14 勝利とは虚しいものですのね
「……例えばの話ですわぁ」
先ほど、闇落ちの様相を呈していたマリアはそんな風につけ足しました。ですから、その姿を見て私も、いつもの調子を取り戻しましたの。
「そうでしたのね。びっくりしましたわ。だってジャン様はマリア様と話したこともないっておっしゃっていましたもの」
なぜかそれを聞いたマリアは、ビクンと肩を震わせましたが、先ほどのセリフはどうやらマリアなりの冗談だったようですわ!
私から最愛の婚約者ロワイ・ド・ガグリアーノ様を奪ったマリア・ジュリアンを、ついに逆ざまぁすることができた私は、今とても良い気分で、冗談と知るとにこやかに受け止めました。
私のつむぐ言葉に連動して、ビクンビクンと揺れるマリアを気にもせず、ついつい饒舌になってしまいましたわ!
「私ったらすっかりマリア様の冗談に引っ掛かってしまいましたわ。よくよく考えたら冗談とすぐ分かりますのに、おかしいですわね。だって、どっちでもいいなんて適当な気持ちで、フリーのジャン様ではなく、婚約者のいるロワイ様をあえて選択するなんていばらの道、正気の沙汰ではございませんもの。もし私がマリア様の立場なら、どう考えてもジャン様を選びますわ。だってあれほど素敵な方なのに、お相手もいないのですもの。比べるまでもありませんわ」
などと言いながら『あら? ジャン様はフリーなのかしら?』とちょっと思いましたけれども、まあどちらでもいいですわねと流した私です。
どうせ、フリーだろうがそうじゃなかろうが、ジャン様と私はジャン様からの提案により結んだ協力関係ですし、マリアは話したこともないそうですし、どちらにも関係のないことですもの。
考えても仕方のないことを延々と考え続けたりする方がまれにいますけれど、脳に負荷をかける特訓かなにかかしら? そんなことよりも考えたら仕方のあることや楽しいことに興味を持つほうが有意義で楽しいと、私、思いますの。
まあでも、蓼食う虫も好き好きですわね。
悪食も偏食も個人の自由ですわ。
というわけで、楽しくて仕方あることへ興味津々な私は、なにやら私が話せば話すほどに、マリアにダメージを与えているような気がしたものですから、どんどん大胆に発言を重ねていきましたの。
「まあそんなジャン・ルヴォヴスキ様も、今では私の恋人ですわ!? ほーほほほ!」
そうして最終的に私は、手のひらを外側に向けた右手を左頬に添えて、高らかに笑いました。ですがその時になってようやく気づいたのですが……先ほどから私は1人で話しておりますわ?
あら? マリアはどうしたのかしら?
気になったので目をやりますと、マリアは歯をギリギリギリギリ……と食い縛る音を立てながらうつむいていて、肩をブルブルと震わせておりました。
「あらマリア様、どうされましたの?」
「……イレタ・ル・ブロシャール~!」
呼び捨てですわ!?
と最初は思ったのですが、私を呼び捨てたあとの、こちらをキッと見つめたマリアの涙目のほうがより一層私を驚かせました。そうして私が絶句しているうちに、ブルブルと震える人差し指を私に向けてマリアは叫んだのです!
「絶対絶対絶対絶対、負けませんわ! 今の私の言葉と覚悟を覚えていてくださいませ、イレタ様!」
そうしてマリアは目元を涙で光らせながらくるりと振り返り、走って逃げていきましたわ。
そして校舎裏には、ついに私以外には誰もいなくなりました。
「……勝ちましたわ……」
私はそっと呟きました。
ですが、ずっと待ちわびていたはずの勝利なのに、なんでこんなに虚しい気分なのかしら。
「勝利とは、虚しいものですのね」
ジャン様と作戦会議をしていた時は、あんなに楽しかったのに。だから私は、勝ったらもっともっと楽しい気持ちになると思っていましたの。
でも、よくよく考えてみれば、マリアに口喧嘩で勝ったところで、ロワイ様の心が私に向くわけでもなく、ジャン様と真実の恋が始まるわけでもないのでしたわ。
勝利により満たされたのは、虚栄心のみ。
他者からどのように見られようとも、結局のところ本当の私は、どの殿方からも愛は向けられていなくて、愛され方も分からなくて……ロワイ様に愛されているマリアのほうが、本当は羨ましいのです。
ああ、なんだか、この思考は良くありませんわ!
深く考えると悲しくなってくるやつですわ!?
私は涙がこぼれないように空を見上げました。
そうして高い塀と、日陰でも力強く生きる木々と、校舎の隙間から見える今日のこの夕焼けの美しさと切なさを、心に刻もうと誓いましたわ!
私は自分自身に言い聞かせるように言いました。
「後悔はしていませんわ! 例え、虚栄だろうと、私は逆ざまぁをしたかったのですわ!
真に惨めであることよりも、他者から惨めだと思われるほうが、耐えられないから……だから、ざまぁされる前に、私のほうから、逆ざまぁをしたのですわ!」
本当は数年先のことまで考えて、逆算して動くことのほうが貴族の行動としては正しいのでしょう。
でも、後先なんて複雑なこと、私には考えられませんの。今この瞬間の私の心をないがしろにしてまで、堪え忍び生きていくなんて、私には考えられなかったのですわ。
それくらい、今の私を、私自身は大好きなんですの。誰も私に愛を傾けないのなら、私だけは、私の心を大切にしなくては。
「……私にとって一番守るべきものは『プライド』ですわ。だってそれさえあれば、きっと私は、1人でも矜持を持って、生きていけると思いますの」
涙だって我慢できますわ。
つらくても平気な顔で、笑っていられますわ!
プライドがあるからこそ、私は背筋を伸ばして、何者にももたれ掛からずとも、立ち続けていられるのですわ! むしろ私は1人で立つなど余裕すぎるので、1人で立てない軟弱者数人くらいなら、支えになって差し上げてもよろしくてよ……!?
私は、そんな風に自分に言い聞かせているうちに『さすが私ですわ!?』とテンションが上がってきたので、元気な自分に戻ってから屋敷へと帰りました。
そうして帰宅してからは、いつも通り、家庭教師と必死に授業の復習をして明日の準備をしてから、眠りにつきましたの。




