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番外編

 ルビー・オルファン男爵夫人は、かつてルビー・カリメイル伯爵令嬢として隣国で暮らしていた。

 彼女は当時、同級生の侯爵令嬢をいじめたことが原因で母国にいられなくなり、ここに嫁いできた。


 ルビーの夫は、貴族とは名ばかりの牧場主に過ぎなかった。育てている馬を城の騎士にのみ卸す仕事をしているので、一般の牧場主と区別できるように男爵位を与えられているだけだ。

 安定した収入はあるものの、貴族というには暮らしは慎ましく、華やかな社交とも無縁だ。


+++


 ルビーには憧れの男性がいた。

 マクシミリアン・ベルクレア侯爵令息だ。細身だが長身で、美しく優しげな面差しはルビーの理想そのものだった。彼はいつも母国の王女だったネフェリアに寄り添っていた。

 まるで一対の絵のような二人が結婚するのであれば、淡い恋心も昇華できる。そう思っていたが、そうはならなかった。ネフェリアは、今いる隣国の王太子妃となってしまったのだ。


 それで、伯爵令嬢だったルビーは、マクシミリアンに手が届くと思ってしまったのだ。婚約者であるリシャール・マルノアがいたにも関わらず。

 だから、マクシミリアンの妹であるケイトリンに近づいた。

 ルビーが、マクシミリアンと王女の悲恋について語りながら、あなたは関係者で特別なのだと持ち上げるだけで、ケイトリンはルビーを友人として扱った。

 ルビーは旧知の令嬢をケイトリンに紹介して、彼女の取り巻きをルビーの知り合いばかりにしていった。こうしてケイトリンとの話題をうまく操り、マクシミリアンと会う機会を窺っていたのだ。


『ルビー、あなたは宝石のように美しいわ。素敵に輝いてね』

 男爵令嬢だったルビーの母親は、聡明で美しかった。伯爵令息であった父親に見初められて結婚した話は、当時最大のラブロマンスだったとルビーは聞いていた。十歳の頃に亡くなってしまったけれど、ルビーはその母親に似ている。だから、同じようにできると信じていたのだ。


 ところが、マクシミリアンが婚約してしまった。相手は、アルル・イスマイアという学園でも聞いたことのない名前の令嬢だった。

 婚約者のリシャールにアルルのことを聞くと知っていた。

「イスマイア伯爵令嬢は、十四歳で魔法詠唱の短縮化で有名になった方だよ。彼女の研究には世界中が注目しているんだ。研究があるから、学園への通学も免除されているんだ」

 リシャールはその後も、アルルは凄いと言う話を続ける。

(下げれば、評価を落とせるかしら)

 面白くなかったルビーは、話が途切れたところで言った。

「アルル嬢は、研究の成果が芳しくないせいで心を病んでおられると聞きましたわ」

「え?」

「そのせいで食事も偏り、顔に吹き出物ができているのに、洗顔すらしないとも聞きました」

 ルビーは『聞きました』と言えば、嘘が何でも通じると思っている。

 あくまでも人づてに聞いたもので、それが本当かどうかは分からないと言いながら、悪印象が残るように伝える。それがルビーのいつものやり方だ。

 令嬢にとって見た目は大切だ。不衛生で醜い印象を与えるならこのくらいでいいだろう。ルビーはそう考えて口にしたが、リシャールの顔を見てそれが間違っていたことに気づいた。


