21 愛を込めて、お別れですわ!
先ほどまで私を抱き締めていたはずのロワイ様の体が、あっさりと離れていきました。
「マリア……どうしたんだ? なぜ、泣いている。それに、授業は?」
「……窓、際にっ、座ってるんですもの、お2人が」
マリアは涙をぬぐいながら普段通りの笑みを浮かべようとして、上手くいかず、顔をゆがめて嗚咽をもらしています。
ロワイ様がマリアに近付こうとしたので、私はロワイ様の手をギュッとつかみましたわ。
するとロワイ様は、ビタリとその場にとどまりました。
ですが。その目はマリアだけを見ていましたわ。
そしてマリアも、ロワイ様だけを見ています。
ロワイ様とマリアは、これまでと違って指1本触れていないのに……その姿を見る私の心は、これまでの中で一番、恐怖と悲しみに満たされていくのを感じていました。
ロワイ様が「なぜ」と再び呟いて、マリアがこのように応えましたわ。
「ロワイ様の、ことが……好きだからです」
するとロワイ様は、戸惑って。
「……そんなことは、ありえない。私は、君に……マリアに……ずっと情けないところしか、見せていなかったはずだ」
「……だから、私達は、出逢えましたわ。だから今の私は、こんなにもロワイ様が好きなんです」
ロワイ様が、息を詰める音が、聞こえましたわ。
私はその瞬間に、ロワイ様の心が、大きく動くのを感じました。
私の両手はかすかに震えながら、ロワイ様の手を繋いでいましたけれど……その心は遠く……。
****
ロワイ様の幼い頃からの小さな弱点を……実は私はずっと、とても好ましく感じていましたの。
だって『ロワイ様は実は木登りができない』だなんて……小さい頃から側にいたから知っていることですわ。
だから、他の人達はきっと知らない、私とロワイ様だけの小さな秘密。
秘密というほどたいしたものではなかったけれど、それでも私の特別だと思っていたから、お母様にも言ったことはありませんでしたわ。
でも、今のロワイ様は、私の知っていた小さな弱点を、いつの間にか全て克服してしまっていて……今のロワイ様の情けない部分が一体どんなものなのか、私は見当もつきませんの。
マリアにいつも見せていたという情けない部分を、私は想像することすらできないし……きっとロワイ様は、私に知られるくらいなら、克服しようとなさったはずですわ。
これまでの、小さくて愛しい弱点のように。
『逆ざまぁ作戦とは……ロワイ・ド・ガグリアーノと、マリア・ジュリアンの裏をかくこと。
あの小説の中の悪役令嬢のようにはならないよう、振る舞いに気をつけながら、小説のヒロインの立場へと、イレタ様が成り代わるのです』
出逢ったばかりの頃のジャン様が、私にくれたアドバイス……結局私は、上手に振る舞うことができませんでした。
でもきっと、どう頑張っても無理でしたわ。
私は素直になれないし、甘え下手だし、プライドも高くて……これらはもう筋金入りですもの!
今だって、最後のチャンスだと分かっているのに……大事なことを何一つ伝えることができず、泣いてすがることも、愛を伝えることもできません。
だからこそ私は、気付いてしまいましたわ。
この物語のヒロインは──マリア・ジュリアン。
ロワイ・ド・ガグリアーノ様が、婚約者に付けられた心の傷を、ヒロインのまっすぐな愛で癒すハッピーエンドの物語は、今まさにクライマックスを迎えていて……私はこの物語の悪役令嬢で、撤退する時なのですわ!
私は、ロワイ様の手を離しました。
ありのままでいられるのは、良いことですわ。
私とはそういう関係になれませんでしたけれど……それでも、幸せになってほしいと思うのです。最愛の、元、婚約者ですもの。
ですから私は、せいぜい悪役らしく、不遜かつ傲慢に、別れの言葉を告げようと思いますわ!
「もう結構ですわ」
私がそのように言うと、ロワイ様もマリアも、私へと目を向けましたわ。
私は日々丁寧にお手入れしている自慢の髪に手を入れて、ふわりと流すと、出口へと向かいました。
そうしてマリアも通り過ぎて、扉の前についてから振り返りましたの。
もちろん私は、優雅に微笑みを浮かべています。
「つい先ほどの約束が、もう破談になりましたわ。
ですが、ロワイ様ばかりが悪いわけではありませんのよ。だって私も、本当は……お慕いしている方がおりますの。
ですから、私のことはどうかお気になさらず。
あとはお2人で存分に話し合ってくださいまし」
「イレタは……こんな終わりでいいのか?」
マリアの涙に心揺れているくせに、私にもこんな風に言うのですもの。私は怒りを通り越して、呆れて、笑ってしまいましたわ。
でも、こんなことももう、最後ですのね。
私は堂々と胸をそらして、笑い直しました。
「ほーほほほ! 確かに『終わりよければ全てよし』と言いますけれど、だからといって素敵な別れにする必要はございませんわ! むしろ、多少の未練が残るほうが、私もマリア様と、これまで戦ってきたかいがあるというものですわ!
ですから、私と別れることを存分に後悔して……その分、新しい繋がりを大切になさってくださいまし……さようなら、ロワイ様」
そうして優雅に扉を抜けて1人になると、私はそのまま走り出して階段を駆け抜けましたわ!
とにかく誰の目にも触れない場所で、1人になりたくて仕方がありませんでしたの。
でも、授業はあとどれくらいの間続くのかしら。
旧校舎の空き教室は……ジャン様が来てしまうのでダメですわ。そうなると、学園の中は誰の目にも触れない場所があまりにも少なくて。
「そうだ、素敵な場所がありましたわ」
私は新校舎を出て、旧校舎へと向かいました。
とても大きくて立派な銀杏の木がありますの。
私しか知らない、お気に入りの場所ですわ!




