目が覚めるとそこは……
「…………君」
誰かが俺を呼んでいる声が聞こえる。
「橋倉君、起きて下さい!」
だが、人が気持ちよく寝ているのにわざわざ声に従って起きてやるつもりはなかった。
何故なら、こんなにも地面がひんやりと冷たくて気持ちがいいのに…………、
「地面が……冷たい?」
自分の言葉に違和感を覚えた俺は、パチリと目を開けてガバッ、と飛び起きる。
「あっ、起きた」
「ヘヘッ、浩一。お前なら来てくれると思ってたぜ」
すると、眼前にアバターではない、心配そうな顔をした生身の雄二と、顔全体を覆う兜を被った何者かがいた。
「…………」
色々と思うことはあるが、俺はまず自分の顔を触ってVRゴーグルがないことを確認する。続いて、これが現実かどうかを確かめる為に自分の頬を思いっきりつねってみる。
「……痛い」
「橋倉君……それはもう僕たちがやりましたよ」
痛む頬を擦っていると、泰三に呆れられたように笑われてしまった。
いや、もうやったとか言われても、俺にしてみれば君たちがここに来て何をどうしたのかなんて知らないし、それについて笑われる所以もないんだけどな……等と思いながら、俺は自分の周りを確認する。
床も壁も天井までも石で造られた明らかに俺の部屋ではない見慣れない小部屋にいることから、俺は自分が異世界『イクスパニア』へとやって来てしまったのだと自覚する。
ただ、ここに来る前に、誰かと会ったような気がするのだが、頭に靄がかかってしまったかのように、何があったのかを上手く思い出すことができない。
「はぁ……」
こんな一生に関わるような大事な決断を、殆ど考えずに決めてしまった。
俺は盛大に溜息を吐きながら、不本意ながらも異世界へとやって来てしまった以上はどうにかして生きていかなければと決意する。
先ずは見慣れない頭から足の先まで金属の鎧に覆われた人物に対し、俺は半分以上答えを確信しながらも敢えてそれについて触れることにする。
「一応、聞くけど……お前、雄二だよな」
「おう、俺だ、戸上雄二だよ。やっぱ驚くよな」
そう言うと、雄二は兜の面部分をカシャッ、とスライドさせながら中の顔を見せる。
「そうか……よかった」
二人の姿を確認した俺は、安堵の溜息を吐くと同時に、二人に対して抱いていた怒りがふつふつと沸き上がり、とりあえず二人の頭を軽く叩きながら文句を言うことにする。
「二人とも、何の相談もなしに勝手に行くんじゃねえよ……心配したじゃないか」
俺が声を絞り出すように話すと、泰三は申し訳なさそうに眦を下げる。
「……すみません。橋倉君ならきっと僕たちを止めると思ったので、戸上君と話し合って先に行くことにしたんです」
「まあ、いいじゃねぇか。結局は浩一もこっちに来たんだからよ」
俺の作戦通りだったとドヤ顔をする雄二に、俺は苦虫を嚙み潰したような顔になる。
どうやら反対意見を言われることを見越して、二人は俺に相談せずに異世界行きを決め、俺が来るのを待っていたという。
ある意味では俺のことを信頼してくれていたということだが、何だか上手く罠に嵌められたような気がして気分は良くない。
だが、実際こうして二人を心配して『はい』を押してしまったのは俺自身なのだから、嵌められたと思っても二人を責めるのはお門違いだろう。
「…………はぁ」
俺は全てを諦めて改めて盛大に溜息を吐くと、改めて自分の姿を確認してみる。
そこには俺が操るレンジャーのいつもの格好、身軽に動くことを重視した身軽で丈夫な衣服と、頭をすっぽりと覆うフードが付いた外套を身につけ、腰には大きな革のベルトに二刀のナイフがケースに入って釣り下がっていた。
試しにナイフを一本抜いてみると、
「うっ……」
思ったよりズシッ、と来る重量に驚く。
鈍く光る切っ先で指を切ってしまわないように気をつけてケースへとしまいながら、俺は周りの状況を確認する。
俺たちがいる場所は、石で囲まれた窓のない小部屋で、部屋の隅に木でできたボロボロの戸棚と、煤で真っ黒になっている竈と思われるものが三つ並ぶおそらく城の厨房と思われる場所だった。
どうしてここが城の厨房かと言うと、この場所に見覚えがあるからだった。
「驚いたな。グラディエーター・レジェンズの城の厨房まんまじゃないか」
「凄いですよね。僕も驚きました」
俺の意見に、革でできた胸当てに、身長と同じ長さの槍を所在なさげに何度も持ち替えている泰三が続く。
「厨房だけじゃなく、外の通路や食堂、それに水場やトイレまで完璧に再現されていました……というより」
「グラディエーター・レジェンズがこの城を元に再現されている?」
俺の疑問に、泰三が大きく頷く。
「間違いなく僕たちがいる場所は、グラディエーター・レジェンズで戦っていた舞台と同じ場所にいると思います……ですが」
「ですが?」
何かあるのか? と尋ねる俺に、泰三と雄二は顔を見合わせて表情を曇らせる。
「話すより、実際に見た方がいいと思います」
「俺は泰三から聞いただけで実際には見ていないんだが、ちょっと困ったことになっているんだ。本当、浩一が来てくれて助かったよ」
論より証拠だと歩きはじめる二人に、俺は何だろうと思いながらも、黙ってついていくことにした。