「よくもそこまで嘘が吐けるものだ」

 眉間に皺を寄せ、怒気をまとった顔は、今まで見たことのないものだった。

「あ、あくまでも噂の話で……」

「父が調査官をしているのを知っているのに、君はそんなことを言うのか?」

 言葉の意味が分からず、ルビーは戸惑う。

「僕の家では、嘘はすぐ分かるんだ」

 リシャールはそう言うと、テーブルの花瓶から薔薇を一輪引き抜いた。

「君が来たとき、この薔薇は何色だった?」

 ルビーははっとして薔薇を見る。

「君のドレスと同じ黄色だよ」

 リシャールは、将来父親と同じく調査官になる。……魔法を使えるのだ。

 分かってはいたが、魔力があっても魔法の使えないルビーは、その話題に触れてこなかった。リシャールも何も言わなかったから、それでいいのだと思っていた。

「君が、イスマイア伯爵令嬢のことを話す間に真っ赤になった」

 魔法で染められた薔薇が変色する意味を悟ったルビーは、慌てて言う。

「では、噂の内容が嘘だったのですわ」

「違う!」

 リシャールは、真っ赤な薔薇をぐしゃりと握り潰して言った。

「“聞いた”と言う言葉が嘘だから、真っ赤になったんだ。最初から最後まで全て君の嘘だ」

「ど、どうして言い切れるのですか」

「本当の部分があれば、この薔薇は黄色と赤のまだらになっていただろう」

 リシャールの指の間から落ちていく薔薇の花びらは、全て深紅だった。

 ルビーは青ざめながら言う。

「酷いわ。……婚約者を疑って魔法で試すだなんて」

「まだらになる程度なら、黙っていたさ。顔も知らない令嬢を貶める言葉で花が真っ赤になったのに、見過ごせと言うのか?!」

 調査官は事件を調べ、王に正しく報告することが仕事だ。だから家に偽りを持ち込む者を入れられない。ルビーは家にふさわしい婚約者なのか試されていたのだ。

 軽い気持ちで言った嘘がこんなことになるなんて。

 そう思ってももう遅い。リシャールとルビーの間には、決定的な溝ができてしまった。


「あなたのような性格の悪い女とは結婚できない。婚約は白紙にする。我が家から書状を送る。帰ってくれ!」

 性格の悪い女。……その言葉にルビーはショックを受けて、その場から走って逃げ出した。馬車の中でも、リシャールの言葉が頭の中で回っていて、何も考えられなかった。


 翌日、マルノア家から婚約の白紙撤回の書状が届いた。

 ルビーの父親は、鬼の形相でルビーを睨みつけて言った。

「お前は、とんでもない相手に喧嘩を売ってくれたな。今後、まともな縁談があると思うな!」

 父親は怒ったまま部屋を出て行った。それを見送った兄が言う。

「母上も私も、ずっと男爵家の娘だとか血筋だとか言われてきた。それに負けないように、誠意と信用を重ねてきたんだ。……母上は亡くなられる少し前、名家であるマルノア家と縁が出来そうだと聞いて、とても喜んでおられたのだ。それをお前は……」

 兄はルビーを睨んだ。

「もう、妹だとは思わない」

 それだけ言うと、去ってしまった。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)


 ルビーは、母親の血筋のことで難癖をつけられたことがなかった。それはひとえに、家族がルビーが傷つかないように注意を払ってきたからなのだが、ルビーはそのことに気づいてもいなかった。

