ゲームでもなければ
泰三によると、壁にかかれた日記はスパルタクスのメンバーの一人、王牙のこの世界に来てからの日記のようだ。
全ては、グラディエーター・レジェンズの開発者の一人である、異世界から帰還したというスタッフと話をする機会があり、そこでこの世界のことを聞いたことが始まりだったという。
異世界へと旅立てる条件を聞いたスパルタクスの三人は、動画配信による収入を元にひたすらグラディエーター・レジェンズをやり込んで、こうしてこの世界へとやって来た。
だが、やって来た異世界は、開発者に聞いていた世界とは随分と違っていた。
そもそもいるはずの出迎えてくれる人や、冒険のアドバイスをくれる人はおらず、いるのは人外の魔物ばかり。
グラディエーター・レジェンズで使っていたスキルこそあるが、人並みの運動能力しか持たない彼等は、その性能を十分に活かすことなく二人の仲間が化物に殺され、奇跡的に生き延びた王牙は、最初に召喚されたこの小部屋に籠って開発者から聞いた助けが来ることを待っていたという。
だが、いつまで待っても自分たちを出迎えてくれる者は現れず、一人では怖くて外に出ることすらできなかった王牙は、徐々に弱っていった。
「そして、日記の最後にはこう書かれていました……『こんなはずじゃなかった』と。それ以降も何日かは生きていたと思いますが、日付を刻む作業だけしていたようです」
そうして刻まれた日付は全部で二十余り……つまり、プロゲーマースパルタクスの三人は、この世界に召喚されて一か月持たずに全員が死んでしまったということだった。
「…………」
「…………」
泰三から日記の全容を聞いた俺と雄二は、完全に言葉を失っていた。
ここから先は推測でしかないが、本来ならこの世界に召喚されたら、この城に住む人たちに歓迎され、冒険のノウハウを教わるはずだった。
俺たちより先にこの世界にやって来たであろうグラディエーター・レジェンズの開発者の一人は、ここで受けた歓待に感銘を受けてゲームの世界観を再現したと思われる。
だが、俺たちを迎え入れてくれるはずの国はどういうわけか既に滅んでしまい、今は人外の化物が跋扈する魔窟となってしまっていたということだ。
「こんなことってあるかよ!」
すると、雄二が我慢できないと言わんばかりに騒ぎ出す。
「異世界に来たらチートスキルを使って敵をバンバン倒しまくって、可愛い女の子たちにチヤホヤされるんじゃなかったのかよ!」
「雄二、静かにしろ。ゴブリン共に気付かれたらどうする」
「何でそんなに冷静なんだよ。浩一は不満じゃないのか!? ここは異世界かもしれないが、俺たちが思い描いていた異世界とは程遠い」
「わかってる。だけど、文句を言ったところで現状が変わるわけじゃない」
俺は雄二の目を真っ直ぐ見据えると、正気を取り戻させるために静かに告げる。
「いい加減気付くんだ。俺たちは…………弱い」
「――っ!?」
突き付けられた真実に、雄二は愕然とした様子でその場にへたり込んでしまった。
そう、その違和感はこの世界に来た当初からあった。
グラディエーター・レジェンズ内で使っていたような特別なスキルこそ持ち合わせているが、俺たち自身が持っている能力は底上げされていなかったのだ。
だから雄二はナイトの装備である全身鎧を着て満足に歩くことはできなかったし、第四スキルのリフレクトシールドでゴブリンの攻撃を受け止めた時も、衝撃を全て殺し切れずに吹き飛ばされてしまったのだ。
同じように、高い攻撃力を誇るはずのランサーの泰三の攻撃がゴブリンの装甲を貫くことができなかったのも、泰三の筋力がゲームのキャラクターと比べてかなり劣るからだということだ。
そもそも俺たちは異世界に転生したのではなく、召喚されたのだ。
この二つは似ているが、中身は全くの別物だ。
異世界転生は、現代知識を持った上で生まれ変わって第二の人生を送るところからはじまるが、異世界召喚は、自分自身がそのまま異世界へと旅立つのだ。
故に、異世界での無双といってもバトルで無双するものは異世界転生が多く、異世界召喚の場合は知識で無双することが多い。
今回、俺たちは異世界召喚したにも拘らず、戦闘がメインというよくあるセオリーとは逆パターンを引いてしまっているので、そうそう簡単に無双できることはなさそうだった。
といっても、現代知識を持って異世界転生をしたからといって、簡単に無双できるとは思えないので、きっと見えないところで彼等は物凄い努力をしているのだろう。
せめてそう思わなければ、今、俺たちが置かれた状況に納得できるはずもなかった。
それに、簡単に無双できないからといって、俺はおとなしくこのまま死ぬつもりは毛頭なかった。
望むと望まざるとに拘わらず、こうして異世界に来てしまった以上、生き残るために最善を尽くすべきだと思うからだ。
今の気持ちを一言で言うなら「これはゲームでもないし、遊びでもない」ということだ。




