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第五章 三保松原の燈台下焼肉センター 10



     10



赤と青のワンピースで女装したあきらを虎丸が撮影する。

波打ち際、撮影の長さとして、それ程の時間ではない。

菜乃と芽里亜が気づいたように、あきらが分裂して、青の芽里亜と赤の菜乃に分かれるための前段階のシーンとなるようだ。

「汚しちゃっていい、転がってくれ」

ここまで特に台詞ナシ。

近所にある社護神社に自動車で移動し(虎丸が運転)、その森の中、坂を二人で転がる。

―ようやく逆襲が始まったかな?

芽里亜が元々、許可していた〈ムチャ〉がそろそろ出てきたと思っていた。

あたりはもう暗い。

〈顕現〉のシーンと画コンテにはある。

「痛てて」とか「ここ、どこ?」くらいのことを二人に云わせる虎丸。

「お母さんは?」と赤色の菜乃。

「えっ?お母さんって?」と青色の芽里亜。

暗闇の中でも、赤と青の衣装は映える。

長回しで、そのまま菜乃の表情をアップ、切り返して、芽里亜のアップ。

これはあきらによる撮影。

立ち上がって、着ている服をぱんぱんと二人ともたたき、汚れを払う。

そのまま引き、二人の背景にある満月にピントを合わせる。

それも全て、カット割らず、長回し。

ようやくカットを割って、菜乃のサンダルのアップ。

勿論、森の中、ひどく汚れている。

呼応するように、芽里亜の足元もアップ。

「よし!これでいい」

虎丸が云うとあきらがてきぱきと撤収準備に入る。

猛暑の夏に泥汚れから、菜乃と芽里亜はホテルに戻ると直ぐに入浴を開始。

あきらと虎丸はカットで使う夜の興津川を撮影していた。

勿論、男子組も風呂に入る。

なので、大広間食堂で集合した時には20時になっていた。

中華や刺身盛り合わせ等をランダムに頼んだ。

「明日は朝早い。海岸のシーンなんだが、どうする?又撮影後に風呂入るか?」と虎丸が尋ねる。

「画コンテ読むともう転がるシーンはないから。いらない」と芽里亜。

「明日、画コンテによるとホントにキスシーン、撮るの?」と菜乃。

暑いので冷えた飲料を採りながら食べている。

「ラストシーンだから、判り易いは判り易いよね。したことないの?」と虎丸。

「どっちだと思う」と菜乃が返す。

その台詞を云う時の菜乃に笑顔は無かった。

「なんでしたら、しなくてもいいですよ」

あきらがその無表情に語りかける。

「いや、やるし」と芽里亜。

「うん、私がしたことなくてもあっても関係ないし、それに二人とも男同士でペッティングなんて、過去にしたことなかったんでしょう?」

これが唯一、菜乃が虎丸にできた抵抗だった。

―室井くん、この小旅行、撮影中も、なんだか気が立っている?機嫌が悪いとも違う。

それは芽里亜も察していて、今難航している『二人の失楽園』の続編の話をしだして、話題のベクトルを変えた。

明日の朝の撮影の早さから間もなくお開きとなる。

その早朝の撮影は、ホテルをチェックインして、三保の松原の海岸で行われた。

「手を繋いで、みてくれないかな」

画コンテではそうではないが、虎丸はそう菜乃と芽里亜に指示した。

―へぇ、相川は気づいていて、こういう画コンテを描いたのか?

手を繋がせると、勿論距離が縮まる。

すると画的にどこか面白くない。

―距離感なんだ、映像は。

海岸でふと立ち止まる二人の女の子。

お互いの正面を向く。

そして視線を絡ませる。

この女の子二人は今から口づける予定なのだ。

菜乃も芽里亜も心の中ではカメラにどう映るかしか考えていない。

恥ずかしいとか・嫌悪はなかったし、ましてあきらと虎丸への罪滅ぼしの気持ちなんてまるでなかった。

「いや、やっぱ、やめよう」

虎丸、カメラのあきらに指示を出し、五センチは低い芽里亜の足元をアップで撮影させ、つま先立ちさせる。

「これでいいだろう」と虎丸は今回の撮影の完了を告げた。

「待って、虎丸くん。なんか遠慮している?」とはっきりと詰問する菜乃。

「違うよ。距離感に気づいたんだ。最後にくっつかせると面白くない。そういうこと」

「今まで画コンテ通りに作ってきたじゃない!」

これは芽里亜。

「いや、画コンテは設計書ですから、その場の判断でいいです」とあきら。

「なんか釈然としない!龍王院エリスとの対決も控えているというのに、こんな気持ちのままでは一緒に映画なんて作れないよ!」

菜乃は叫ばなかったが、声の低い菜乃としては響かせる声質で云った。

「それが、酉野さんが納得する返答になるか判らないけど、多分そうじゃないと思うんだけど、言うわ。芽里亜、好きなんだ。付き合ってもらいたい、そういう意味の好きだ」

―公開告白!

