第6話 賊
「アイクってのはどいつだぁ!!!」
武術の時間。ガル、イーストと三人で体捌きの稽古をしている最中、アリーナの扉が蹴り破られて男が乱入してきた。床を踏み鳴らす足音、翻る破れた外套――一目でただ者ではない。
「ガル、イースト! 盗賊だ! 倒すぞ!」
「何を言っているのじゃ! あれは山賊じゃ!」
「海賊だろ!?」
結局、言いたいことは同じだ。体中に刻まれた傷痕を見れば、誰だって賊と呼ぶだろう。
だが、俺たちを指導している教師は何やら妙な反応を見せた。
「き、キュルス先生、今は武術の授業中で――」
「うるせぇ! 殺すぞ!」
その一喝で教師は一瞬にして萎縮した。
先生と呼ばれていたが、あれが先生なわけがない。
ガルとイーストも同じ判断だったのか、素早く身を翻してそれぞれ木斧と牡丹槍を構え、賊めがけて飛びかかった。
「儂が貴様のような輩は成敗してくれるのじゃ!」
「神聖な学校に押し入るとは死罪だ!」
だが、そこで返ってきたのは――
「うるせぇ! てめぇらもひき肉にしてやるぞ、ゴラァァァ!!!!!」
二人はその凄まじい武威と殺気に押され、思わず硬直する。
「ようやく外野が大人しくなりやがった。おめぇら二人はアイクを試してからだ」
悪人然と歪んだ笑みを浮かべ、肩に木剣を担いだ男がゆっくりと、俺の前まで歩み寄る。
木剣――? 賊が木剣を携えているとはどういうことだ。
「先生、本当にこの男は教師なんですか?」
怯える教師に、俺は問いただす。
「そ、そうだ。キュルスは先生で……B級冒険者だ」
マジか……。
俺たちの歳になっても、近づかれただけで泣く奴は何人もいるだろう……。
「ってなわけでな。ちょっと骨のある奴が入学したって聞いたから、味見してやろうと思ってな。かかってきな」
男の殺気が、じわりとこちらに伝わる。
もし今は亡きバーンズ様の殺気を浴びていなかったら、俺だって萎縮していただろう。
「……分かりました。では、参ります!」
牡丹槍を構え、半身で地を蹴り、一気に間合いを詰める。
槍対剣――この組み合わせでは、圧倒的に槍が有利だ。
間合いの外から刺突し、すぐさま後退して間を取る。
近づかせずに攻撃を重ねる、それが槍の真骨頂。
だが、相手はB級冒険者。
都合よく教本通りにはいかないと分かっている。
それでも自分の戦い方を貫く。
「せいっ――!」
腰を鋭く回転させ、体重を一点に集め、遠心力を槍の穂先へ乗せる。
風を裂く音と共に、狙いはキュルスの胸元。
――が。
渾身の突きは、木剣の一閃で軽々と弾かれた。
金属を打ったような衝撃が両腕を痺れさせる。
「なっ――!」
力の差が歴然だった。
ただの木剣とは思えない重さと速さ。
しかも、あの余裕の表情……まだ本気ではない。
これが――B級冒険者。
もとより勝てるとは思っていない。
だが、おとなしく負けを受け入れるつもりもない。
この敗北を糧に、必ず成長してみせる。
負けることは恥ではない。
負けたまま立ち止まることこそが恥なのだ。
「うぉぉぉおおお!!!」
渾身の気合いと共に、槍を繰り出す。
刺突、薙ぎ払い、振り下ろし――
自分の持てるすべての技を、全身の力を込めて叩き込む。
だが、そのすべてが軽々と弾かれた。
木剣がひらりと舞うたび、槍の軌道が逸らされ、体勢が崩れる。
「くっ――!」
反撃の太刀筋が閃く。
反射的にバックステップで避けたが――腹に熱が走る。
実戦であれば、今ので終わっていた。
でも、これは訓練。
「まだ続けてもいいですか?」
「ほぅ……別にいいぜ? もっといたぶられてぇのならな」
こちとら半端な覚悟でリスター連合国に来ているわけではない。
負け癖をつけるつもりもない。
だが、何より――
成長をここで止めるつもりなんてない!
「うぉぉぉおおおりゃぁぁぁあああ!!!!!」
全力を以って突きまくる。
そのたびに弾かれ、一太刀を浴びる。
だが、よく見ればキュルスは俺を斬る瞬間、手首を返し、木剣の刃ではなく腹で叩いていた。
鈍い衝撃音が響くが、痛みは想像よりも軽い。
――叩く直前に、握る力を抜いているのか。
見た目以上に繊細な力加減だ。
そうして三十分、徹底的に叩きのめされ――
「……ありがとうございました……」
アリーナの床に仰向けになって、天井を見上げる。
「おう。またやりたきゃ職員棟に来い。何度でも叩きのめしてやるよ」
「……分かりました。では、明日から毎日伺います」
「明日からだぁ……?」
キュルスが呆れたように笑い、手元の瓶を開ける。
次の瞬間――
ぶしゃぁっ!
「――っ!?」
「それはぶっかけ用の回復薬だ」
キュルスの凶悪な顔がさらに歪む……もしかして笑っているのか?
であれば、絶対に笑わない方がいいかと思う。
全身の痛みがすっと引いていくのを感じながら、俺はただ――
負けた悔しさよりも、不思議と清々しい気分で空を見上げていた。




