舞台裏
『これでよかったのかね?』
私が目を通して下界を見ていたら、あの男――もしかしたら女かもしれない――が声をかけてきた。
「構わない。これが私の望んだ未来だからな」
私は彼……彼でいいか。とにかく、奴の顔を見ることすらせずに答える。
そう――これこそが、望んだ未来だ。国は滅びず、聖女は笑い、その母は新しい未来を見ることができる……最高の結末。
『キミからすれば不本意なところは多々あると思うけど?』
「何故だ?」
『だって……本当は、あそこにいたかったんだろ? 何の縁もゆかりもないあんな男に頼らなくてもさ』
私を試すようにそんなことを言ってくる彼だが、今更揺らぐことではない。
「彼は私が見いだした男だ。力があり、優しさがあり、根性がある。託すに相応しいと信じたから託し、そして見事にそれに応えてくれた。何一つ文句をいうべきところはない」
『理屈ではそうだろうけど、感情は別でしょ?』
……ふん。そう言われると、返す言葉はない。
理屈の上でならばいくらでも言葉を取り繕えるが、感情だけは否定することはできない。
「それをさせなかったのはお前だろうが」
私だって、本当はこんな人任せにしたくなかった。
この結末にも負けないハッピーエンドを、この手でつかみ取りたかった。
だが――そんな力は、私にはなかった。それだけだ。
『酷い言いがかりだなぁ。別にやっちゃダメとは言ってないでしょ?』
「できないことはできない……としか言っていないと? フン……貴様の力があれば、どうにでもなりそうなものだがな」
『おっとそれは買いかぶり。僕にだってできないことはあるさ』
「どの口で。私にあの子を抱きしめる手では無く目を与え、そしてあの子に聖女などと言う辛い運命を押しつけた厄災が」
私は初めて彼の方を見た。これ以上無いくらいの憎しみを込めて。
『酷いなぁ。僕がいなかったらキミを含めてあの国はとっくに滅んでいるんだよ?』
「そもそも産まれてすらいない……といいたいのか」
『まぁね。結界を張る能力を人間に授ける神様! この僕がいなければ、あんな瘴気だらけの廃品世界で人間なんて生きていけるわけないじゃないか』
彼――神を名乗る超越者は、おちゃらけた様子で全く本心を見せない。
所詮、私もまたこの神の掌の上で踊るだけの道化だ。この神の心の底など見破れるはずもない。
「そんな力があるんだったら、死人の一人くらい蘇らせることもできるんじゃないのか?」
『いやいや。それはルール違反ってもんさ。生者は下界、死者は天界。これはルールだからね』
「できない、とは言わないんだな。もう一度あの子達の元へ行きたいと泣いて頼んだ私に、こんな嫌がらせのような目を埋め込んでおきながら」
私はここに来た当初を思い出し、そっと右目を押さえる。
この右目はこの神に、この世界に来てすぐ埋め込まれたものだ。
その能力は、未来視。現在より最も引き寄せる可能性が高い未来を見ることができる、呪われた目だ。
『本当に酷い言い草だねぇ。言っとくけど、その目が欲しくて外道にまで堕ちた人間、一人や二人じゃ効かないぜ?』
「未来なんて、見えたところで碌なことは無い。まして、それが神によって歪められたものではな」
今でも思い出す。このニヤニヤ笑いの神に押しつけられた目が私に教えた絶望を。
「……娘は誘拐され、歪められた教育を受け生きた結界装置にされる。妻は私も娘も失い、失意のまま自殺。そんな未来、見えたから何だというのだ」
私――サリーの父親であり、ミリルの夫であったただの人間に、そんな未来はあまりに辛すぎた。
結界を張る聖女の能力を持っているというだけで、我が最愛の娘サリーは国に攫われ洗脳され、ただ王家に都合のいい道具にされる。その挙句が隣国の王族に目を付けられ、歪んだ環境から成長できなかった心を利用されるだけ。自身の行いで何百万という人間が死んだことすらまともに理解できないような傀儡として、薄っぺらい、愛の宿らない、甘いだけの言葉に惑わされる幸せを甘受し、どこにでもあるような本当の幸せを生涯知ることもなく道具として死ぬ。
そして、夫も娘も奪われ、失意に沈んだ生涯をかけて守ると誓った女性は一切の希望を抱くことすらできないまま、誰にも知られないうちに死ぬ。しかも、サリーを聖女として洗脳したい生臭神官共に「金で子供を売ったクズ」と誹謗中傷され、サリー自身にも恨まれたまま死後にすら何の救いもない有様。
