65話 エリアナを怒らせてしまいました
ダリル殿下とキャシーを残し、夕食後にエルランドさんのテントに集合する事で別れた。
エリアナはセドリック達が待つテントに戻る前にエルランドに相談しようと考えた。
エルランドがいる高ランクのテントの周りには沢山の冒険者が集まっていた。
宴会中である。
エリアナは強面の冒険者達の間をすり抜け、エルランドのいるテントに向かう。
「エリアナです。エルランドさんはいらっしゃいますか?」
「エリアナか?入れ」
許可する声はエルランドだった。
エリアナはそっと天幕をあげ中に入ると、アルーン国のギルマスであるフィーナと、魔力感知をしたアードもいた。
「どうした?」
「明日の第二王子の事で相談があったのですが……」
二人に話して良いものか、エリアナは思案する。
エルランドもそれに気が付いた。
「この二人なら大丈夫だ。第二王子と聖女を嫌っているからな」
え?っと、驚いた顔でエリアナは二人に視線を向けた。
「あのアホ二人は悪い意味で有名だからな」
フィーナが苦笑いで答えてくれた。
隣でアードもフードの下でコクコクと頷いている。
エルランドに座るように促され、エルランドの隣に座る。
「まだ内密ですが、キャシー様とダリル殿下が婚約されます。リリアーヌ様も許可されました」
エルランドはキョトンとしたが、フィーナは大爆笑をし始めた。
笑う意味が解らず、エリアナはフィーナを不思議そうにじっと見つめた。
「すまなかった。婚約がおかしかったのではない。聖女が悔しがるだろう姿を想像するとね……フフッ」
フィーナは目尻に涙を浮かべながら、息を整える。
「だが、一つ質問をしたい」
と、急にフィーナは真剣な表情をエリアナに向けた。
「婚約は偽装か?それとも、本物か?」
フィーナの真剣な眼差しにエリアナは姿勢を正し正直に答えた。
「殿下や側近の方との話し合いで、最初は明日王子達をギャフンと言わせるための偽装の婚約をする話になったのです。それをキャシー様にお話をしたところ、キャシー様は本気で殿下と婚約し婿入りさせる決意をなさいました。
殿下とキャシー様は二人でリリアーヌ様に許可を取りに行ったのですが、即了承を得ました」
「あのキャシーがね……。まぁ、正義感は人一倍強いが、それだけで婿を決める事はないから。大丈夫だろう」
「リリアーヌ様も同じ事をおっしゃいました」
「私達はキャシー嬢を知らないが、エルランドが言うなら大丈夫な人なのだろう」
「言ってなかったな。アスティー辺境伯に婿入りしたのは兄のルーベンだ。キャシーは姪になる」
「そうか。身内のエルランドが言うなら大丈夫な人物なのだろう。ダリル殿下は幸せになって貰いたいからな」
アードも隣でコクコク頷いている。
「ダリル殿下はそんなに酷い扱いを受けていたのですか?」
エリアナは何となくではあるが、冷遇されていた事は理解している。
「そうだな……。王宮ではダリル殿下と第三王子の宮はない。王宮の一角に部屋を用意されてはいるが、待遇が良いとは言えない。王妃の子である第二王子と第一王女には宮はある。
アルーン国の王族は各々宮を持つ事で一人前とされる。
そして、ダリル殿下の執務と公務は異常に多い。第二王子と王妃の執務と公務を押し付けられているのは有名な話だ。
それに他国からの侵略の戦場の総責任者に指名されるのも殿下だ。今回もな……」
(胸が痛い……)
本来王太子殿下の命は優先される。普通ならば第二王子が総責任者になるはず。
死んでくれと言ってるようなものだ……。
「ダリル殿下は優しいお人柄。孤児院の炊き出しにも自ら立たれる。民衆の人気は一番高い」
ダリル殿下の話でしんみりな空気になる。
「で?聖女がなぜダリル殿下の婚約を悔しがるんだ?」
エルランドが疑問を口にした。
「聖女はな、ダリル殿下を好いている。対外的には第二王子に言い寄っている振りはしてはいるし、婚約者候補だが本命はダリル殿下だ。
夜会や式典で粉をかけているのを何度も目にしている。
