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秘密の小部屋で

「……行ったか」


 ゴブリンたちが立ち去ったのをアラウンドサーチで確認した俺は小さく嘆息すると、後ろで心配そうに息を潜めていた雄二にもう安心だとサムズアップで伝える。


「はぁ……助かった」


 安全が確保できたと知った雄二も大きく嘆息すると、力を抜くようにその場に大の字になる。


「しかし、まさかこんな部屋があるとは思わなかったな」

「ああ……こんな部屋、ゲームでも見たことなかったからな」


 俺たちがいるのは、六畳間程度の石で囲まれた小部屋だった。


 家具やベッドといった調度品の類は一切存在せず、あるのは空気を取り込むだけの小窓だけという簡素なこの部屋は、貴賓室にある本棚の裏に隠された秘密の部屋だった。

 グラディエーター・レジェンズでも再現されていなかった秘密の部屋に逃げ込むことができたのは、この部屋の存在を教えてくれた者がいたからだった。

 俺は自分の足元で誇らしそうに胸を張っているネズミの顎を、くすぐるように撫でる。


「ありがとう。君のお蔭だよ」


 くすぐりながら礼を言うと、ネズミは嬉しそうに目を細めて「チュウ」と気にするなと言ってくれる。


「そうだ。助けてもらったからには礼を支払わないとな」


 そう言うと、俺は霊薬(エリクサー)が入っていたポーチに手を突っ込み、先程ゴブリンが貪っていたある物を取り出す。


 それは、表面がカビだらけのチーズだった。


 俺は使っていないもう一本のナイフを取り出すと、ゴブリンが齧った後を避けて表面を綺麗にトリミングして綺麗なチーズの欠片を作る。


「改めて本当にありがとう」


 俺がチーズを差し出すと、ネズミは頭を下げて恭しくチーズを受け取ると、小さな手で敬礼をして去っていった。



「しっかし、不思議だよな」


 ネズミが去っていった方向を見やりながら、雄二が俺に尋ねる。


「ネズミの言葉がわかるだけじゃなくて、ああして協力してくれるってどういう理屈なんだ?」

「それは多分レンジャーの第三スキル『アニマルテイム』の効果だと思う」

「……そんなスキルあったのか?」

「あったんだよ。ゲーム内でもNPCの動物たちがアイテムや敵の位置を教えてくれたんだけど、アラウンドサーチがあったら無用の長物過ぎて完全に忘れていた」


 このアイマルテイムのスキルを獲得してから何回か有効な使い方を模索してみたが、ゲーム内の動物の出現する場所が完全にランダムなのと、気まぐれに動く動物たちが何をしてくれるかをのんびりと待っていられるほど、余裕がある状況がなかったのだ。

 それに、グラディエーター・レジェンズの特性なのか、四つあるスキルの内、基本的に役立つのは二つ目と四つ目で、一つ目と三つ目はおまけ程度の要素しかないと思っていたのもアイマルテイムを使いこまなかった理由の一つだった。

 俺からスキルの説明を聞いた雄二は、頭を捻りながら自分でもスキルの有効を考えていたようだが、諦めたように肩を竦める。


「……確かに、一瞬の判断が問われるグラディエーター・レジェンズでは全く役に立たなそうだな」

「実際、何の役にも立たなかったよ。最初はどうしてこんなスキルが高レベルに設定されているんだと思ったけど……こういうことか」


 異世界へとやって来ることで初めて役に立つスキルが用意されていたとなると、グラディエーター・レジェンズの運営は、この異世界召喚を想定していたということだろうか。


 だとすれば、何のために……そして、そうまでして呼び寄せた俺たちに、この世界で何をさせようというのだろうか。

 


「ん…………ここは?」


 この世界での与えられるであろう使命についてあれこれと考えていると、意識を取り戻した様子の泰三がむくりと起き上がる。


「僕は……それに怪我は?」

「大丈夫だ。傷跡は残っているが、傷そのものはすっかり塞がっているよ」

「浩一君……」


 泰三は自分の頬に手を当て、ゴブリンに斬られた傷がすっかり塞がっていることを確認すると、安心したのか目から涙が溢れ出す。


「ぼ、僕、あのまま死んじゃうのかと思ったけど……あ、ありがとう」

「泣くなよ。今度は助けるって言ったろ?」

「うん……うん……」


 泰三は何度も「ありがとう」と口にしながら、もう一人の命の恩人へと向き直る。


「戸上君も……どうなるかと思ったけど、ありがとう」


 泰三はそう言って頭を下げるが、


「…………」


 頭を下げた先からは何の返答も返ってこない。


「…………戸上君?」


 雄二に無視されたと思った泰三が不安そうに顔を歪めるが、


「おい、泰三よ。俺はこっちにいるぞ」


 泰三が話しかけたとは逆側から雄二の声がかかる。


「今回の件は俺の判断ミスからだけど、そういう嫌がらせは辞めてくれよ」

「えっ? 戸上君。ち、違うよ。これは……」


 雄二の泣きそうな声に狼狽しながら、泰三はあらぬ方向を見た理由を話す。


「だって、僕はてっきり戸上君はあっちで休んでいるものだと思ったから……」

「おいおい、ここには俺たち三人しかいないんだぞ。他に誰にも……」


 そう言いながら雄二は泰三が指差す方を見やり、


「――っ、ヒッ!?」


 何かを見て、小さく悲鳴を上げながら息を飲む。


「ガ……ガ、ガガ……ガガガ…………」

「ガ? 何だ。勇者王のOPか?」


 それともライトノベルのレーベルか? いきなり壊れたおもちゃのように歯を鳴らし始める雄二に不審な目を向けながら、彼が指差す方を見る。


「――っ!?」


 そこにあった物を見て俺は思わず声を上げそうになったが、事前に雄二のリアクションを見ていたお蔭ですんでのところで叫びそうになるのを押さえ、雄二に代わって見た物の正体を告げる。


「…………なるほど、骸骨か」


 そこにあったのは白骨化した人間と思われる死体だった。

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