こんな未来を容赦なく見せてきた未来視の目など、その場で抉りだしてやりたかったさ。
『でもそのおかげで悲劇的な未来を知れたんだ。感謝して欲しいなぁ』
「……それは、その悲劇を回避する手段までセットで用意された場合の話だ。ただ悲劇を教えるだけで、私自身にはそれを回避する力どころか身体すらない……それを嫌がらせと言わずに何という?」
『そうだねぇ……でも、だからチャンスをあげただろう? 僕はこれでも、人の幸せを願っているんだからね!』
……神が私に与えたチャンス。それは、私が見た未来を誰かに伝えること。
そう――夢という形で私が見た景色をそのまま誰かに伝える能力。一度限り使えるその夢枕の力をチャンスと呼ぶならば、確かにそれは施しだったことだろう。
私に親しい関係性の人間はダメ、破滅の未来に関わりの深い人間はダメ、等という制約付きでなければの話だが。
「……貴様が望んだのは、誰に伝えてもどうにもならないと絶望する私ではないのか?」
『まっさかー。そんなわけないじゃん』
ヘラヘラと笑う神だが、そうとしか思えない。
私は最後のチャンスに縋り、必死に未来視を駆使して『○○に夢を見せた場合』という条件でどう未来が変わるのかを見続けた。
この未来視は時間の概念に干渉するためか、発動すれば一瞬のうちに未来の光景を私に見せる。現実の時間では一瞬のうちに、条件指定した何十年分の未来を私に見せるのだ。
おかげで、ただの平民であった私にも無駄に教養がついてしまった。ただ見るだけとは言え、体感的には何百年分似たような未来を繰り返し見てきたわけだからな。そういった高みを目指す者からすればありがたい話なのかもしれないが……私からすると、呪いの類いでしかない。
それでも、私は妻子を諦められなかった。何度繰り返しても、何度試しても見たくもない絶望の未来しか見せないこの目を恨みながら、無限にも等しい一瞬を何度も試したのだ。
そんな無駄な足掻きとしか思えない行動を繰り返す私をただ楽しそうに見ていたこの神は、そんな姿を楽しんでいたのだろうと私は確信している。
『でも実際、本当にあんな例外を見つけ出すとは思わなかったね! いやよくあんな、本当に何の関係もない辺境の魔人なんて見つけたもんだ』
「……何事も、諦めないことが肝心だということだな」
きっかけは、偶に混じる破滅の未来……その変形だった。
隣国の王族に騙され、傀儡として生きていたサリーを殺しに来る怪物が偶に現われたのだ。
怒りと憎しみに満ちたその怪物は、聖女の結界も何もかも無視して全てを破壊して廻った。その怪物にサリーが惨たらしく殺される未来もまた辛いものだったが、怪物が登場する未来としない未来があることに気がついたのが最初のきっかけだった。
何度も繰り返す内に、私は夢枕の影響でサリーが隣国へ旅立つのが少し遅れた……つまり、結界の効果が失われるのが緩やかな世界線に怪物が出現することに気がついたのだ。
すなわち、瘴気の影響を緩やかに受ける世界線。世界のどこかに、瘴気の影響をゆっくり受けることで死ぬことなく適合し、怪物として再誕する人間がいるのではないか……という仮説が生れた。
後はひたすら試行錯誤だ。夢枕の能力の派生で下界を見渡すことはできた私は、その怪物がどこの誰なのかを探した。
怪物はサリーの敵ではあったが、聖女の結界すら打ち破る力があれば変わらぬ未来に風穴を開けることができるのではないかと、そう信じたのだ。
「……聖女の結界で防ぎきれなかった瘴気を少しずつ取り込み、人間を越えた力を有する魔人達が住まう村。そこで暮らしていた一人の青年……まあ私と同年代なのだが……とにかく、彼に夢を見せたとき……初めて未来は変わったのだ」
怪物の正体は、聖女サリーが結界を消したことで最初に犠牲になった辺境の村の村民。
王都のいざこざなど本当に一切関係の無い、善良な農民。彼が緩やかに強くなる瘴気の影響を受けることで、理性こそ失ったが魔人という新たな魔物として命を繋ぐことができるのだ。
その過程で、少量ならば瘴気に耐性もある彼の家族も村の住民も全員死亡し、魔物と化した本能と合わせてその憎しみを聖女サリーに向けた。
それが、怪物による聖女襲撃の正体だ。
「そんな青年に夢を見せれば……彼は動いた。破滅の未来を止めようと、誰も警戒しない場所からサリーを守ってくれたのだ」
本当ならば、私がやりたかった。父親として、この手であの子を守ってあげたかった。