男性は気付きにくいが、女性はたいてい気が付く。あれは強かな女だ。聖女と持て囃される意味が解らん」
フィーナは渋い顔をしながら聖女について語っている。
「浄化は出来るが、癒しは出来ぬ。ただ、浄化が出来る冒険者達より少し優れているくらい。容姿も心根も聖女と呼ぶにはほど遠い。清らかさもなく浄化もほどほど……」
フィーナが口にするにつれ、エルランドとアードの視線もエリアナに集まる。
エリアナは首を傾げ、不思議そうに三人を見る。
「エリアナ様はあの大きな魔石の浄化をされました。その後も倒れる事なく過ごされています。エリアナ様、浄化の後魔力の減りはどれくらいでしたか?体調が悪くなる事はありましたか?」
アードが食い気味でエリアナに問いかける。
「魔力の減りはほとんどありませんし、体調も変わりなく普通ですが……」
「そうですか……」
アードは何やら考え込んでいるが、エリアナの言葉を聞いたフィーナが頬を赤らめ潤んだ瞳でエリアナを見つめ始めた。
「エリアナ様の浄化の腕は聖女など足元にも及ばないほどなのですね。素晴らしいです。しかも容姿も大変美しい……」
エリアナにじりじり近付いてくるフィーナに恐怖を感じたエリアナは、視線でエルランドに助けを求めた。
「フィーナ!エリアナに近付くな!」
エルランドが立ち上がると、フィーナの首根っこを掴みエリアナから遠ざけるためにポイっと後ろに放り投げた。
「エリアナ、あいつから誘われてもついて行くなよ?!食われるからな」
エルランドの小さく囁いた言葉を理解をすると、エリアナは顔が引き攣りそうになる。
(食われるって……そう言う事よね)
フィーナはエルランドの後ろからエリアナにヒラヒラと手を振る。
「明日来る聖女は黒竜の浄化をするつもりだったのだろう?浄化も何も聖女とはいえ普通の力量の者がどうやって黒竜を浄化するつもりだったんだ?」
エルランドが聖女の実力を知り、疑問を口にした。
「その事だけど……」
アードが言うには。
黒竜に付けられていた魔道具には「鍵穴」があったらしい。
鍵穴の確認を後で行いたい。と、エルランドに頼んでいたのだった。
鍵で魔道具を解除し、浄化をした体で聖女が浄化を行った事にする手筈だった可能性がある。
第二王子と聖女がダリル殿下を王太子の地位から蹴落とすつもりなのではないか。
今回第二王子の護衛に冒険者が数人置かれているが、魔力で映像を映せるスキルを持つ者である。
明日、王宮とこの地は映像に寄って繋がる可能性が高く王宮には陛下と王妃様に重鎮が揃っているはず。
アードが第二王子の側に忍ばせている配下からの報告を精査すると、この答えになる。
「マジか……スタンピードを悪用したりアルーン国は最悪だな」
エルランドが大きくため息を吐いた。
「エリアナ様にお願いがあるのです。この黒い魔石を浄化してみてもらえませんか?」
アードが自分が討伐した魔物の魔石を出した。
大きな魔石ばかり……。アードはS級の魔物を討伐していた。
エリアナは魔石に触れ、浄化をかけてみる。
一瞬で緑の魔石に変わった。
次々と魔石を手に取り浄化をかける。
魔石はどんどん色を付け地面に置かれていく。
いとも簡単にやってのけるエリアナに、エルランドもフィーナもアードもポカーンとしている。
「終わりましたよ」
「あ!は、はい。魔力の減りは?」
「んー?無いわね」
「一切?体調も悪くないと?」
「ええ」
アードがエリアナの両手をギュッと握る。
「明日、聖女の前で冒険者達の黒い魔石を浄化して下さい!
黒竜がいない今、黒竜を浄化したのがエリアナ様だと証明出来る唯一の手段なのです。
きっと聖女達は黒竜を浄化したエリアナ様を認めないはずです。ですから、先に聖女に浄化をさせます。数個は浄化出来るかも?しれませんが、大量の魔石の浄化は無理です。エリアナ様が皆の前で浄化をして下さい!」
「アード!良い作戦じゃない!私もアルーン国のギルマスとして、エリアナ様の援護をするわ」
と、エリアナをフィーナは横から抱き込んだ。
(大きい胸にわずかに香る甘い香水の匂い……。色気が凄すぎるのよ!)
