変わったのは立場だけでなく……
それからあっという間にホールの中央に机が用意され、俺たちは店の女の子たちに半ば強制的に席に着かされる。
「あ、あの……」
「いいからいいから、多少人数が増えたところで材料ならいっぱいあるから」
女の子たちに一通り支持を終えたアイシャさんは、俺の正面に座ってニヤリと笑う。
「それじゃあ、ご飯が来るまでの間にちょっと話しましょうか」
「は、はぁ……」
ということは、どうやらアイシャさんは調理に参加するつもりはないようだが、それも無理はない。
あまりにも自然体でいるから忘れていたが、アイシャさんはかつてこの町で起きた大事件の折にソラを助けるために片腕を失っているのだ。
今も普通に頬杖をついてこちらを見ているが、それはアイシャさんの本来の利き腕ではない左手だ。
だが、これまでのアイシャさんの立ち居振る舞いには、何ら違和感がない自然体そのものだ。
そのことからアイシャさんが、普通に生活できるように血のにじむような努力を続けたことは容易に想像できる。
「フフッ、どうしたの?」
心の中でアイシャさんの努力に感心していると、彼女が破顔して俺の顔を指差す。
「その様子を見る限り、私が腕を失ってからどれだけ努力したんだろうって思った?」
「えっ? それは……まあ、はい」
表情で考えていることを読まれるのはいつものことなので、素直に頷いて思ったことを話す。
「こうして正面に座るまで、片腕であることを忘れてたくらいです」
「ハハハ、それは随分と大袈裟ね」
「それと……アイシャさんの雰囲気も随分と変わったと思います」
俺の記憶の中のでアイシャさんは、割と畏まった言葉遣いをしていたような気がするが、今はシドの姉御分であるメリル王妃に雰囲気が似ているような気がする。
「ああ、そうね、変わった……というより素が出るようになったって感じかな。ねっ、ソラ?」
「はい、今のアイシャさんの方がアイシャさんらしくて素敵です」
「フフッ、ありがとう」
嬉しそうにフンフン、と鼻息を荒くするソラを見て、アイシャさんは微苦笑を浮かべる。
「私が変わったというなら、原因はソラたちが旅立ってからの環境の変化にあると思うわ」
アイシャさんは店内をぐるりと見渡して、小さく嘆息して双眸を細める。
「実は私、ラドロ様からこの店を任されることになったの」
「ラドロさんから?」
「ええ、といっても主に従業員の管理ね。お金のやり取りや上の人との交渉は、流石にラドロ様やネロ様にお願いしているわ」
「……でしょうね」
これまでは従業員のマネジメントはネロさんの仕事だったそうだが、彼女は新たにオーナーになったラドロさんの補佐に駆り出されることになったので、その代役としてアイシャさんに白羽の矢が立ったということだろう。
「最初はどうして私が? って思ったわ。片腕を失ってお客様に見せる踊りができなくなった私への憐れみで立場を用意したのかと思ったわ」
「えっ、そ、そんなことは……」
「ええ、勿論すぐに私の早とちりだとわかったわ。でも、それは私の為じゃなくて、ラドロ様がこの店から……いえ、この街から去るためだったの」
「えっ?」
「驚くわよね? 私だけじゃなく、誰もそうだったわ……」
アイシャさんによると、ルストの街を裏から支配していたグリードの後始末を終えた後、ラドロさんとネロさんは全ての責任を取って街から出て行こうとしたそうだ。
色々な商会と話し合い、取引先と話し合いを重ね、残された従業員たちがいきなり店を任されても困らないように手を尽くしていたそうだ。
「だけど、そんなことは誰も望んていなかったわ。色々あったのは事実だけど、ラドロ様たちも私たちと同じ被害者だったわけだから……」
そこからは従業員総出でラドロさんたちの説得を行い、今の形に収まったというわけだ。
「……そんなわけでこっちの話はおしまい。それより本題はこっちよ!」
アイシャさんは身を乗り出すと、シドの左手の指輪を見てにんまりとほほ笑む。
「シドの指輪ってコーイチからもらったものでしょ? ということはつまり?」
「あ、ああ……」
シドは胸の前で指輪を大事そうに包み込むと、俺の顔を見て頬を赤く染める。
「あたしはコーイチと、婚約したよ」
「やっぱり! それで、どっちから告白したの?」
「あ、あうあう……」
「……俺からです」
アイシャさんに詰め寄られたシドが顔を真っ赤にして固まってしまったので、代わりに俺が答える。
「男だとか女だとか言うつもりはありませんが、こういう大事なことは、俺から伝えるべきだと思いまして……」
「そう! そうよね! プロポーズはやっぱり男の方からして欲しいよね」
「そ、そうですね……」
何だろう……さっきからプロポーズという言葉に対して、アイシャさんの反応がやや過剰な気がする。
もしかしてアイシャさん、誰かからのプロポーズを待っていたりするのだろうか?
アイシャさんほどの器量よしなら、結婚したいという人も大勢いると思うんだけどな。
一体何処の誰が、アイシャさんに寂しい思いをさせているのかと思うと……、
「ラドロ様を繋ぎとめるためにアイシャさんが告白して身を挺しただけじゃなく、そこから何度も体を重ねているのですから、早く結婚しろって思いますよね」
「……えっ?」
明るい声に驚いて顔を上げると、大きな皿を持った女の子と目が合う。
「お待たせしました。心を込めて作ったのでたくさん食べて下さいね」
そう言ってウインクした女の子は、こんもりと揚げ物が乗った皿を置いてお尻を振りながら去っていく。
「えっと……」
魚のフライだろうか? 香ばしい匂いが鼻腔を突いて空腹を訴えて来るが、とりあえずアイシャさんに一言だけ言っておく。
「ラドロさんに会ったら、プロポーズするコツを伝えておきます」
「…………お願いしておくわ」
俺の言葉に、アイシャさんは恥ずかしそうにそっぽを向くが、その耳はシドに負けないくらい真っ赤になっていた。




