しエリアナとセドリックはシシュリー殿下の対面に腰を下ろした。
「エリアナ様からの招待は仲良くなるためではないのでしょう?何を聞きたいのですか?」
シシュリー殿下が紅茶を口にするとエリアナへと問いかけた。
「シシュリー殿下はアルーン国で起きたスタンピードに黒竜が関わっている情報は知っていますか?」
シシュリー殿下は紅茶を置く。
「これでも冒険者ギルドのギルマスなの。スタンピードに参戦はしなくとも、情報は逐一報告されている」
エリアナはシシュリー殿下の返事に頷くと、詳細を話し始める。
「黒竜は魔導具をつけられ強制的に魔力放出させられていました」
シシュリー殿下はエリアナの話に頷く。
「魔導具をつけた主犯がシーベル殿下の可能性が高いのです。その事も聞いていますが?そして、スヴァルト王国にそのシーベル殿下が留学されている事も知っていますか?」
シシュリー殿下がミラールへと視線を向けた。
「シシュリー殿下は何も聞かされておりません。陛下が話をしようと呼び出された時には既にスヴァルト王国へ向かっていたのですから」
シシュリー殿下は居心地悪そうに紅茶へと手を伸ばし黙りとなった。
ミラールが竜人王とエリアナの謁見の会話をシシュリー殿下に全て伝えた。
「シーベルがシークの緑竜様を奪ったと?しかも、黒竜様に手を出したと……」
シシュリー殿下は両腕を組むと目を閉じ、何やら考えているようだ。
エリアナもセドリックもシシュリー殿下の言葉を待った。
「一つ黒竜様に聞きたい事があるのだ。その答えでシーベルの思惑が少しは分かるやもしれん」
【答えれる事であれば答える】
黒竜は籠から出てくると、エリアナの膝の上に座りシシュリー殿下と向かい合った。
「昔、アスティー辺境伯のダンジョンでリリアーヌ女辺境伯に魔石を渡されたと竜人国にも噂が流れています。それは事実でしょうか。そして、その魔石は黒竜様の魔石でしょうか?」
シシュリー殿下の質問の意味はさっぱり理解出来ない。
エリアナはチラリとセドリックに視線を向けるが、セドリックもエリアナに視線を向けていた。
(セドも解らないなんて)
【あの魔石は我の魔石ではない。ただの魔力珠だ。本物の魔石ならば、我は死んでおる。ダンジョンでは倒されたならばドロップ品を出さねばならん。リリアーヌがまた最下層に来るための餌として魔力珠を出しただけだ】
「からくりは理解しました。シーベルにとって魔石でも魔力珠でも、黒竜様の魔力がある物ならどちらでも良かったのでしょうね」
【あやつの狙いは我の魔石なのだな。ならば、我はあやつを生かしておくわけにはいかぬ】
「待ったー!」
エリアナの声に驚いた黒竜は顔を上げエリアナをじっと見上げる。
「話の内容が理解出来ないの。黒竜の魔石とか魔石珠とか、黒竜が死ぬとか……話が見えないわ」
エリアナは黒竜が死ぬとか聞きたくない。黒竜を抱き上げ、ギュッと強く抱きしめた。
「人族は竜の事を知らぬのだったな」
シシュリー殿下が竜について説明を始めた。
「竜を倒せば魔石が残る。そう人族は聞いているはず。それは事実だが、魔石を残すのは上位種の竜のみだ。竜全てが死んだ時に魔石を残していたら、どの国も強大な力を得てしまう。下位の竜は魔石を残さずに消滅していく。
だから、リリアーヌ女辺境伯が黒竜の魔石を得たと聞いた時に黒竜様は本当に亡くなったのか?と、話題になったのだ」
(え?魔石って上位種の竜からしか出ないの?どの物語にも普通に大きな魔石が出て、冒険者達はドラゴンキラーとか称号を与えられたりしていたけど……この世界では違うのね。竜の魔石は物語よりも遥かに希少な物なのね)
エリアナは前世の物語を思い出し竜について認識の違いを考えていた。
「魔力珠は黒竜が魔石の代わりになる物として作った。黒竜の魔力が欲しくて、それをシーベル殿下が狙っていると言うことよね。黒竜に魔導具をつけて魔力を放出させたのも、黒竜を殺して魔石を手に入れるため。よね……」
エリアナは考えを纏めながら考えを口にするが、黒竜の死を願うシーベル殿下に腹が立った。
「シーベルとシーク。あの双子は先祖返りだからな」
「え?先祖返りって、膨大な魔力持ちとかじゃないの?シーベル殿下もシーク殿下も魔力は人族並のようだけど……」
エリアナは双子殿下の魔力量を思い出し、首を傾げている。
「先祖返りは先祖返りでも、人族の先祖返りだ。竜人国の初代は白竜様と人族の番様だ。だから。正しく弟達二人は人族の番様の先祖返りだ」
「なるほど……」
「シーベルは黒竜の魔力を欲している。我々は白竜様を祖としているから、竜の魔力を受け取りやすい。魔力の少ないシーベルは上位種の竜の魔力を取り込もうとしているのだろう」
「なんとなく流れは理解出来ました。スヴァルト王国の持つ魔力珠が狙われていると考えるべきですね」
「そう考えてよいだろう」
シシュリー殿下がシーベル殿下の狙いが黒竜の魔力である事を教えてくれた。
「魔力の話はわかりましたが、シーベル殿下がリアに精神や魅了の魔法を使ったのはなぜです?アーノルド殿下にかければ、魔力珠は狙いやすくなります。リアを狙う意味が理解出来ない」
