第4話
『価格改定』の貼り紙はすぐに見つかった。
最初に現れたのは、肌が焦げ付いたような色をした初老の漁師だった。彼は棚からワンカップの酒を掴み取ると、カウンターに叩きつけるように置いた。
「おい、先生。これ、高いぞ」
「……今日から価格を改定しました。原材料費と、何より運賃の高騰が……」
「がたがた言うな。酒は酒だろうが。海の上じゃ、ガソリン代が上がったからって魚が色付けてくれるわけじゃないぞ」
漁師は俺の言葉を、波が砂の城をさらうように容易く遮った。
都会で身につけた「原価」という防具は、潮風に晒された男の怒鳴り声の前では、湿った段ボールほどの強度もなかった。
次にやってきたのは、近所の小学生だった。
日焼けした手で、霜のついたソーダ味のアイスを握りしめている。貼り出した新しい値札を見て、少年はレジの前で石のように固まった。握りしめられた掌の中には、百円玉がひとつ。
「……足りない、の?」
少年の声は、波音に消えそうなほど小さかった。文也はタブレットの画面に並ぶ、冷酷なまでに正しい数字を見た。
例外を作れば、計算はすべて瓦解する。合理性は、公平性によって保たれるべきなのだ。
「……十円、値引きだ。今日だけ、新装開店キャンペーンだ。早く行け」
少年の顔を見ず、ぶっきらぼうに吐き捨てた。十円玉をレジから自腹で補填するその指先が、微かに震えている。
優しさを見せたのではない。ただ、少年のあの、絶望したような沈黙に耐えられなかっただけだ。




