トレイシー、伯爵の本性を知る
私、トレイシーは十五歳で貧乏な実家から口減らしで追い出されることに。そうして王都にある大神殿の神官(住み込み)になって半年が経ちました。
仕事場であるこの場所には日々様々な人が参拝に訪れます。平民から貴族まで、それぞれに願うことがあるのでしょう。
中には私が言葉を交わし、特に仲良くなった人も。
高貴な身なりの男性が微笑みを湛えて私の方にやって来ます。
「トレイシーさん、今日もお仕事を頑張っていますね」
「セフィル様、本日もお参りですか」
セフィル様はまだ二十代半ばという若さですが、すでに伯爵家の家督を継いでおられます。本来は伯爵様とお呼びしなければならないところを、彼が気軽に名前でと仰るのでこのように。
まだ独身で人間もできているセフィル様は、貴族の令嬢達からも大層な人気です。
貴族のみならず、この私も……。
と顔が少し熱くなるのを感じていると、セフィル様が何やら高級そうな小箱を差し出してきました。
「これは前にトレイシーさんが食べたいと仰っていたお店のチョコレートです。ついでがありましたので一つ買ってきました。ご休憩時にでも召し上がってください」
「よ、よろしいのですか?」
「もちろんです。あなたのために買ってきたのですから。ところで、このお店は中でお茶もできるようです。よろしければ今度一緒に行きませんか?」
「え! そ、それではぜひ……」
お茶に行く日時を約束して、セフィル様は去っていきました。
……これは、私もいよいよ伯爵夫人に。
彼を狙っている令嬢の皆さん、すみません。どうやら彼の心は私にあるようです。ろくでもない人生でしたが、ここに来て大きな幸運が!
足取り軽く廊下を歩いていると、物陰から同期のミーティアがじとっとした視線を送ってきているのに気付きました。
「あまり浮かれない方がいいですよ、トレイシー」
「嫉妬は醜いです。伯爵夫人になる私を祝福してください」
「本当に伯爵夫人になるのなら嫉妬もしますけどね、どうもそうはいかない気配なのです」
「……どういうことです?」
ミーティアが言うには、セフィル様にはよからぬ噂があるとのこと。
何でも、彼の家が関わった女性や子供が次々に姿を消しているそうです。いずれも身寄りのない者ばかりで、なかなか明るみにはなっていないようですが。
また、近頃セフィル様の伯爵家はずいぶんと羽振りがいいとか。
「うーん、たまたま失踪事件が重なっているだけじゃないですかね? 伯爵家の羽振りがいいのもセフィル様がお仕事を頑張っているからで」
私とミーティアは神官の休憩室でチョコレートを摘まみつつ話をしていました。
先ほどの私の発言を受けて、同期の彼女は首を横に振り振り。
「思い出してください、トレイシー。あなたは私と似て、おめでたい思考に走りがちです。だから、心配してこうやって調べてきてあげたのですよ」
「え、ミーティア、同期の私のことをそこまで考えて……」
「それに」
「それに?」
「私もあなたも、徹底的に男運がありません」
「…………、確かに」
とても不安になってきたので、もっとしっかりとセフィル様を調査してみることにしました。
事の真相は案外早く明らかに。
私達が務める大神殿には、貴族だけが利用できる個室が用意されています。そこにセフィル様が商人風の男と入っていったので、私とミーティアは様子を探ることに。
少しだけ部屋の扉を開けて聞き耳を立てます。
「……それではセフィル様、次回の輸送はこの日に」
「また結構な数ですが、よろしく頼みます」
「毎度のことながら本当に豊作ですなー」
「この王都には、いなくなっても誰も困らない人間が大勢いますからね。そうそう、あと一人女性を追加することになるかと。この神殿の神官なのですが、ずいぶんとおめでたい思考なので軽く誘いをかけたら簡単に引っかかりました。ふふふふ、今頃は伯爵夫人になる夢でも見て胸を高鳴らせていることでしょう。奴隷として売り飛ばされるとも知らずに」
高笑いの響く部屋の扉を静かに閉め、私とミーティアは場を離れました。
……私の男運のなさは相当なようです。好きになりかけた男性は、人身売買に手を染める極悪人でした……。しかも、本性はかなりの下衆……。
こんな神殿に勤めていながらも、本当に神様などいるのかと思ってしまいます。
隣を歩くミーティアがこちらに視線をちらり。
「完全に夢から覚めましたね? で、どうします?」
「……あの男に、神の鉄槌を下しましょう」




