22 なんで見つかりましたの!?
旧校舎裏にある大きな銀杏の木は、綺麗な黄色い葉っぱをたっぷりと繁らせていました。
外からだと葉っぱで見えませんが、その中には地面と水平の太い枝があるし、幹が太いので旧校舎から死角になるところを足掛かりにできますわ!
ですので隠れるには実に最適かつ快適なのですが……唯一の難点は、胸の高さまである草をかきわけて行かないといけないところですの。
木登りはレディとしては少々はしたないけれど、誰にも見られなければ問題ありませんわ。
それに、貴族としては短く感じる学園の膝丈スカートの中には、実は常に体育着のハーフパンツを折り曲げて履いています。
風が吹けばスカートを抑え、階段下に男子生徒がいればノート等でガードしておりますが、本当は完全防備ですわ! ごめんあそばせ? ほーほほほ!
というわけで、肌を切らないように慎重に草をより分けて進み、難なく木に登った私は、そのまま太い幹に頭をもたげると、さわさわ揺れる葉っぱを眺めて、しばらくぼんやりとしていました。
「……失恋は、意外と、平気でしたわ」
だって、泣いてしまうかもと思って、急いでここまで来たけれど……結局、涙の一滴すらこぼれませんでしたの。
たぶん今の私が平気な要因は、複数ありますわ。
ロワイ様との関係の終わりは薄々感じていたから、心の準備が整っていたこと。
これまでに何度か、こっそりと泣いた日があったから、もう涙が枯れたのかもしれませんし。
それに、2人に会いに行くルーチンワークを、終わらせたことが一番大きいですわ。
今の私は休み時間を別のことに使えていて、ロワイ様に会えなくても、学園生活を送っていけると思いますの。
……そして。
私は心の中にある、まだ新しくも、甘く小さなトキメキを隠すように、自身の腕を抱き締めました。
真新しいそれを意識するほうが、今の私の心は、締め付けられるように痛みましたわ。
いとも簡単に、私の心の中に入ってしまった人。
彼の提案した恋人のフリは、本当に愛されているような気持ちになってしまうから、私はついつい、楽しくて幸せな恋の錯覚をおこしてしまいますの。
「……ですが、それが私の独りよがりだということは、ちゃんと分かっていますわ……」
私達は、欲とお金で繋いだ協力関係だっただけ。
ですから、この心をジャン様に知られてしまったら、きっと、今の不思議な友情は、簡単に壊れてしまいますわ。
そのように考えていると、気付いたら私は、両目からぽたぽたと幾筋もの涙を流していました。
「なんで、私は……泣いているのかしら?」
いつの間にか授業は終わって、生徒達の賑やかな声が聞こえてきたけれど、ジャン様との約束を破る気満々な私は、そのままでいましたわ。
それなのに、ジャン様の声が聞こえますの。
「どうなさったのですか? イレタ様」
私は驚いて、すぐさま声のした方向に目を向けましたわ。すると、視線の先にいたのは、ジャン・ルヴォヴスキ様。
ただ立っているだけで、様になるそのお姿は、雑草だらけの中に身を置いても、損なわれることがありません。
「ジャン様……なぜ、ここにいらっしゃるの?」
涙を慌てて拭いて、質問に質問で返したら、声が涙まじりになってしまいましたわ。
でも、ジャン様は、私の無礼も泣き声にも触れず、優しく静かに応えてくれました。
「イレタ様の行方を知らないか、クラスメイトの方々に聞かれたんです。つい先ほど……心配していましたよ。授業を休まれたそうですね」
私の質問は『なんでこの場所が分かったのか』という意味でしたが、ジャン様は『なんで待ち合わせ場所から離れて探しにきたのか』といった問いと認識したようです。
ですがそのお陰でブリジット様達にご心配を掛けていたことを知れましたわ。ブリジット様達には、あとで謝らなくてはいけませんわ。
「そちらに行ってもいいですか?
……結構、入るには大変な場所ですね」
「え……?」
疲れたせいか理解力が緩慢な私に、ジャン様は優しく微笑みました。そして、難儀な雑草に取り掛かり始めましたの。
外から見えないように、外側の雑草はそのままにして、雑草の中に入って少ししてから、ガサリガサリと雑草を踏みならしています。
ですがまだ、私は……ジャン様に会いたくありませんでした。
『別れることを存分に後悔して……その分、新しい繋がりを大切になさってくださいまし』
先ほどの私自身の言葉が、思い出されます。
私は、ジャン・ルヴォヴスキ様が好きですわ。
ですから、この恋心を隠し通して、友人関係を大切に続けていきたいと思っていたところでしたの。
でも、今の私ではダメですわ。今は、自分のことだけで精一杯で……他者を思いやる余裕も、秘密を隠し通す平常心もありませんもの。
今、来られたら、この関係を、壊してしまいますもの。
「嫌、来ないで……ジャン様」
私は、涙が再びあふれて止まらなくなりました。
なので首を横に振って、来ないで欲しいとアピールしているのに、ジャン様は聞いてくれません。
「そんなに泣いているのに……放っておけない。
ずっと、後悔してたんです。なんで、あの日こうしなかったのか」
「なんの、ことですの?」
この質問には応えてもらえませんでしたわ。
そして、お互いに無言になって、私がただただ見つめる間にも、少しずつ銀杏の木へと続く道が作られていきました。