エリアナはアードに両手を握られ、フィーナに横から逃げられないくらい強い力で抱き込まれている。
「スタンピードの浄化を一人で行ったのだから、エリアナをSSランクにあげよう。SSランクなら、他国に対して強く出れるからな」
(何を言い出すんですかっ!Sランクすら嫌だったのに、SSランクなんてもっと嫌っ!!)
エリアナが断ろうと口を開いた瞬間、テントの周りから大勢の人の絶叫が響き渡った。
何事かとテントの入口に視線をやると、布を押し上げ何かが勢い良く入ってきた。
エリアナに何かが飛んで来たので、動けないエリアナは咄嗟にギュッと目を閉じた。
痛みはどこにもない…。
ただ、エリアナの顔に何かが張り付いた事だけは理解した。
アードの手を無理矢理外し、顔に張り付くものをベリッと剥ぎ取った。
「黒竜……」
『キュッキューン』
垂れ目に潤んだ瞳でエリアナを見上げる表情は、寂しかったと訴えていた。
「うっ!可愛い!」
エリアナは黒竜をギュッと抱きしめ、黒竜の小さな体に顔を埋めた。
硬い鱗の上にはふわふわな羽毛が生えている。
「目が覚めたのね……良かった。助けられなかったかと不安だったのよ……」
エリアナは震える声で黒竜に伝える。
黒竜も小さな両手をめいっぱい広げて、エリアナに抱きついていた。
「黒竜が目覚めたなら、明日の聖女達に見せる?見せない?私は黒竜を使って聖女達を脅したら良いと考えるけど」
「それよりも、エリアナ様の守護竜にするのもありですが、小さ過ぎますね。従魔にしたとか?エリアナ様が黒竜を従える方が箔が付きます」
フィーナとアードが黒竜を使って明日の事で言い合いを始めた。
と、同時に黒竜を追ってきたセドリックや殿下の側近がテントに入って来た。
「リア!ここにいましたか。黒竜はリアを探していたのですね」
と、話しながらもエリアナの側に来るとエリアナを抱きしめた。
エリアナがセドリックを抱き返そうと手を伸ばしたその時。
「リア?なぜ知らない香水の匂いがするのですか?」
セドリックの嫉妬の視線を受け、エリアナのイライラが爆発する。
「うるさい……」
エリアナがポツリと呟いた。
「リア?」
「うるさいのよ!何なのよ!」
エリアナはジロリと全員を睨みつけた。
全員エリアナの睨みにピシリと固まった。
「私の容姿を貸せだの、浄化をしろだの。黒竜をテイム?しないわよ!黒竜は自由にさせるわ。魔道具を付けられ人間にいいように使われたのよ?なのにテイムする?あり得ない。ダリル殿下には幸せになって貰いたいわよ?でも、あれもこれも全部私任せってどうなの?それに、セドリック様?」
個人的に名前を呼ばれたセドリックがビクリと肩を揺らした。
「香水はフィーナ様が抱きついてきたのでついたのてす。浮気を疑ったのですか?私にそんな暇があると?浮気女だと言いたいのですか?」
エリアナの厳しい口調にセドリックは肩を落として、
「すみませんでした」
エリアナに謝罪をした。
「私はテントに帰ります。暫く一人にして下さい。明日の事は私抜きで話し合って下さい。私に役目があればそれに従いますので」
黒竜を抱きエリアナがスッと立ち上がる。
セドリックがエリアナに手を伸ばすが、プイっと顔を反らした。
エリアナからは僅かではあるが冷たい魔力が漏れていた。
怒っている……。
全員がきちんと認識をした。
「私は放棄する訳ではありません。きちんと話が纏ったならば聞きます」
エリアナはテントを勢い良く捲り上げ、出て行った。
普段怒らないエリアナを怒らせてしまい、エルランドとセドリックは落ち込んでしまった。
「エリアナの言う通りだな。話を纏めてからエリアナには話そう」
テントでは話し合いが進むも、全てエリアナが主役として出てもらわなければならない……。
エリアナの役割を減らすため、暫く話し合いは続いた。