案外、俗な発想の菜乃。

対し、芽里亜は頭が真っ白。

「帰り道、相川と酉野さんを送り届けた帰りの車中で言うつもりだった」

―それが心がいがいがしていた原因か。

あきらはそう判断。

「でも、本当に酉野さんが芽里亜が好きだったことを考えてしまってさ。なんか、ここで言うのが正しい感じがした」

―違うよ、室井くん、酉野さんと安さんはお互い大好きだけど、そういう好きには絶対にならない。キスシーンをしても、キスシーン以上のことをしても絶対にならない。

「いや、いやいや、それ、ちゃんと説明になっているよ。そういう気持ちを抱えていたってことが、ちゃんと説明になっている」

これは菜乃で、芽里亜は再起動中。

「でもね、やっぱり言うべきではなかった。空気悪くしてしまった。チームの絶妙なバランスを崩してしまった。オレさ、興津駅まで歩いて東海道線乗るわ。それで品川に出て、帰る。本当にごめんなさい!」

勢いよく虎丸が頭を菜乃に向けて、下げる。

「いや、そういうのよくないよ」とあきら。

「未だ朝ごはん前だし、ともかく朝ごはんを食べようよ」と本当におなかがへっていた菜乃。

「こいつね、そのままJRで帰って、もう私たちの前に顔を出さない気だよ」とリブートした芽里亜。

芽里亜続ける。

「まずね、答える必要ないけど、なにより言っておかないといけない。その告白に答える必要性を感じない。どう考えても相手のことを考えての告白ではない。でも二人きりになった時に、家が近い女の子に告白するのは卑怯だとも思った、菜乃のいない時に告白するのは卑劣だとも考えた結果なんだろうけど、それは誠実であろうとした裏返しであることは察するに余りあるよ。いちばん考えなきゃならない安芽里亜、私のことを一切考えなかった。その時点でナシだ、それが答える必要ないの正体」

―スコップ、ないかなぁ。

虎丸のためにあきらはこの砂浜に〈穴〉を掘ってあげたがっていた。

「虎丸、もうちょっと大人だと思っていたが、いや、ガキ扱いして、バカにしてんじゃない。もうちょっとスマートにやれる男だと思っていたが、溢れる気持ちに流されては女性の好感は得られないよ」

―虎丸、年上の女としか付き合ったことないな。

こう付け加えようとして芽里亜は抑えた。

かなりの動揺を芽里亜もしていたが、むしろ芽里亜は相手の気持ちを考えようとしていたのだ。

「すまなかった、芽里亜。そして酉野菜乃、ごめんなさい。嫉妬していたんだと思う。そういうふうに自分の心を分析してみた」

―虎丸くん、嫉妬はいちばん原始的な恋愛感情ですよ。

あきらがそんなふうに分析している傍から、虎丸は振り向き、立ち去る。

JR線の駅に向かうのであろう。

「逃げるな!おい、逃げるな!」

芽里亜が追いかけ、右手で虎丸の右手首を掴む。

「生殺しにさせてもらうよ。今、あんたに出て行かれたら、このナノメリアが瓦解する!こんなに思い詰めるヤツだと思わなかったから、このままだと大学も出てこなくなるだろうと思う。それはいけない!虎丸!あんたが必要だ!必要なんだよ!」

「どうすればいいのか」

その虎丸の返事に「考えよう!」と菜乃!

「考えましょう!」とあきら。

女子組はホテルの12階でバイキングを、男子組は昨夜の大食堂で定食を食べた。

食べながら、考えた。

女子は自動車で、男子は電車で帰宅して考えをまとめるとは両者とも考えたが、やはりそれでは禍根を残す。

フロントに集合して時に、菜乃は「決まった」、あきらは「決まりました!」と声をかけた。

「カラオケ行きましょう」と菜乃。

「室井くんと出した結論もそれです」とあきら。

いちばん近い、自動車で12分、新清水駅前にカラオケ屋に行くことにした。

「なんか、思わせぶりな曲、入れるなよ!」と芽里亜。

「スティングの『シェープ・オブ・マイ・ハート』とか歌ってやる!」と笑顔の虎丸。

ところが12時から開くということで、1時間ほど待つのだが、持ち込み可なので、マックスバリュでお昼ご飯や飲み物やお菓子を大量に購入した。

「えっ!安さん、巧いですね、歌。プロかと思いました」とあきら。

本当に芽里亜が歌が上手いため、菜乃も虎丸も驚いたくらいで、直ぐにみんなは朝の公開告白を忘れた。

―芽里亜、一生懸命、おれを助けてくれたんだな。

やはり好きになってよかったと虎丸は思った。

西日暮里であきらをおろし、椎名町で菜乃をおろした後、芽里亜は虎丸の二人きりになる。

―芽里亜、不自然でも私が最後まで自動車に残るよ。室井くんと二人きり、気まづくない?

これはさっき朝食バイキングの席で菜乃は云った提案。

カラオケ4時間もしていたから、西荻窪に着く頃には陽が暮れかけていた。

自宅前で「今日はありがとうな」と虎丸がランクルから降りる。

「虎丸、決まった。龍王院エリスとの対決に勝ったら、付き合ってやる!」

「本当だな!」

「うん!本当だ!」

こうしてランドクルーザープラドは五日市街道を走り去る。

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