だが『聖女を手に入れる』という計画の一環で殺された私にできることなど何もない。だから……彼に全てを託したのだ。
(まあ、ただ夢を見せるだけと言っても苦労したが)
最初は些細な変化だった。肉体の性能こそ人間の領域を越えているが、頭脳面では何の教養も無い農民。
彼にそのまま夢を見せた未来では、見せた内容の半分も理解して貰えず最良の結果とはならなかった。
そこからは試行錯誤だ。初めて未来を変える可能性のある男を見つけたのだからと夢の内容を少しずつ改良し、彼にもわかるように改変し、それでもダメならばと予知夢の前に無意識下の強制睡眠学習を挟み込んだりと苦労したが……ついに、私の望む未来を彼は見せてくれたのだ。
『そんで、この悲劇に何の関係もない怪物もどきに妻も子も盗られてハッピーエンドっての? 本当に満足しているの?』
「満足しているさ。少なくとも、クソ野郎に依存させられた娘と、娘に恨まれながら失意のまま死んだ妻……なんて未来よりはずっといい。……先ほどお前も言ったとおり、死者は生者に関わるべきじゃないし、生者は死者に縛られるべきじゃないんだからな」
死んだ私のことを忘れて欲しい……とは言わない。ずっと、心のどこかに私という存在を置いておいて欲しいというのは紛れもない私の本音だ。
それでも、心の中心にいなくなった私を置いて、幸せを捨てるようなことはして欲しくはない。愛する女と家族の幸せを望むなんて、夫として、父親として当然のことだろう?
確かにミリルと近しい関係になるのは流石に想定外だったが、結果的には悪くないことだ。
何故ならば――
「彼は二人を幸せにしてくれる。なら、私から言うべきことは何もない」
これもまた、私の偽らざる本音なのだから。
『……あっそ。ところで、もし僕が前言を撤回してキミに身体を与えてやろう……って言ったらどうする?』
「断る……に決まっているだろう」
『え? なんで?』
「たった一人に聖女という重荷を押しつけ、不幸な未来に導く……そんな神もどきの提案など、不幸にしかなるまい」
そもそもの諸悪の根源は目の前の『神』だ。
もしこいつが自分で結界を張ってくれていればサリーは何の苦労をする必要もなかったし、それは流石に望みすぎというのならばもっと力を分散し、聖女を複数用意してくれればよかったこと。
聖女が国に一人しかいない――そんな、悲劇しか生まないシステムを意図的に作ったこいつの提案など、どんなものでも碌なものでは無いのだから。
『……やれやれ、つまらないなぁ。もっと、キミとの会話は面白くなると思っていたのに』
「お前につまらないと言われる以上の賞賛はないな」
『せっかく悲劇の聖女の父親、なんて面白い魂を見つけたからちょっかい出したのに、よくもこんな結果を導き出したもんだと感心するよ』
「それはどうも」
『まあいいや。このゲームはこれでお終いだ。ルールを破ったらつまらないからね。あの聖女へちょっかいを出すのも止めておくよ。マナーって奴だね』
「……他にも大勢、お前の被害者はいるんだろうがな」
申し訳ないが、私にできることはないのでそれは個々人で頑張って欲しい。
生憎、私はこの神が提示したルールに従う以外できることなどないのだから。
『じゃ、キミに用はもうないけど……どうする? このままここで浮遊霊でもやる?』
「他と同じでいい。もう未練は無い」
『そっ! んじゃ、また来世で頑張りたまえ』
神がそう言うと、私の目に宿っていた力が消失し、私の魂もまた消えてくのを感じる。
――他の死者達と同じく、私もまた消えるのだ。次の人生……そもそも人であるかもわからないが、どんなものにせよ、悔いの無い一生を送りたいものだな。
妻は新しい未来に行き、娘は笑って過ごし、家族を託せる頼りになる強い男もいる。
あぁ、なんとも――
「いい……人生だった」
奇跡ってのは大体誰かの祈りでできているもの。
以上で完結となります。ここまで読んでくださりありがとうございました。
……正直なところ、父親目線だと聖女って名目で娘が祭り上げられと言う名の監禁状態になり、そのまま顔を見ることも無いまま何百万人殺して「ざまぁ」で済ませてしまう人格に育つ上に、滅茶滅茶タイミング良く現われたイケメンを疑うこと無く依存するって悲劇でしか無いと思います……。
面白いと思っていただけたならば、
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