セドリックは納得いかないようで、渋い顔をしている。
「単純に考えれば、エリアナ様を手に入れたいからだろうな」
「はい?」
エリアナが間抜けな返事をすると同時に、セドリックの魔力が爆ぜた。
「リアを狙うだと?あいつは消そう」
セドリックは立ち上がると、部屋から出ていこうとする。
「セド!駄目よ!」
セドリックの上着を握りしめ必死に引き止める。
「シーベルがエリアナ様を好きだからなのか、魔力量に目をつけたからかは解らない。これから何をしてくるかも解らない。手を出し消してしまうと後々困るぞ?」
シシュリー殿下は最もな言葉を口にした。
「まともな事が言えるのですね」
セドリックの嫌味にシシュリー殿下が苦笑いを浮かべる。
「シーベルもシークも私の弟だ。王族でありながら冷遇される身。庇いたくもなるさ」
ポツリと呟いたシシュリー殿下の本音の言葉に、エリアナだけでなくセドリックまでも驚いていた。
「冷遇とは?竜人国は王族をとても尊ぶと聞いているが?」
セドリックはエリアナの手を引き席へと戻る。
「王族が尊ばれるのは、白竜様の血を受け継ぎ膨大な魔力を持って産まれるからだ。魔力も少なくては、尊ばれぬ。
だが竜人王も王妃も魔力関係なく双子を護ってくれている。だがな、魔力が全ての力だと考える竜人は多くいる。魔力量で人を量る中で生きていれば、シーベルも魔力量に固執するだろう。シークは寝込んでいるから不躾な視線に晒される事は少ない。だが、シーベルはな……」
シシュリー殿下が溜め息を吐く。
(蔑まれる視線の中で生きて来たのね……シーベル殿下は)
エリアナがシーベルを哀れと思った事に気がついたのか、セドリックがエリアナとシシュリーに強く否定する言葉を言い放つ。
「だから何だと言うのです。蔑まれたから、馬鹿にされたからと黒竜を狙い、スタンピードを起こさせ沢山の民を痛めつけても良い理由になるとでも?
黒竜を死に追いやって良いとでも?
シーベル殿下が動けば沢山の人々が傷付くのですよ?
それを解った上でもなお、可哀想だと同情するのですか?」
セドリックの言葉にエリアナもシシュリーもハッとなる。
「そうね。ごめんなさい……シーベル殿下の生い立ちは可哀想かもしれないけど、だからと言って関係ない人を巻き込んで良い事にはならないわよね」
エリアナはセドリックにペコリと頭を下げた。次に黒竜にも。
「黒竜もごめんね」
【我は気にしておらん。エリアナが悲しまなくて良い】
黒竜はパタパタと飛ぶと、エリアナの顔の前に浮かぶ。
【どんな理由があろうと、上位種の竜に手を出す事は許されぬ。それは変わらぬ】
(シーベル殿下を黒竜は許すつもりはないのね)
【緑竜も無理に従わせておるなら尚更だ】
「他者を哀れと気持ちを寄せるリアの優しさは間違いとは思いません。ですが、誰彼構わず気持ちを寄せるのは、少々不愉快です。それに、被害を受けた方からしてみれば理不尽としか言えませんから」
エリアナとシシュリーはセドリックの話を聞き、深く反省し落ち込んでいた。
「とりあえず、シーベル殿下の狙いは分かりましたので、アーノルド殿下に伝えておきます。黒竜の魔力珠?でしたか、その珠の置かれた場所は我々には秘匿とされていて王族と一部の人しか知らされていませんから。魔力珠を奪われてしまえば、シーベル殿下がスヴァルト王国を支配するべく動き出す可能性もあります。戦いは避けなければなりませんから」
「黒竜の魔力絡みで戦争になるかもしれないなんて」
エリアナは自分が発した言葉に違和感を覚えた。
黒竜の魔力。国同士の戦争。上位種の竜達。
エリアナの中でモヤモヤする何かが湧き上がってきた。
何度も反復しながら記憶を探すも、見つけられない……。
しかめっ面のエリアナをセドリックが気遣うと、エリアナは記憶を探す事を止めた。
(思い出していない何かがあるのかもしれない……)
前世の記憶は全て思い出したわけではないかもしれない。
エリアナはそう判断した。
「シーベル殿下はシシュリー殿下がこの国に滞在している事を知りません。シシュリー殿下に会うとシーベル殿下を刺激しかねないので、シシュリー殿下には身分を隠して姿を変えてもらった方が良いかと」
今まで黙って成り行きを見ていたミラールから、そう提案された。
「ならば、冒険者として過ごすとしよう!」
シシュリー殿下が明暗だと言わんばかりに提案してきた。
「あ、エルランドさんね……」
エリアナの囁きはセドリックにしか聞こえていなかった。
「エルランドさんにシシュリー殿下を任せましょうか」
セドリックがエリアナの耳元で囁くと、それが一番シシュリー殿下が大人しくしているかも?と、エルランドに丸投げする事にしようと、二人で話が決まった。
(いつも私に丸投げするんだから、今回は丸投げ仕返してやるわ!)
エリアナはシシュリー殿下を丸投げ出来るとご機嫌になり、午後には冒険者ギルドに足を運ぶ事に予定を変更した。