 彼女はどうすれば自分の利になるかを考え、嘘を噂として流すことばかりしていたから、貴族として大事なことが身についていなかったのだ。


 憧れのマクシミリアンは婚約してしまった上に、リシャールには婚約を解消されてしまった。

 家族の中でも孤立し、婚約しようにも相手が見つからない。そんな行き場のない不安と鬱憤がたまっているときに、ケイトリンが視野に入った。

「そう思うでしょう?ルビー」

 同意してくれると、信じて疑わないその顔が許せない。そう思ってしまった。

 婚約者がいないのに、ケイトリンは楽しそうに笑っている。マクシミリアンにも可愛がられている。少しマクシミリアンに似ているだけで、ぱっとしない娘なのに。

『ねえ、聞きまして?ケイトリン様に婚約者がいらっしゃらないのは、王太子殿下の婚約者候補だからだそうですわ』

『マクシミリアン様と王女殿下のロマンスは、兄妹に受け継がれますのね!素敵ですわ』


 それを聞いた翌日、ルビーは考えることもしないまま、嘘の噂を流していた。特に疑問に思わなかった。ただ、そうしたかったからだ。

 噂を流して孤立させ、友人のふりをしながら恥をかかせる。

 こんな扱いを受けたことがないのだろう。ケイトリンはびっくりした顔をして黙った。その顔がどんどん暗くなっていくのを見て、ルビーは憂さを晴らした。

 それは、食後に出てくるデザートのようなものへと変わった。お腹は空いていないけれど、無いとつまらない。そういうものだった。

 そのデザートが、決して味わってはいけないものだったと気づいた時には、母国に居場所はなくなっていた。


 男爵家に嫁ぐ際に謁見したネフェリアの眼差しは、人ではなく虫を見るようだった。

「はるばる友好のために嫁いでくれることに感謝する。今後も両国の発展のために尽くしてほしい」

 平坦にそう言うと、謁見は終わった。

 感情一欠片すら与える気がない。そう言われたも同然の謁見だった。


 何度も話を聞いていたのに、ケイトリンもネフェリアの幼馴染だったと思い至ったのは、謁見を終えて移動する馬車の中だった。


+++


 今日もオルファン家の食卓には、生クリームのたっぷりと盛られた皿がデザートとして出された。

 こってりとしたそれは食べづらいが、食事と共に完食するように夫から言われている。

「残してもいいですか?」

「だめだよ、ルビー。ちゃんと食べて」

 糸目で少しぽっちゃりした夫、マーカス・オルファンはにこにこしながら言う。口調こそ穏やかだが、決して否を許さない物言いだ。

「どうしてこんなに食べさせるのですか?」

 ルビーは、どんどんサイズのあがっていくドレスに耐えきれなくなって聞いた。


「オルファン家の当主が代々受け継ぐ土壌調整の魔法は、簡単だけれど牧場全てに使うから、魔力量の多い子供が代々望まれてきたんだ」

「そうなのですね……」

「もう十二代も続いているから、僕の魔力はとても多くてね、産む女性は命がけになる」

 ルビーは、クリームをすくっていたスプーンをカラリと落とした。

「僕の魔力で育った牧草を食べた牛の乳には、栄養と魔力が詰まっている。食べて体を慣らしておかないと母子ともに無事では済まないんだ。乳のままでは沢山飲めないだろう?だからルビーには、特別に食べやすい生クリームにしているんだ。妊娠すれば、つわりと魔力酔いが出産近くまで続くから、体型は元に戻るよ」

 ルビーは震えているが、マーカスは気にしない。

「我が家は魔力量重視だったから、見た目に頓着してこなかったんだ。君のように美しく、出産に耐えられそうな女性を紹介して下さった王太子妃様には、とても感謝しているんだ」

「い、いや……」

 ルビーが呟く中、マーカスは席を立ってルビーに近づくと耳元でささやいた。

「僕は子供が沢山欲しいんだ。牧場の仕事は重労働だからね」

 涙目で見上げると、口角の上がった糸目の顔が悪魔の様に見えた。

 驚いて見直すと、いつも通りだった。

「なぁんてね。生クリームは高級品だから、残さないで欲しいだけだよ」

 マーカスはそれだけ言うと、背を向けて去って行った。


「若奥様、さ、お召し上がりください」

 マーカスが去った後、メイドが落としたスプーンの代わりを持ってくる。


 リシャールは、ルビーを性格の悪い女と言った。

 それは正しかったのだろう。何も変えなかったから、人として扱われなくなってしまった。ネフェリアには虫のように扱われ、牧場主である夫には、子を産む家畜のように思われている。


(嘘ばかり吐いていたから、誰も私の言葉を聞いてくれなくなってしまった)

 ようやく悟ったけれど、その後悔はもう誰にも伝わらない。伝えられない。


 ルビーは絶望的な表情で、生クリームの山を見つめることしかできなかった。

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うそを噂として流すことしかしてこなかった、というくだりでこの娘とんでもねぇ…と薄ら寒くなりました。家族も、母親の出自で子供が引け目を感じないよう、たくさん努力して頑張っていたのだろうなぁ…と思うと、そ…
ルビーへのざまぁが、嫁ぎ先が男爵家とは名ばかりの牧場主とはいえ城というか騎士御用達の馬主家だし生活は平民より断然安定してるしで、実質国外追放だけなのはなんだかな〜って思ったので、最後の方で夫がルビーの…
性格の悪い女性はザマァされて、女性を家畜のように扱う男性はのうのうと終わるラストがなろうでは多いな。
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