第8話 とある授業の風景
「へぇ、【紅蓮】か……なかなかいいパーティ名じゃねぇか。だが、前衛のおめぇがリーダーだと? 自信はあるのか!」
武術の授業中。
キュルスが木剣を叩きつけ、重い衝撃音がアリーナに響く。
「自信は……ありません。けど、ないからこそ、細心の注意を払います!」
なんとか攻撃の主導権を握ろうとするが、強く突けば軽くいなされ、力を抜けば叩き落とされる。
まるで、すべての動きを読まれているようだった。
「おめぇは真面目すぎて顔に出すぎるんだよ。すべてを圧倒できる力を身につけるか……それとも――」
言葉と同時に、キュルスの足払い。
視界が反転し、背中が床を打つ。木剣の刃が、首筋に触れた。
「――狡猾に生きるかだ」
短く言い残し、キュルスは倒れている俺に回復薬をぶっかけてアリーナを出ていく。今日も一撃すら当てられなかった。
「ちくしょう……」
思わず天井を睨む俺のもとに、ガルとイーストが駆け寄ってきた。
「あの暴力教師、ぎゃふんと言わせてやるわい!」
「いっそのことリーガン公爵に報告してクビにしてもらおうぜ!」
「やめてくれ。せめて俺が勝つまでは……なんだかんだ手を抜いてくれてるんだ」
傍から見れば本気のように見えるだろうが、違う。
あれでも加減してくれているのが分かる。
じゃなきゃ、毎日挑むことはできないからな。
と、そこにエーディンとユーリが加わった。
「ガルやイーストが報告しなくても、すぐに飛ぶわよ。すでに何人かが陳情を出しているから」
「そうそう、ああいう教師は、もう時代に合ってないのよ」
二人の言葉を聞きながら、俺は苦笑する。
どうやら、皆はキュルスのことを否定的に思っているようだ。
でも、俺にはあの人が、誰よりも正直に強さを教えてくれているように見えた。
午後の授業――
「さて、今日はお前たちの魔力が枯渇するまで、このカンナ――いや、フカキ製のマネキンに魔法を撃ってもらう」
いつもとは違う魔法の先生が持ち出してきたのは、どこか女性を思わせる木製の人形だった。
ユーリ、イースト、ガルと次々に魔法を撃ちこむが、マネキンはビクともしない。
なかなか強い材質で作られている……もしくは魔法的な防御でも施されているのか。
なら、遠慮はいらないな。
「【ファイアアロー】!」
「【ファイアアロー】!」
「【ファイアアロー】!」
それでもまったく動じない。
だったら狙いを絞って、同じ箇所に撃ち込んでみるか。
「【ファイアアロー】!」
「【ファイアアロー】!」
「【ファイアアロー】!」
寸分違わず同じ場所に当てる……それが難しい。
こういう細かい操作は、昔から苦手だ。
それでも、かつて【ファイアアロー】の軌道を納得がいくまで練習したときのように、ただひたすら撃ちまくる。
「お、おい……どれだけMPがあるんだ……お前は……?」
教師の声が聞こえるが、今は集中することが最優先。
あと少し……あと少しで――
「【ファイアアロー】!」
「【ファイアアロー】!」
「【ファイアアロー】!」
よし! 三連続命中!
そう思った瞬間。
マネキンの首が、ぽっきりと折れた。
すると――
「あぁぁぁああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! 俺のカンナちゃんがぁぁぁああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
絶叫しながら、折れたマネキンを抱きしめる男性教師。
「カンナちゃん……?」
と、エーディンが近づいてくる。
「あなたもエグいことするのね」
「え、エグいって……俺はただ……」
その一言で、俺は悟った。
あれは教師が大切にしていた人形の類だったのか。
人の形をしていたから、的にちょうどいいと思って……完全にやらかした。
「す、すみませんでした。いくらでも魔法を撃っていいと、勘違いしてしまい……」
謝る俺に、教師は涙を拭いながら言った。
「……いや、悪いのは私だ。だが、気にしないでくれ。私にはまだ――双子の妹、ハンナちゃんが残っている」
……つまり、もう一体あるということか。
なら、まだ立ち直れるだろう。
せめてハンナちゃんは大切にしてあげてほしい。
三年後――奇しくも、生き残ったハンナちゃんを圧倒的な魔力で焼き尽くすのがマルスになるなんて、この時の俺には知る由もなかった。




